「さ、寒い」


今のわたしの状況をありのままに説明しよう。ヤムさんのお使いを済ませて、張りきって帰ろうと近道をしたら、うっかり道に迷いました。近道はするもんじゃないと痛感したときには時既に遅し。全く訳のわからない道端に立っていた。
めげずに歩き出したはいいものの、路地裏に入ったり行き止まりだったり、終いには雨が降ってきて、諦めて屋根の下に座り込んだ。鉛のような空に気分まで沈んできて溜息をつく。ヤムさん、この材料待ってるだろうな、早く研究したいだろうな。でも、濡らしたら申し訳ないしな…。すぐに帰るとタカをくくってたから、思いきり薄着で来たら案外寒くて、一つくしゃみが出た。あーあ、仕事終わりのシャルさんでも通ったりなんかしないだろうか……しないか。
雨、止みそうにないな。ヤムさん待ってるよな、シンドバッドさんとピスティちゃんも、話聞いてくれてたのに中途半端にしてきちゃったな。ジャーファルさんは…悪いことしちゃったな。

手を振り払った瞬間の、ジャーファルさんの驚いた顔が思い浮かぶ。わたし、いくら何でもあれはひどかったよね。避けるようなことしちゃって、きっと振り払った手も痛かっただろうな。しかもわたし、悲鳴まで上げちゃったし。ジャーファルさんはわたしのこと、心配してくれたのに。

「ナマエ、ジャーファルへのその想いは、好意なんじゃないのか?」

シンドバッドさんから言われた言葉が脳裏を過る。好意?好意ってなんだろう、確かにジャーファルさんは特別だし、一緒にいれば嬉しいと思う。でも、ただの食客のわたしが、シンドリアを守る八人将であり、政務官という重要な役割を担うひとに好意なんて感情を持つのは、あまりにも無礼じゃないのかな。もし、シンドバッドさんやピスティちゃんが言うように、この気持ちが好意だったとしても、叶うことなんて有り得ない。ジャーファルさんはわたしのこと、きっとお城の中で働く女の子の一人としか見てないだろうし。想うだけ、悲しくなるだけだ。

ざあ、と雨の音が強くなる。それが屋根の下まで吹き込んできて、慌てて立ち上がりヤムさんのお使いを庇おうとしたとき、ぽす、と背中に柔らかいものが触れた。
壁にしては柔らかい、しかも温かい。不思議に思ってゆっくり振り返ると、視界に飛び込んできたものに目を疑った。


「……え、ジャーファルさん、」

「…こんなところにいたんですか、ナマエさん」

「あ、あの、なんで」


そこには、少し息を切らしたジャーファルさんがいて。一瞬呼吸が止まり、自分の目を疑う。何で、何でこんな場所にジャーファルさんが。ぽつりとその髪から落ちる雫に、わたしを探しに来てくれたんだと瞬時に悟る。政務官はこの国の地理も把握していますから、わたしの野暮な質問にそう一言呟いてジャーファルさんはわたしの手を取った。やっぱり少し冷たいその手は、躊躇いがちにわたしの手を握るとぐい、と強引に引っ張る。


「わ、」

「寒かったでしょう」


ふわりと頭に掛けられたのは、ジャーファルさんのカフィーヤだった。遠慮がちに濡れたわたしと髪を拭くジャーファルさんに、驚いて心臓が跳ね上がる。鼻をくすぐる柔らかな香りに思わず顔が熱くなり、慌てて返そうとするもジャーファルさんに制止されて、そのまま手を引かれ歩き出す。


「帰りましょう、みんなが待っています」
 

重なった手から徐々に熱が生まれる。それがわたしの心臓の音と伴っていることが、どうかジャーファルさんに気づかれていませんように。
カフィーヤに残るジャーファルさんの香りが心地よい。あんなにひどく素っ気ないことをしてしまったのに、こんな雨の中迎えに来てくれるなんて、ジャーファルさんはどこまで優しいひとなんだろう。
そう思ったらふと涙が出てきて、雨に隠れるようそっと俯いた。



***




遠慮がちに握り返される小さな手が、僅かに震えているのが分かった。それが不安からなのか、それとも別の理由からなのかは判らなかったけれど、一度振り払われたこの手を握ってくれたことが何故か嬉しくて。互いの体温で生まれる熱を逃がしまいとより一層力を込めた。
カフィーヤを被せた瞬間の、頬を染めた彼女にシンやピスティの話が脳裏を過る。同時に、彼女の若さと将来を思い、好意という言葉からどこか逃げていた自分に気づく。今は、それが確信であってほしいと、微かに願い始めていた自分にも。













「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -