「え。シンドリアってそんなに難民の受け入れが困難なんですか?」


角砂糖をふたつ紅茶に溶かしたところで、わたしはジャーファルさんを見上げる。女官さんたちから頂いてきた紅茶は、外国から仕入れてきた珍しい茶葉だそうだ。あ、本当だ。すごくいい香り。
わたしの問いかけに、はあ、と疲れたように溜息をついたジャーファルさんは、半ば項垂れるように首を縦に振った。


「シンが突然連れてきてしまうんですよ。今回の件も、東端の小国からの要請で難民を受け入れる話でしたしね」

「そ、そうなんですか」

「全く、こっちは仕事が増えて困ります」


あ、ジャーファルさんはお砂糖入れないんだ。カップに沿う手を目で追いながらぼんやり思う。すらりとしていて、色が白くて、きれいな手。わたしの無骨な手とは大違いだ。自分の手とジャーファルさんの手を見比べて、何だか少しだけ悲しくなってしまった。
仕事柄か、慣れた手つきで紅茶のカップを持つジャーファルさん。ふとその手の先を追うと、彼の目の下にほんのりクマができていることに気づく。また寝ていないのかな、忙しくてもしっかりと休んでもらいたいと思うのは、余計なお節介だろうか。
紅茶を一口飲みながら、執務室の窓から聞こえる街の賑わいに耳を傾ける。ジャーファルさんの話を聞いて、シンドリアが色々な人種のひとたちで賑わっていた理由に合点がついた。あのひとたちも元々は難民だったんだろうか、それともこの国の魅力に惹かれて来たんだろうか。
賑わいの中に混じる、たくさんの人々の笑い声。旅の中でたくさんの国の、たくさんの人の笑顔を見てきたけれど、この国の人たちは何だか一層しあわせそうに映る。わたしは、素敵だと思うけどなあ。ぽつりと呟いたら、ジャーファルさんの目がわたしを捉えた。


「色々なひとたちが毎日楽しそうに生活していてシンドリアは素敵な国だと思うし、シンドバッドさんの人柄や優しさも、すごく素敵じゃないですか。もちろん、八人将の皆さんも」


突然シンドリアに訪れたわたしを、笑顔で受け入れてくれたシンドバッドさんと、八人将の皆さん。ジャーファルさんだって、初めは色々とあったけれど、こうして優しく笑ってくれて。そんなことを思ったら、本心が不意に口をついて出てきた。唐突に言ってしまったけど、なんだか照れ臭いや。ごまかすように小さく笑ってみせたら、ジャーファルさんは少しだけ驚いたような顔を見せた。
やがてゆるりとその頬が緩み、とても優しく穏やかな笑顔を浮かべて、

「ありがとうございます」

と静かに言ってくれた。
そんなお礼を言われるようなこと、してないのに。喉まで出かけた言葉は声になることなく沈んでいく。どきりと跳ねた心臓と、なぜか熱くなる顔にわたしは思わず俯いた。


「ジャーファルさん、ずるい」

「え?」

「なんでもない、です」


わたしがその表情を見て何も言えなくなることに、ジャーファルさんは気づいているのだろうか。そして、訳も分からず熱を持つことにも。たぶん、気づいてないだろうなあ。
紅茶、ありがとうございましたと言って椅子から立ち上がる姿を見て、こっそり溜息をつく。何でこんなに顔が熱くなるんだ。わたしの紅茶がまだ残っているのを見て、ジャーファルさんはゆっくりで大丈夫ですよ、と柔らかく言った。あれ、ジャーファルさん。まだ仕事が残っているのに、わたしここにいていいのかな。
黙ってジャーファルさんの背中を見つめていると、彼は席に戻り書類の束を広げ仕事をし始める。あ、わたし、まだいてもいいんだ…。街の賑わいがどこか遠くに聞こえる。差し込む陽の光がジャーファルさんの色素の薄い髪を綺麗に照らしていた。ぼんやりとそれを眺めながら、午後の穏やかなこの時間を少しだけ愛おしく感じた。






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