正午を告げる鐘の音でわたしは書物からつと視線を上げた。静かな図書館には相変わらず人影が見当たらず、わたしは溜息をつく。
今日は八人将さんたちは外交や研究でお留守だ。シンドバッドさんは城で客人を迎えていて、それを警護するためにジャーファルさんとマスルールさんが残っているけれど。いつもの賑やかなみんながいなくて、少しだけ心寂しい気持ちになる。こうして長い時間、図書館に篭っていると、どうにも鬱々とした気持ちになるのも正直なところ。今日みたいに天気のいい日は、外に出て身体を動かしたくなるのだ。
記録する手を止めて大きく伸びをする。同じ姿勢で本を読んでいたからか、固まってしまった身体をほぐすと少しだけ気分が晴れた気がした。休憩がてら、外の空気を吸いに散歩をしてこようか。


「ナマエ!」

「あれ、シンドバッドさん」


書物庫を出ると、後ろからシンドバッドさんの声が追いかけてきた。きらりと光る装飾に身を包んだ彼は相変わらず人の目を引く。アメジストの綺麗な髪がふわふわと靡くのを見て、思わず背筋が伸びた。そういえば、お客様との面会は終わったのだろうか。シンドバッドさんはにこにことしながら、肩に流れた髪を払いわたしの横に並んだ。何だかずいぶん機嫌がいいなあ。


「接待お疲れ様です。シンドバッドさん」

「ありがとう。また国民が少し増えることになりそうだよ」


まあ、ジャーファルが頑張ってくれるだろう。シンドバッドさんはそう言ってふわふわと欠伸をした。そ、そんな適当でいいのかな。
シンドバッドさんにつられて欠伸を小さくしたら、彼はおかしそうに笑った。気づかれちゃった。欠伸で滲んだ涙を慌てて拭うと、「今日はいい天気だな」と言ってシンドバッドさんは天井のステンドグラスを見上げる。彼に習いわたしも顔を上げると、ちかりと反射した太陽の光がステンドグラスを七色に照らしている。
適当なのに、いい加減なのに憎めないひと。まるで太陽みたいだ。陽光に目を細めながら隣のシンドバッドさんをそっと盗み見ると、彼はまたひとつ欠伸をした。そういえば、ジャーファルさんとマスルールさんはどうしたのかな。


「シンドバッドさん、あの、」

「マスルールは銀蠍塔に行って武人たちの相手をしてるよ。ジャーファルは白羊塔に戻って区画整理をしてくれている」


そこまで言って、シンドバッドさんは何かを思い出したように懐を探る。ごそごそと取り出した書類の束は、いかにも重要書類のような刺繍が施してあって、おまけに結構な重さがあって。あれ?わたしみたいな一般人がこんな書類を持っていいのかな?条件反射で受け取ってしまったあと、書類を見つめながら一人悶々と考える。


「あ、あのシンドバッドさん、」

「ナマエ。悪いがその書類、ジャーファルへ届けてくれないか?」

「え。わ、わたしは大丈夫ですけど、でもこれ大事な書類なんじゃ」


言いかけて、シンドバッドさんはわたしの口に人差し指を当てそれを遮った。さっきジャーファルに怒られて顔合わせにくいんだよ、と困ったようにシンドバッドさんは笑ったけど、それ自業自得なんじゃ。
なるべく皺にならないようにと持った書類の束を見つめていると、何だか変な使命感のようなものが沸いてきて思わず息を飲む。この国に置いてもらってるんだから、王様の言うことはきっちりやり遂げなきゃ。ごくりと唾を飲み込み、書類の束を落とさないようしっかりと胸に抱える。


「分かりました。わたし届けてきます」

「悪いね。頼むよ」

「いえ。でも、ジャーファルさんと早く仲直りしてくださいね」


そう言って少しだけむくれて見せると、シンドバッドさんは笑顔で頷いた。全く、かなわないなあ。ジャーファルさんがシンドバッドさんに怒っているのはいつものことだけれど、なんだかんだ言って見ているこっちは心配になるものだ。シンドバッドさんを途中まで見送り、踵を返したわたしは書類の束を抱えながら白羊塔に続く渡り廊下へと向かう。
そうだ、途中で厨房に寄ってお茶とお菓子でもいただいてこよう。きっとジャーファルさん、仕事に追われて疲れてるだろうから。何か差し入れして、少しでも元気になってくれたらいいな。








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