ノギト+えの

謎時間軸



歌を仕事にしていると、そういう星の下に生まれたんだろう、と思わずにはいられない存在を、毎日山のように見かける。一度でも音楽に触れたことのある人間は、出会ったことがあるかもしれない。

仮に音楽の神様≠ネんてのがいたとするのなら、その人はその神様とやらに愛されてるだとしか言いようがないくらいの、突き抜けた才能の持ち主に。

ある人はそれを見て、自分は届かないと悟ってしまうかもしれないし、ある人は、まだ出会ったことすらないのかもしれないと、ノギトは考えた。彼もまた、見初められた人間の一人に、含まれるのであろう。

星路ノギト、徹底した才能論主義者である。『才能のない者はいくら努力したところで無駄』が持論の彼は、今までに努力した覚えはないと言う。

チューナー要らずの耳にそれを再現することを可能にする広い音域、どこまでも響く澄んだ声に声量、寸分の狂いもないリズム感。音楽に触れたことのある人間からすれば、うらやむものをあげたらキリがないくらいの才能。だが、それはすべてノギトにとっては生まれ持ったもので、当たり前にあるもので、足りないものも、多すぎるものもないのだと、思っていた。これからも、そのはずだったのだ、なのに。

「……なんです、これ」

途切れ途切れになった音が、遠くでする。平らな息をゆっくり吐いて、慌てるように吸い込んだ。左足を出して、右足を出す。交互に腕を振って進む。身体の中心でうるさいくらいに奏でられるリズムと、規則的な革靴の足音のリズムとがあわなくてとても気持ち悪い。けど、今はそんなこと、とてもじゃないが気にしていられない。気分が高ぶって仕方ない、音がどんどん近くなる。

ぼんやりと聴こえるそれは、確か何かのドラマの主題歌だったはずだ。今人気の男性アイドルが歌っているからか、女子高校生が口ずさんでるのをよく聴くような、そんな曲。けれど……障害物をすべて取り払ってその音を耳にしたとき、ノギトは全身が震えた。

「へっ?!あ、う、ごめんなさい、うるさかったですか?」

声の主は、ノギトと同世代くらいの、小柄な少女だった。

「……いいえ、こちらこそ。続けて、ください。失礼しました」

震える手を強く握り締めて、目を逸らす。ありえないと思っていた。目立つような音の狂いはなかったものの、発声も力任せだしリズムはアレンジを加えられてめちゃくちゃだった。技術もへったくれもないような曲で、なにか自分の感情に変化があることなんて。自分の技術に、足りないものがある可能性なんて。そんなこと、あるはずなかったのに。

俺は絶対、あんな風には歌えない。

今まで、歩いてきた道を振り返る。丈夫だったはずのそこは、見る影もなく、不安定にぐらついていていた。
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