ギャラクシーきど+うみ
2013/09/06 12:19

「有人くん、今、時間ある?」

控えめな声色でそう尋ねた彼女の姿は、十数年前、我が師に手を引かれてやってきた少女の面影を、かなしくなるくらいに残したままだった。

「……構わない」

作業をきりのいいところまで終わらせて、キーボードを鳴らすのをやめた。ちょうど帰ろうとしていたところだと、ついでにシャットダウン。きょろきょろ、彼女はなにも言わないまま、書類で山盛りになった机に差し入れだろう、紙袋を置く。そういうところがとても彼女らしい。まだ暖かい、保存容器の中身は水蒸気で見えないが、帰ったあとにでもいただくことにしようと、礼を言いながらソファのある方へ移動して、あらためて向き直った。

まだ、互いに幼かったころと比べると、ずいぶん背も伸びた。中学時代、彼女の世界を覆い隠していたわざとらしい色のカラーコンタクトも、もうない。ありのままの深緑の瞳がこちらを覗く。

「久し振り」
「……ああ」

その瞳も、紡ぐ言葉も、彼女、影山宇美のすべてが危うさに満ち満ちていた。実際のところ、久し振りでもなんでもないのだ。ラグナロクのときだって、彼女はあの場所にいたし、それからだって連絡は取っている。けれど、ひとつかわったものがあるのだとすれば。

「おとうさん、生きてたんだね。」

きっとそれだけ、なんだろう。それだけではあるが宇美にとってそれがどれだけ大きいか、自分はわかってるつもりでいる。彼女にとって父親は、師、影山零治は、世界そのものなのだ。俺と彼女が出会う前、影山零治に名前もなかった宇美が引き取られてからずっと。そして十年前、FF世界大会、影山零治は死んだ、はずだった。

「ねえ、有人くん」

今の影山宇美は危うさに満ち満ちている。俺ははじめて純粋に、こわい、そう思った。あのときでさえこんな危うさを持っていなかった彼女が、この現実に目をあわせて、それを自分が見る、その瞬間がとてもこわかった。

「真帝国のときのこと、覚えてる?」

もちろん覚えている。宇美は、あのとき、潜水艦が沈む最後のときまで、誰よりも最後までそこに残っていた。光の灯らない瞳で、ずっと海の底を見つめていた。

「わたし、あのとき、おとうさんがしんだなんて、微塵も考えてなかったんだと思う。だけど……十年はちょっと、長すぎたよ……。」

彼女にとっての世界が、揺らいだはずだ。死んだと思い込むこともできず、生きてると待ち続けて十年。そのとき、宇美がどう思ったかなんて俺にはわからない。けれど、あれから、宇美はよく笑うようになった。笑うだけじゃない、とにかく表情豊かになった。だけどその笑顔が、壊れもののように、とても、もろく見えて。

「なんでもいい、役に、立ちたい。」

見るのでさえこわい、なんて言って、俺はいつも見てるしかできなかった。ボールを蹴りはじめたころから、一緒にいる、家族みたいなものなのに。だからこそ、臆病なのかもしれない。けど、あんな笑顔を見るくらいなら、かたちはどうであれ泣いてくれた方がましだ。……今みたいに。

「お前ならできるさ」

睫毛にせき止められていた雫が、次を待つかのように溢れた。


| ×
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -