まるで黒猫エレヴァートA
李庵side.
あれから数時間が経ち、時刻は午後四時過ぎ。
この時間帯はあまりお客さんが来ないことが多く、いたとしても二、三人程度。そこで二人が店番、残りの二人は休憩することになっている。休憩が終わると、次は店番をしていた二人が休憩に入ることになる。
今日は私と澄未が先に店番をして、みのりとリカが休憩に入るみたいね。
「休憩に入りますけど、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ」
「じゃあ、お先に休憩に入りますね」
「何かあったら呼んでね」
「了解〜!」
みのりとリカは楽しそうにおしゃべりをしながら、スタッフルームに向かった。
さてと、お客様がいないうちにお皿でも洗っときますか。
「李庵先輩、お客様がいないうちにゴミ捨ててきますね〜」
「あら、もうそんなに溜まってたの? ありがとう」
澄未は厨房に向かったと同時に、カラン、とお客様の来店を告げるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
「…………」
お店の入口の目を向けると、少し目つきの悪い、黒の学ランを羽織った男の子がいた。
あの制服、確か並盛高校の旧服よね? それに男の子が左腕に付けている腕章には見覚えがあるわ。
「おひとり様ですか? でしたらカウンター席へどうぞ」
「ここの店長は?」
「店長でしたら外出中ですが……」
「……ハァ」
男の子は目を伏せると、深いため息を吐いた。
この男の子、どこかで見たことある顔なんだけど……。それと、先生に用があるなんて知り合い?
「コーヒー。ブラックでね」
「……え?」
「耳でも悪いの? 注文したんだけど」
……なんなのこの子。最近の高校生って、こんなにもウザかったかしら?
落ち着きなさい。相手はたかが高校生。しかも年頃真っ盛りの男の子よ。
ここは大人の余裕の見せ所。いつもの接客スマイルで――
「ねえ、いつまで待たせるつもり? これでも忙しいんだけど」
ぷっちーん。かなーり心の広い私でも、今ので堪忍袋の緒が切れた。
私はいつもの接客スマイルじゃなく、仕事で使うブラックスマイルを男の子に向けた。もちろん、多少の殺気を込めてね。
「少々、お待ちください」
「っ――!」
殺気に当てられて、男の子は少しだけ目を丸くした。
ニヤリ、と笑みを浮かべたが、それはすぐに驚きに変わった。
私の殺気に当てられているのに、笑っているなんて……。
ちょっと調べてみる必要があるわね。
* * *
「お待たせいたしました」
「……なにこれ」
「オレンジジュースですが?」
そう、私が男の子に出したのはコーヒーではなくてオレンジジュース。しかも果汁100%よ。
ちらっと男の子の顔を見ると、思ったとおり、顔を顰めていた。
「僕はコーヒーを頼んだけど」
「高校生がコーヒーなんて飲めるわけないじゃない。ましてや、ブラックなんて尚更よ」
「この店は、客の注文どおりに持ってくることもできないの?」
「子どもが大人ぶるなって言ってるのよ」
私と男の子の間に、バチバチと火花が散る。……あれ、デジャヴ?
男の子は椅子から立ち上がると、どこから出したのか、トンファーを持っていた。
……あら、最近の高校生は随分と物騒な物を持ってるのね。しかも、武器がトンファーなんて、親近感が湧くじゃない。
並盛高校に学ラン。腕には赤い腕章。これでもし、彼が風紀委員長なら、さらに親近感が湧くわ。
「もしかして、並盛高校の風紀委員長さん?」
「だったらなに」
まさかの、ビンゴ。
あまりにも昔の自分にそっくりで、思わず笑ってしまった。
どうしよう。この男の子に興味が湧いたわ。
「咬み殺すよ」
「あら、やれるものならどうぞ? かっ消してあげるわ」
私は右手を見える位置に上げ、少し力を込める。
憤怒の炎で淡く光る右手を見て、男の子は驚きで目を丸くした。
「君、まさか……」
「……っ」
はっとして、私はすぐさまに炎を消した。
私ったら、一般人相手に何を……。みのりと先生には、あれほど炎を出すなって言われてたのに! まったく、これも全部目の前にいる男の子のせいよ!
「……ワォ」
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