トキヤは一人黙々と生徒会の仕事を片づけていた。正面には書記の真斗が同じ書類を共に一枚一枚と無くしていく。放課後のこの時間は決まってこの二人が生徒会室に籠もるのが当たり前になっていた。実の兄であるハヤトは校内を見回り(見回りという名サボリ)会計であるレンはこの部屋に居るということを考えたくない。静かに寝息をたてながら本を顔に被せるこの男をどう起こそうかとトキヤは考えていた。おさらく目の前の真斗も同じことを考えているに違いない。いや、レンに対する殺意は真斗の方が上回っているだろう。ともかく先にこの紙の山を片付けてしまおうとトキヤは視線を書類に戻した。


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「ふんふーんふーん」

長い廊下に鼻歌が響く。それは見回りをしている生徒会長ハヤトのものだった。生徒会ならではの腕章を腕にぶら下げてリズムよく廊下を歩いていく。廊下から見る運動場の景色は部活動に励む生徒達で溢れていた。このなんでもない日常がハヤトの会長としての至福だ。平和が一番、それがハヤトの教訓である。一通り校内を見回ったハヤトは生徒会へ戻る為に足を反転させた。だが振り向いた瞬間、鼻歌が止まった。ハヤトの目の前にはこの学園で唯一平和を乱す人物、砂月がいたからだ。お互い視線がびり、と合う。砂月はこの学園一の不良であった。毎日のように喧嘩を繰り返し学園の窓ガラスが何枚犠牲になったことか。怪力としても知られる砂月に、ハヤトはまともに会話をしたことがない。こうして二人きりで対面するのは初めてのことだった。

「……な、なんのようかにゃ?」

白々しく呟いてみる。砂月の存在は知っていたが出来るだけ関わりたくなかった。だって喧嘩なんて怖いもん、ハヤトは砂月の返事を待つ。決して目線は逸らさずに笑顔を作るハヤト。怒っているのか、凄まじく不機嫌な顔で睨まれた。

「…なんでもねぇよ、どけ」

砂月はぶっきらぼうにそう吐き捨てるとハヤトをすり抜けて姿を消した。途端にハヤトの肩が糸が切れたようにへなへなとほぐれる。

「怖かったぁ…」

何もされなくて良かった、とハヤトは大いに安堵していた。ところで彼はなんであんな所にいたんだろう、この時間毎日のように見回りをしているハヤトに疑問が湧いた。放課後に砂月を見かけたのは初めてだった為、何か突っかかる点があった。だが今のハヤトはそれどころではなかった。僕は勇敢に立ち向かったんだ!とわけの分からない自信に満ち溢れ、この勇姿を早く皆に伝えなきゃ!とハヤトは生徒会室へ一目散に駆けだした。


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「みんなぁー!ただいま!」

ハヤトの言葉と共に乱暴に生徒会室のドアが開いた。室内には仕事を終わらせた生徒会のメンバーがまったりとしている最中だ。にも関わらずハヤトはトキヤ達に先程あったことを話し始める。「あのね!それでね!」と息を切らすほど熱弁したもののトキヤの反応はいまいちだった。真斗は静かに聞いてはいたものの黙って茶を啜っているだけだ。ハヤトはぐったりとうなだれるとレンが初めて口を開いた。

「あの子は手の付けようがないよ」
「え…?レン君は砂月君のこと知ってるの?」
「知ってるも何も同じクラスだからね」

レンはくす、と笑ってハヤトに微笑んだ。レンは三年生であり財閥の御曹司でもある。マイペースに見えて意外と周りのことを把握しているのだ。ハヤトは会長の座椅子に座って砂月のことを考える。するとトキヤも会話に入ってきた。

「彼は学園一の問題児ですし、我々にはどうすることも出来ません。放っておくのが得策でしょう」

どうやらトキヤもレンも砂月のことを相当な不良だと思っているらしい。確かに喧嘩をしている所を何回も見たことがあるし、割れた窓ガラスの処理だってハヤトは幾度となくやってきた。だがそれ程までしてトキヤ達は砂月を相手にしないのだ。

「砂月君は平和になれないのかにゃ?」
「確かに彼の行動は目を見張るものですが…」

そうトキヤが眉間に皺を寄せると学園のチャイムが高らかに鳴り響いた。最終下刻時間を知らせる鐘である。これが鳴れば部活動をやっている者も生徒会の者も帰らなければならない。メンバーはそれぞれ立ち上がり帰りの支度を始めた。

「ハヤト、何をぼーっとしているのだ」
「え?あ、」

真斗の声にハヤトは我に帰る。もうこんな時間なんだ、とハヤトも支度を始めた。

「それじゃあかいさーん!皆おつかれ!」

その言葉に合わせてメンバーが部屋からぞろぞろと出て行くのを見送って、ハヤトは鍵を閉めた。会長であるが故に戸締まりは毎回ハヤトである。決まってひとりになるこの時間がハヤトはなんだか寂しかった。

職員室に鍵を帰してとぼとぼ一人校舎を出る。空を仰げば既に赤く染まっており、学校にはもう誰も居なかった。

「さみしいなぁ…もう」

皆帰っちゃうの早いんだから、と一人ごちる。門を出ようを通り過ぎたその時、隣の花壇からガサガサと物音が耳に届いた。ふいに足を止めて音のする方へ振り向く。

「ぎゃっ」

らしくもない悲鳴をあげるとそこには土塗れになった砂月がいた。突然のことにポカンとするハヤトを砂月は見向きもせず花壇の中を探っていく。何かを捜しているようだった。

「何か落としたの?」
「……うるせぇ」

親切に聞いてみても砂月は会話すらしようとしない。勇気を振り絞って聞いてたのに!とハヤトは少し苛立ったが、砂月だって一人の生徒である。困っているなら助けるのが生徒会だ。ハヤトは鞄を置いて袖を腕まくりにし砂月のいる花壇に入った。勿論花は踏まないように。

「なに、して」
「一緒に捜すよ。二人なら効率上がるでしょ?」
「いらねぇ世話すんな」

砂月はまた不機嫌そうに言葉を放って頬の土を袖で拭った。こんなになるまで探しているのだ、大切なものに違いないとハヤトも花壇を探る。それを見た砂月はもう何も言わなくなった。

「何落としたの?」
「………封筒だ」

砂月はぼつりとそう言った。ハヤトは「それならすぐ見つかるよ!」と自信満々の笑顔で砂月を見る。その顔は既に土がついていて二人揃って何をしているんだと砂月は溜め息をついた。手探りで土に手を這わすとハヤトの指に何かが当たった。そのままずるりと引っ張ると中に何かが入ったような分厚い封筒が出てきた。少し土が被っているが、中身には問題なさそうだ。

「あ、これじゃないかにゃ?」

興味本位で封筒の中を覗き込む。すると察したように砂月は乱暴にハヤトから封筒を奪いとった。砂月は罰が悪そうに舌打ちをして礼も言わず走り去っていった。

「………」

冷たい風だけが一人残されたハヤトの頬を撫でる。ハヤトはすぐに動けずにいた。封筒の中身は何百枚入っているか分からない程のお札の束だったからだ。100万、いや下手したらもっと入っていたかもしれない。とにかく学生が手に持てる金額ではなかった。

「君は何を隠してる…?」

ハヤトの独り言が、風と共に空気に溶けた。

I hope he is happy. if not, tell me why you are sad.


〜20120403