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さっちゃんはもう音楽を書かないんだって。大好きなバイオリンも、ヴィオラもやめるんだって。だって目が見えなくなっちゃったから。つい最近の話、突然倒れたさっちゃんは目覚めた時、すでに何も見えなくなっていた。さっちゃんが言ってた、楽譜がどんどんぼやけていって見えなくなったって。視界を奪われるのが手に取るように分かったって。僕はお医者さんに「さっちゃんを治してください」って頼んだ。お金は僕が全部出すからさっちゃんを助けてって頼んだ。だけどお医者さんは首を横に振るだけで何も言わなかった。僕は声が枯れるくらい泣いた。

「さっちゃんおはやっほー!」
「………」
「お菓子沢山買ってきたよぉ!ポッキーと…かっぱえびせんと…あとは…」
「………」

僕は暇さえあればさっちゃんのいる病院に行った。お医者さん曰わくあれから何も食べていないらしい。だから毎回こうしてお菓子を持ってくる。まぁ一回も食べてくれたことないけどね。

さっちゃんはあれから何も喋ってくれない。分かってるんだ、さっちゃんは別に無視してるわけじゃないんだよね。喋る元気さえ無くなっちゃったんだ。さっちゃんが今何を見ているのか分からない。何を思っているのかも分からない。視線の先には何があるかのかも。

「今日はね、収録中にさっちゃんのこと考えてたらぼーっとしててスタッフさんに怒られちゃった」
「…………」

僕に出来ることはさっちゃんが見えなくなったものを伝えることぐらいだった。でもつい最近まで見えてたんだ、僕のことも全部。苦しいはずなのに、泣いていいはずなのに、さっちゃんは何も言わない。

「さっちゃん、皆心配してるよ」

なっちゃんも、トキヤも。皆お見舞いに行きたいって言ってたけど僕は来ないでってお願いした。こんなさっちゃん見たらきっと皆泣いてしまう。一番泣きたいはずのさっちゃんの前で泣いちゃだめなんだ。僕はさっちゃんにどうしても元気になって貰いたくて、毎朝やってるお仕事を思い出した。

「お、おはやっほー!全国一千万人のHAYATOファンのみんな、元気かにゃあ…?」
「………」
「今日はここ、さっちゃんのお部屋から元気をお届けしまー、す…っ」

だんだん頬に流れるものを感じて声が裏返った。だめだ、泣いちゃだめだ。なんとか涙をこらえてまだまだ続ける。

「今日のテーマはズバリ「音楽」!音楽って素晴らしいよね!聞いただけで元気が貰えるよね!ぼっぼくはっ、さっちゃんが作る音楽、が…っ大好きなんっだぁ…っ」

もう我慢の限界だった。さっちゃんも顔を歪めて歯を食いしばる。

「さっちゃん…音楽やめないで…お願いだから…」

いつのまにか僕は懇願するようにさっちゃんを抱きしめていた。その身体はお医者さんが言ってたとおりすっかり痩せていて、細かった。なんでさっちゃんがこんなめに合わなきゃいけないのだろう。どうしてこんなに苦しめるのだろう。さっちゃんがこんな風になっちゃうなら僕が変わりになりたかった。

「なぁ、HAYATO」
「っ、なぁに?」

僕のすぐ隣に聞こえるさっちゃんの声。目が見えなくなってから初めて聞いた声だった。

「今日の空は、何色だ」
「え、…」

青、と答えようとしたけどさっちゃんが聞きたいことは多分違う。だって青って言ってもさっちゃんはそれをどんな色か分かるわけがない。僕は自分なりに考えて空を見た。

「そうだなぁ…心が透き通るような色だよ」
「じゃあ、太陽は」

さっちゃんはまた質問する。きっとこれも黄色とか赤とか言っちゃだめなんだとすぐ分かった。

「太陽は、温かくて安心する色」

そうか、とさっちゃんは僕の顔を手探りで探してそのままキスをした。

「じゃあ、お前と同じだな」
「……っ」

僕と同じ、それを聞いた途端また涙が溢れてくる。そうか、さっちゃんは僕を必要としてくれている。それだけで僕は報われた気がしていた。

「HAYATO。俺、一からやり直してみようと思うんだ」
「いち、…から?」
「あぁ」

さっちゃんは抱きしめていた僕に腕を回して頷く。

「だから、俺の目になってくれないか」





さっちゃんはまた音楽を始めたんだって。世の中には目が見えなくてもピアノを引く奴だって居るから俺だって出来るって。僕も頑張るよ。


〜20120224