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トキヤにきちんと身体を管理しなさい、と紹介されたスポーツジムに来てから1ヶ月が過ぎようとしていた。気分は憂鬱だった。トキヤもお世話になってるこのスポーツジムは徹底的に身体の管理をしていて綺麗なボディを作る、というコンセプトのところだった。何故憂鬱なのか、それは僕についてくれているインストラクターさんが物凄く怖いんだよね。顔は綺麗でかっこいいのに口から出るのはとげとげした言葉ばかり。運動するのは好きだけど筋トレとか有酸素運動とかは苦手。だからすぐバテてしまう。するとすごい形相で怒るんだ、その人。というわけで嫌々と考えていたらスポーツジムについてしまった。

「あ、HAYATOじゃん!」

ジムに入って声を掛けてくれたのはトキヤのインストラクターの音也くんだった。

「おはやっほ〜!トキヤはまだ来てないの?」
「今日は忙しいらしくてさ。有名人は大変だよな〜」

音也くんは明るくて面白い子だ。僕と少し似たような性格だから気が合う。僕にもこんなインストラクターさんがついてくれれば良かったのになぁ…。そうしたら少しは楽しかったかも、なんて思っても無駄だよね。目的は体型維持なんだから、怒られないようにすればいいだけなんだ。よし!と気合いを入れて器具のある部屋に入った。あれ、今日は来てない、のかな?辺りを見渡しても僕のインストラクターさんがいない。でもほっとしたのも束の間、後ろから低い声が僕を震わせる。

「よう」
「さ…さっちゃん…」
「その呼び方はやめろと言った筈だ」

多分180センチは越えている長身の男の人、さっちゃん(本人は嫌がる)この人が僕のインストラクターさんだ。さっちゃんと言うあだ名は僕がつけた名前。あまりにも近寄り難くて怖かったから親密度を上げる為に思い切ってあだ名をつけてみたのだけれど、どうやら気に入ってないらしい。こういう冗談が通じない人って僕苦手なんだよなぁ。
さっちゃんはいつものように眉間に皺を寄せて僕を見下ろす。目は「早く身体をあっためてこい」と言っているようで。僕は渋々ランニングマシンにスイッチを入れた。ここからだ、本当に怖いのは。

「おい、またペースが乱れたな、ほらまた遅れてやがる。同じ配分で走らないと身体に馴染んでいかねぇぞ。もっと足動かしやがれモヤシ野郎」
「は…っはぁ…、はぁい…!」

さっちゃんに煽られて結構なスピードで走る僕。モヤシなんだね…僕。そんなこと考えてる場合じゃない。今はさっちゃんに怒られないように走らなきゃ。トキヤは毎日朝早くからランニングしているからこれくらいは普通だって言うけど、僕ってそんな体力無いのかな。ダンスとかは大好きなんだけど。

「あと10分」

さっちゃんが腕に巻いた時計を見て呟いた。飴が無く鞭だけのぬかりないハードトレーニング。さっちゃんに散々なことを言われても言い返せないのには理由がある。さっちゃんが僕みたいにひょろひょろした身体だったら言えたかもしれない。でもさっちゃんの身体つきは筋肉が程よくついててあぁ、鍛えてるなって分かってしまうから、何も言えないのだ。Tシャツから覗く腕もたくましいし、これじゃあ馬鹿にされるのも仕方ない。

「3、2、1……終了だ」
「はぁ〜…疲れたぁ…も、動けないにゃ…」
「何へばってんだ。次行くぞ」
「あ、待ってよう!」

すっかりばてた僕を置いて次のトレーニングマシンに行ってしまった。こういう時音也くんは「頑張って!もう少しだよ!」とか言ってくれるのかな、ふいにそんなことを考えた。筋肉痛に痛む足にへなへなになりながらさっちゃんが待つトレーニングマシンへ足を進める。

「それじゃあ始めるぞ。スタート」

それからいつものメニューを死ぬ気で終わらせた。その間にもさっちゃんの暴言の雨は鳴り止むことはなかった。

「さっちゃん本当スパルタすぎるよ」
「ははっ、HAYATOももうちょい鍛えた方がいいと思うよ?」
「音也くんもそういうの〜?」
「大丈夫!こつこつやっていけばその内馴れて行くからさ」

トレーニングが終わり僕はベンチで音也くんと話していた。音也くんは愚痴る僕に優しく励ましてくれた。トキヤにこんないい子勿体ないよ。大体さっちゃんが作った僕用のメニューは明らかに僕に無理をさせようとしているとしか思えない。

「あーあ、僕のインストラクターさんが音也くんだったら良かったのに」

そう言った時だった。ふと廊下から、人影が見えた。そこには何とも言えない驚いたような顔をしたさっちゃんがいた。

「さ、さっちゃ」
「…そうかよ」

声を掛けるまでもなくさっちゃんは一言放って僕の前から消えてしまった。

「どうしよう…」
「タイミング悪かったみたいだね…」

あんなさっちゃんの表情、初めて見た。僕なんであんなこと。最悪だ、これじゃあ上手く行かなくて駄々こねてるだけの子供と同じだ。

「ごめん、帰るね」
「わかった、またねHAYATO。砂月には俺から言っておいた方おこうか?誤解解いたほうが…」
「自分で言うよ。ありがとう、音也くん」

そうして音也くんに別れを告げて帰宅した。家に帰ってもあのさっちゃんの顔が頭から焼き付いて離れなくて、気を抜くとぼーっとしてばかり。気がつけば溜め息をついて情けなく思えた。次のトレーニングは明日、もう言い訳を考える時間はない。言い訳と言っても僕は嘘をつくのが下手らしいから(トキヤ曰わく)どんなに頑張っても駄目だと思う。

「はぁ…明日どんな顔して会えばいいかなぁ…」

悪いのは自分なのだけれど。僕は気が重くなりながらも眠りについた。


生放送の番組の収録が終わり、自分取材のラジオも取り終えてタクシーの中。僕はどんな仕事よりも積極的に行けないジムに向かっていた。会ったら謝るんだ、絶対に。それだけを頭で何度も繰り返していたらいつの間にかジムに到着していた。運転手さんに料金を払ってジムに入る。受付の人が「いらっしゃいませ」と会釈をするのを見送って僕はトレーニングマシンのある場所に足を向けた。そこにはいつも通りの不機嫌そうなさっちゃんが何か紙の束に目を配らせていて僕は思わず立ち止まった。

「お、おはやっほーさっちゃん…」
「…あぁ」

勇気を振り絞りさっちゃんに挨拶をする。いつもなら「その名前で呼ぶな」って決まったように言ってくれるのに。怒ってない…?恐る恐る近づくとマシンの金具に足を引っ掛けたのか躓いてしまった。

「う、っわ!」

目の前のさっちゃんに顔面からダイブ。何やってるんだろう、僕。あ!そうだ、謝ろう。さっきあれほど考えてたじゃないか!当たった衝撃でさっちゃんの手から散らばった紙の束が床を覆った。なんだろう、と一枚手に取って見てみる。同時にさっちゃんが「あ」と声を出した。

「これって、もしかして僕の…?」

手に取った紙は僕の身体の管理表で、細かい計算まで書き込んだ紙だった。そこには僕の苦手な所を改善するような書き込みが沢山してあって、細かい計算などが所々に見られた。

「返せ」

さっちゃんは呆然とする僕の手元から強引に紙を奪った。

「さっちゃん、ごめん。本当にごめんね」

さっちゃんは僕のことこんなに気にして書いてくれて、トレーニングに付き合ってくれていたのに、そんなさっちゃんに僕はなんてこと言ったんだろう。ちゃんと見てくれていたのに付き合ってくれていたのはさっちゃんの方だったんだ。

「嫌ならやめてもいい。俺がトレーニングした奴らは皆揃ってやめていくからな」
「やめない…僕、さっちゃんがいい」
「音也が良いんだろ?こんな厳しくねぇから楽だと思うぜ」

淡々と泣きたくなるようなことを口にするさっちゃんに鼻がつんとした。僕は甘やかされると駄目な人間なんだよ、さっちゃんじゃなきゃ、駄目なんだ。

「僕、今日からもっともっと頑張るよ!」

そうさっちゃんに向けてガッツポーズをすると、やっとさっちゃんが笑ってくれた。やっぱりかっこいい。この笑顔は僕だけのものなんだ、そう思ったら嬉しさで胸が熱くなった。

「ビシバシ鍛えてやるからな」
「掛かってこいだよ!」
「じゃあ早速腹筋500回からだな」
「そんなの聞いてないよーー!!」



おまけ(音+トキ)
「ってことがあったみたいでさ〜。今は仲直りしたみたいだけど」
「HAYATOはのんびりしているので砂月さんのうな人が一番です」
「あんな落ち込んだ砂月初めて見たよ俺」
「仲が良さそうでいいんじゃないですか」
「砂月怖いからあんまり人気じゃないのに、HAYATOはすごいと思うよ…」
「馬鹿なだけです」


〜20120417
私的に久々の更新
ジムにさっちゃん来てください
龍也さんにも鍛えられたい