text | ナノ
「隊長……頼むから、頼みますから副長に刃向かうのやめません?」
半分泣きながら沖田隊長に訴えかけた。
土下座つこうか、とも思ったけど、それはさすがにバカらしいなと思い止めた。
その代わり机をバンバン叩きながら訴える。
「隊長がさぼるからってなんで私が副長に怒られなきゃならないんですかっ!」
泣きたくもなる。
「もう疲れたんですよ。なんで私ばっかり………」
そりゃあ隊長が遊んでいるために書類が遅れるなんて頻繁で、私の仕事は書類整理が主だから、私のところに全責任がくるんでしょうね!とばっちりと共に!
ふつー隊長に責任がおありになるはずなのに、そのお方が逃げ回ってるせいで?全部がこっちに?副長の怒りがここ最近どんだけ大きいか…!それをひとりで背負う私はどんだけ辛いか…!
私以外の一番隊のみんなは隊長の教えの賜物か、逃げ回るのうまいですしね!神山くんは本当に神ですよ。隊長に心酔なんてバカげてる
と言ったところでパコーンといい音が部屋に響き渡る。
「っったあ………靴投げるとか、隊長としてあるまじき……」
「いちいちうるせェ。ちったあ黙ってできねーのかィ」
全く、という顔をして縁側に横になる隊長は、私の怒りをさらに煽る。
「隊長、副長を敬ってください」
「なんでィそれ」
「だってバカヤローとか上司に吐く暴言じゃないと思いますし、まずバズーカで撃退したりなんて暴挙で!!もっときちんと接してくれれば私にとばっちりがくるなんてことナイと思いますし!」
すると隊長はため息をついて、やれやれと肩をすくめた
「なまえはなんもわかっちゃいねーなァ。むしろ俺の方が敬ってほしいくらいだぜ?」
俺の方が先に道場にいた兄弟子…いわゆる先輩なんでさァ。ふつー後輩は先輩に敬語使うもんだろ。なのに野郎、いつの間にか敬語止めやがるし近藤さんの右腕とか俺のあ………いやいや、これはもういーんだった。とにかく気に食わねーんでねィ。
アイマスクを装着しながら淡々としゃべる隊長は、真面目に言っているのか冗談なのかよく判らなかった。
どう受け取ったらいいか迷った末に隊長の顔をちらりと覗うと、アイマスクで目は隠れて見えなかったけれども口元は微かに笑っているようで、ふっと消えてしまったさっきまでの怒り。
「隊長、なんだか愉しそうですね」
「…何が言いたい?」
「私判っちゃいましたよ」
「何を」
「隊長副長のこと好きですよね」
「……は?」
「だってそうじゃないですか。よくよく考えたら、隊長が憎まれ口を叩くときって、照れ隠しかなん、っいひゃいいひゃいれすっ…!!」
「バカなこと言いやがんのはこの口かね?」
縁側に寝てた隊長は驚くほどのスピードで飛び起き、ずかずかとこっちに向かって歩いてきたかと思うと頬をぐっとつまんで引っ張られ、言葉がはっきりしない口でとりあえずすみませんと謝った。
するとさらに10秒引っ張られ、痛みに耐えきれず隊長の両手をごめんなさいと何度も叫びながらバシバシ叩くと、ようやく放してくれた。
まだ痛む頬を押さえつつ、隊長のバカヤローと呟く。
頭をばしんと叩かれた。手加減なしだ
「…まあ、隊長はみんなのこと好きですもんね」
「てめ、まだ懲りて……」
「いえいえいえ!もう充分懲りましたとも!ただ…」
「ただ何でい」
「みんなも隊長のこと好きなんで安心していいですよ」
「あーそりゃどうも」
意味わかんね、と半ば呆れ顔の隊長は、やっぱりどこか嬉しそうに見える。のは私の色目だろうな。確実に。
私の目の前に座り、書類をかき分け机に頬杖をついて眠ろうとする隊長を、ちらっと見てすぐに目線を書類に戻し、ぼそりと呟く。
「たいちょー私も好きですよー」
そう、呟いてみた。冗談めいて。
隊長が真に受ける訳ないばかりか、真に受けたとしても一蹴されることは重々承知だ。
断られるのを正当化する言い方は、小学生の男子が好きな女の子をいじめるのと同じだと、この前銀さんに笑われた。余計なお世話だ。
次の書類に手を伸ばして取ろうとすると、隊長がこっちを見ていたことに気がついた。
とっても悪そうな顔でにやっとする隊長は、なんだか怖い。
「……なんですか」
「いんや、ねえ?その好きってーのは、アンタ曰わく俺が土方さんを好きだってゆー好きかィ?それとも別のものかねェ」
「……は?」
「別のものか、って訊いてんだけど」
不敵な笑みを浮かべる隊長が、何を言わせようとしているのか判断できない私ではない。
理解した途端、ぼっ、と自分の顔が紅くなったのが判った。これだけで赤くなるなんて本当に小学生じゃんか……
がっくりと落ちそうになった肩を伸ばし、火照ったことは絶対に悟られまいと報告書に集中すると、なあなあと隊長はおっかぶせてきた。
「早くこたえねーと墨ぶちまくぜ」
何時間も掛かって仕上げた書類の束を左手に、墨汁を右手に持って、満面の(それも真っ黒な)笑みを浮かべている。
隊長、なんて生き生きしているのでしょう
「…隊長、なんだか愉しそうですね…」
「そりゃあな」
「なっ、開き直っ」
「10秒以内に言わないとやる」
ハイ321とカウントし始めたからたまったもんじゃない。
10秒じゃなかったのかと突っ込む間もなく「別のものです!」と叫んで墨汁を取り上げた。
はあはあと肩で息をして、取り上げた墨汁を隊長の手の届かない場所へ置いたところで再び目があった。
よりいっそう悪い顔した隊長をみて、自分が口走ってしまったことに気づき、体中が熱くなった
「も、もうこれでいいでしょう!ですからそちらの書類も返して頂けませんか!」
「別、ってーのは曖昧でさァ」
「…………はい?」
「もっと具体的に言ってくれねーとわかんねーんでい」
「ちょっ、はいい?そ……そんなのご自分でお察しなされ、ば…」
「あっれー?なんでこんなところに絵の具があんのかねェ」
偶然にも紙がいっぱいあらァ。絵がすぐにでも描けるぜと、真っ赤な絵の具のついた筆をこれ見よがしに振って見せ、苦労の末の書類たちにそろそろと筆先を近づけてゆく。
ハイあと60秒
墨汁取り上げたときに何故書類も一緒に取り上げなかったという後悔虚しく10、9、8とカウントされる中、1分じゃなかったんですかと突っ込むのも忘れて、ただひたすら沖田隊長の顔を見た
隊長はあいかわらず楽しそうで、それは脈があるために私に言わせて反応を面白がろうとしているからなのか、それとも全くの脈なしで、それでいて私が恥をかくのを見ることで面白がろうとしているのか、隊長のこの表情からは推し量ることは難しい。
どっちにしてもたちの悪いことには変わりないな
と考えているところでほっぺたを指でつんつん突かれ、はっと隊長をみると、それはそれは可愛らしく(といってもやっぱり黒いのだけど)笑っていたから私は思わず口を開くんだ。
20100525/水面にゆらり