text | ナノ



※大学生書店バイト天童くんです(捏造すごいです)




「天童さんって、彼女いるんですか?」
「ここから先はプライベートな話デース。事務所通してクダサーイ」

天童さんはよくわからない。
例えば、私が精一杯になんでもない風を装って、自分が気にしていると悟られないようにタイミングよく聞いた質問にも、きちんと答えてなんかくれない。
この前なんか、1年かかってようやく手に入れた誕生日(決して本人は教えてくれない)、本当はプレゼントもあげてみたいし日付変わったらすぐ祝いたいのにきっと嫌がられるからと、精一杯淡白に「おめでとうございます。素敵な一年にしてください」とメッセージを送ったら、既読もつかずに1週間放置なんかされちゃったりするわけで。だからって嫌われているのか?といえば、そうではないようで、一緒のバイトの時なんか他のメンバーよりもむしろ上手くやっているし、バイト後にご飯いこーよと誘われたりもする。
天童さん曰く、ミステリアスでしょ?ということだが、本当にいつも何を考えているのかわからない。

「いたことはあるんですか?」
「チョット!なんで今いない前提なの!」
「だっていたらこんなにバイトしないと思う」
「彼女と遊ぶためにお金貯めてるかもしれないデショー」
「天童さんにそんな甲斐性あるようにみえません」
「ひっどーーい、なまえちゃんって意外と言うこというよね」
「えへ、ありがとうございます」
「ほめてないんだケド!!」

頬っぺた膨らませてわざとらしくぷんぷん怒る天童さんは3つも年上になんか見えない。
ああ、この人好きだなあって感情と、私なんでこんな人好きになっちゃったの、という気持ちが会うたびに湧きおこる。でも、頬っぺた膨らませているのをみて「好きだなあ」が勝ってしまうんだから、恋は盲目だとはよく言ったなと思う。
ちなみに今、あわよくば彼女の有無を確認する、もしくは、昔の彼女の話を聞きだしてどんな人がタイプか探ろうかと思っていたのに、綺麗に話を変えられてしまった。天童さんは本当に隙がない。




「なまえちゃん」

文庫本の在庫確認をしていると、天童さんがひょこっと棚の間から顔を出していた。何やらちょっと企んでいる顔で、早くこっちきてと手招きをしている。されるがままについて行くと、漫画の平積みコーナーに連れていかれた。

「チョット、これどう思う?」
「………?どうって……とっても見やすくていいと思いますよ」
「!!!デショデショ!ここの漫画の積み方をね……」

ああやっぱりね、と笑いを堪えながら天童さんをみた。
この漫画の順番がね、この置き方工夫したことで見やすくね、そしてこの流れからこの漫画もみてほしい、とかしゃべり続ける天童さんに、すごいですねステキですね勉強になりますと相づちを打ち続ける。
褒めてほしいのかもと思いついてよかった。普段あまり人の考えていることとか気にしなさそうな天童さんだけど、わざわざここに私を連れてきて褒めて欲しいと思うなんて、とても可愛らしいじゃないか。というか、かなり愛おしい。

ひと通り褒め倒すと、天童さんは満足げな顔をして「戻ってよし」と許可を出す。
他のバイトの子にはこんなことしてないらしく、私だけが呼ばれるというのもとても嬉しい。褒めまくるからという理由だと思うけれども。
天童さんのどこが好きなのと同じバイトの女の子に尋ねられたことがある。こういう可愛らしさなんだけどと言うと、ちょっと何言ってるのか理解できないとしかめ面されたっけか。






「あ!若利くんハッケーン!」

雑誌の入れ替えをしながら天童さんはたまにこう叫ぶ。お客さんがいてもお構い無しに叫んでしまうから、一緒の時にこれをやられると本当に焦る。申し訳ありません、と周りのお客さんに頭を下げるのは私の役目で、天童さんはというと、周りを気にせず商品の雑誌をペラペラし始めるから困ったものだ。こんなこと目の前でされたら普通クレームを言いたいものだが、なぜかクレームがこないから不思議である。

ワカトシクンは、天童さんのマブダチらしい。この情報だけは結構序盤で教えてくれた。ワカトシクンはバレーボール界では有名で、スポーツ観戦が好きな友人はみんな知っている。「だって日本代表じゃん!!」って、なんで知らないのと怒られた。だって、興味ないスポーツってみなくない??そもそも野球選手だってよくわかんないし、じゃあ相撲の力士の名前わかるんですかと言えば、「それとこれとは話が違う」と言われたけれど、何が違うのかさっぱりだ。と、最初は思っていたのだけど、少しでも天童さんに繋がる人だから、なんやかんやとワカトシクンが出ている試合は見てしまったりしている。スポーツ番組では牛若とか牛島とか呼ばれているのにわたしの中でもワカトシクンなのは、確実に天童さんの影響だ。


「え、天童さんもバレーやってたんですか?」
「やってたもなにもうまかったんだからネ」
「天童さんが?スポーツを?」

全く想像できない。確かに背は高いからバレーとかバスケとかは似合ってる気がするけど、猫背でひょろんとしてなおかつ協調性が必要なチームスポーツなんて天童さんがやってたなんてまさかまさか


「なまえちゃん、また失礼なこと考えてるね?」
「…………すいません」
「否定すればわかんないのに!」


馬鹿正直だよね、ホンットわかりやすすぎ、なんてヒヒヒと笑う天童さんはいつだったか、ジャンプと若利くんを最初にみることできるから本屋でバイトをしていると言っていた。
バレー、うまかったなら何故やめてしまったのか、気になってさらっと聞いても上手くはぐらかされてしまう。バレー雑誌はよく読むし、試合もチェックしているみたいだし、何より若利くんの活躍を楽しみにしているからバレーが嫌いになったわけじゃなさそうだけど。実力不足なのかしら??「企業秘密デース」なんていつものようにおちゃらけて、いつものように一線作られてしまったからには、これ以上聞くことはできない。天童さんには秘密が多すぎる。







「天童さん、今までお世話になりました」
「あれっ、もう終わり??」
「はい、もう上がります。天童さんには本当お世話に……」

バイトを辞めるその日、天童さんにたくさんお世話になった気持ちを伝えようと思ったのに、お礼なんていいからと全力で制されてしまった。
いいからと言われても。
天童さんがテキトーだったとはいえ、色々教えてくれたおかげで仕事も覚えられたし、面倒くさいバイトの日もわくわくしながら働けたし、たくさん困った状況で助けてくれた天童さんには感謝の気持ちでいっぱいだし、それに、それに、このバイトの3年間はずっと天童さんのことが好きだった。この気持ちを「いいから」一言で片付けられては困る。
もう一度天童さんに、せめても感謝を伝えようとすると、倉庫の奥から「みょうじさん」と呼ばれる声がした。マネージャーの声だ。タイミングが悪い。
ま、今後も頑張ってネと手をひらひらさせる天童さんに、かなり名残惜しいなと思いながらもう一度礼をしてその場を離れた。最後の日、お世話になった社員さんなど、挨拶をしなければならない人がたくさんいる。天童さんにはまたあとで挨拶しに来よう。


一通りの挨拶を終え、店内をくるっと回って天童さんを探すも見当たらず、諦めて更衣室に向かおうとすると、聞き覚えのある足音が聞こえてきた。振り返ると天童さんだ。ちょうど休憩時間なのだろうか。とりあえずよかった、ちゃんと挨拶ができる。


「天童さん」
「ん?」
「本当にありがとうございました」
「それさっきも聞いたから」
「だって本当にお世話になったんですもの」
「そんなお世話してないよ」
「私は感謝してるんです」

ふーん、そう、とコンパスの長い脚でスタスタ歩いて行く天童さんに追いつくのがやっとだ。
もう、最後なのに。
少しの世間話もなくただひたすらに歩く姿はとても天童さんらしくて、そしてとても寂しい。

倉庫の奥を通れば、更衣室はもうあと少しだ。
連絡先は知っているけれど、今まで一度たりとも天童さん発信のメッセージはもらったことがない。全てこちら発信で、返ってくる確率は五分五分だ。返ってきたとしても2、3回やり取りして終わる程度の関係。
その関係でさえも、きっと今日で終わる。


「あの、」
「ちょっとここで待ってて」


自分の気持ちを伝えることはしない。最後にそんなことするなんて、安いメロドラマみたいでしょ。けれどもせめて供養はしてあげたい。最後ぐらいは天童さんと幸せに会話したっていいじゃないの。好きでしたの気持ちをありがとうにたくさん乗せて、そうしてさよならしよう。
そう思って口を開いたのに、待っててのみ告げられ、天童さんは更衣室に入ってしまった。
なんだろうと思う間もなく出てきた天童さんの手に握られていた袋は、とても見覚えのあるものだった。


「ハイ、あげる」
「え、これって……?!」
「バイト卒業祝い。おつかれさま」

どうぞ、と渡された紙袋と中身の包装紙は、ある文房具メーカーの名が印字されていて、落ち着いた色の紙からは高級さが伺える。包装されている箱は少し細長い箱で、一目で何が入っているのかわかったような気がした。
私の勘違いでなければ、これは半年前にバイト中に私が欲しいなあとぼやいたボールペンなのだと思う。
天童さんと本の入れ替え作業中に通りかかったお客さんが持っていて、この話になったはずだ。ボールペンにしてはかなり値段が張るから自分じゃなかなか買えなくて、でも社会人になった時にはそれ使ってお仕事したいなあ、あのペンの白色が可愛いんですよ…と、たまたま一緒にいた天童さんにボヤいていた。


さっきまで、ありがとうだけ言えればと落ち着いていたのに、一気に期待で胸が膨らんでしまう。
ドキドキしすぎて、何を言っていいのかわからない。


「天童さん、あの、、!」
「これからも頑張ってネ」
「え、こんな、え、いいんですか…?」
「俺もお世話になったし。アリガト、なまえちゃん」
「あ、そんな、私の方が沢山….!!天童さんには助けられて…!!」
「だからそんないいって。あ、俺もう戻んなきゃ」

元気でネと手をひらひらする天童さんに、伝えたいことがこみ上げすぎて口から何も出てこない。かろうじて、お元気で、と出せた言葉に天童さんはにっこりと笑って頷いてくれた。

「あ、そうそう、なまえちゃんさ」
「はい」
「卒業祝い、他のバイトの子にはあげてないから、内緒ダヨ?」

悪戯っぽく口元にシーっと指を添え、扉をあけて行ってしまった。
大きなため息が口からこぼれる。もう、もう、なんだか立っていられない。


「これはずるい…………」

包装紙をゆっくりと剥がして中を確認すると、やはり私が欲しがっていたボールペンそのもので。あんなにも前にさらりと話したことを覚えていてくれたことに期待をしたとしても、それでもきっと天童さんにとっては、ただそれだけのこと。


私に恋がつもっていく/20170918


thanks:Bathtub