text | ナノ




「なにお前さぼってくれちゃってんの」

呆れたトーンが頭上から落ちてきた。
ゆっくりと後ろ振り返れば、着流し姿の土方さんがそこにいた。


「さぼってないです、ちょっと休憩で」
「それをさぼってるって言うんだ」
「だってぇ〜」

再放送のドラマがぁ〜みたかったんですぅ〜
最大限にシナを作って言ってみれば、なに女ぶってんだ気色悪ィと再び呆れられた。
いや、女ですわ

「で?仕事はどうすんだ」
「終わったら絶対見廻り行きますからどうかどうか見逃して下さいまし…!」
「…、絶対行けよ」
「……いいんですか?怒鳴らない、んですか」
「怒鳴られたいのか」
「い、いえいえいえ!!滅相もない!!ただいつもと違うんでびっくりしまして!!」
「ま、休みの日くらい、な」


そう言って、よっこらしょとなまえの隣に腰掛けた。
よっこらしょだなんてオヤジですねぇとからかえば、うっせと軽くあしらわれた。
なんだこの、非番だからという余裕は…!
仕事休みなのにどこにもいくとこないくせに…!
とは言わないで置く。あとあと怖いです。

ふとテレビに目を向ければ、クライマックスで、もっとも見たかったシーンになっていた。
土方さん静かにしてて下さいよ…!と念を押し、テレビにのめり込む勢いで画面を見つめた。

河川敷で、ヒロインが電話で憧れの先輩としゃべっているシーンだ。先輩はすぐ後ろにいるのだが、ヒロインは気づいていない。先輩はそのままヒロインが話すことを電話ごしに、それはそれは優しい顔で聞き続けている。ヒロインはそのあと彼が思わずきゅんとなる、すっごく可愛いことを言っちゃって、その可愛いさに先輩はキューンとなり走って走って後ろからガバッと抱きつき――――!!


「きゃー!!」
「……」

格好良すぎるわ、格好良すぎるわ!
この気持ちをどうにかしたく、持っていた座布団をばんばん叩いた。


「もう!ずるい!いいな!ああされたい!」
「ふーん」
「よくないですか!?かっこよくないですか!?胸きゅんしません!?」
「まあ」
「好きでもない人にやられたって、惚れちゃいますよ後ろから抱きつかれれば…!」
「へえ」
「…なんですかーその気の抜けた言い方はー」
「いや、別に」
「文句ありますか」
「あんなこと、普通するかァ?」
「思わずですよ!思わず!いやでも普通なくてもいーんです、あんなことされたい!って憧れるだけで十分です!」
「…ふーん」
「…今度はなんですか」
「いやあ、な?意外だと思って」

そして、お前もこんなのに憧れるなんて案外女だったんだななんて感慨深げに呟かれた。
しかも向こうは無礼だって自覚がないから余計にたちが悪い。
幸せ気分が瞬時にプチッと切れた。


「お前も案外女だったんだな、ですって!?
めちゃくちゃ女ですよ、ちゃんと女の子です!ただここ真選組にいるから、ここでれっきとした隊士やってるから、そんな甘っちょろいこと言える場所じゃないから、普通の女の子だったら、キャー!持てなぁい、なんて言っちゃうものでも私は文句ひとつ言わずにバズーカ背負って走っちゃってるんですよ!!人生の中で女であることを一番楽しめるこの時期に!!きれいな化粧ひとつすることできないで汗水垂らしちゃってるんですわ、本当は私だって可愛く女の子女の子して、ちゃんと女の子扱いされたいのに……!」

「え、ちょっ、お前なに」
「土方さんなんて、何にもわかんないんだからあ!!」

声に泣きが混じっている。
しかし一通りまくし立てて、ふと冷静になって、急いで土方さんを見ればそれはそれは驚いた顔をしていて、一気に血の気がさあーっと引いていくのがわかる。

しまったぁぁぁ
いやいや何しちゃってんの私。
仕事さぼってドラマみていた挙げ句に突然訳わからんタイミングでブチ切れて怒鳴って泣き出すって…!!


冷静になればなるほど恥ずかしい。
穴がなくても掘って埋まりたい。
土方さんから目をそらし、襖に向かってダッシュしようと一歩踏み出した。しかし、ガシッと掴まれる左手。視線を下ろせば、土方さんの右手がなまえの左腕をホールドしている。


「な、なんですか……」
「ひとつ聞いても、いいか」
「……なんでしょうか」
「お前、真選組やめたいのか」

検討違いな質問に、なまえはきょとんとした。
「?やめたいわけないじゃないですか。私真選組大好きですよ、みんなと一緒にいられるこの場所が大切ですもん」

もう早くここを立ち去りたい一心で腕を振りほどいた。

「それでは失礼しま、ひいい!!!?」
「…お前なァ」

もっと可愛い声出せという苦笑混じりの声は耳に入らない。
それどころではない。
ぐいっと腕を引っ張られた。
そのまま土方さんの腕の中に収められる。
背中が土方さんの身体で覆われ、体温が隊服ごしに伝わってくる。土方さんの体重がゆるく乗っている。肩にかけてぐるりと土方さんの腕がかかっており、首もとには顔が乗っている。土方さんの息が、耳にかかる。あつい。あつい。

図らずもそれは、端から見ればさっきのドラマのような状況で。

ドラマのヒロインはきょとんとした顔で、せんぱい?なんて聞いていたけれど、今私にそんな余裕はない。
頭の中はパニック状態でぐるぐるしている。

「土方さ…!!?」
「お前ちっちゃいのな。こんなすっぽり収まるサイズだとは思ってなかったわ」
「ちょ、あの、」
「思わずなー。思わずやっちまうな、確かに」
「な、に言って…」「お前が可愛いこと言うのが悪ィ」
「は、え、」

理解できないまま、ぎゅうっと力を込められた。


「女だって、わかってる」
「土方さん…?」
「ずっと、そーいう目で見てたんだ」
「…」
「あんな風に思ってたなんて知らなかった。まあ、思っても仕方ない状況つくちまったのは俺らか」
「え、いや、ほんとすいません…!!そんな、悪いなんて思ってなくて!!」
「なまえが、そんなこというから、真選組やめたいのかって本気で焦った」
「めっそうもない!!さっきも言いましたけど、私全然!!」
「ああ、負けた」

顔は見えないけど、微笑んでいることがわかる。
耳にかかる声がくすぐったくて照れくさいけど、なんだか土方さんが可愛い。

「負けたって…?」
「なんつーか、まあ、殺し文句だった。これ以上言わせんな」
「え、意味わかんないです」
「いいから察してくれ」

再びぎゅうっと優しく力を込められた。
首元に顔をうずめられる。
自分の心臓の音が激しすぎて、恥ずかしさに耐えられなくなる。

「土方さん、あの、もう、えっと…」
「ああ、悪ィ」
ゆっくり身体を離された。自分で離して下さいと言いつつもなんだか名残惜しい。
どんな顔して土方さんを見ればいいかわからず俯いていると、土方さんがぽんっと頭に手をのせてきた。

「ま、なんかあったら言え。溜めこむな」
「はい…」
「お前が女だって、わかってるから」


言葉にはできず、真っ赤な顔で頷いた。


「で?どうよ」
「なにがですか…?」
「後ろから抱き締められて、どうだったよ」
「は、」

顔を挙げて土方さんを見れば、満足げな表情でにやりと笑っていた。
は、え、なに?これ、からかわれたの?どっちなの?
土方さんを凝視すれば、頬をほんのり紅く染めていた。
これは本気と受け取って良いのかしら…?

「そうですね、好きな人にやられたから、何万倍もどきどきしました」

やけになって言い返せば、そうかよと土方さんはくるりと背を向け去って行った。

「ちょ、土方さん!なんか言ってって下さいよ―!」
「うるせえ!」
「ええー、何でいきなり怒るんですかあ!」
「だーかーらー、あーいうのが殺し文句だって、言ってんだ」

もう2度といわせんじゃねェぞ!と、土方さんはいってしまった。
ああ、これはたぶん、本気だと、期待してもよさそうだ。

この後の見廻り、思い出すたびににやけちゃいそうで、ちゃんと見廻れる気がしなかった。


20120918/午後の陽射し