text | ナノ


春の陽気が心地よくて、自ら進んで買い出しに行ったがためにショックを受けることになるとは、誰が考え付くだろう。
なまえは泣きたくなりそうな気持ちをこらえ、それでも少し前を歩く二人を遠目に見つめた。

目の前には綺麗な着物を身にまとった、素敵という言葉が似合う女性、そしてその横には見知った顔の黒髪の男性がいた。いつになく優しそうな表情を浮かべ、普段なら颯爽と駆け抜けていく街中を、隣の女性に合わせてゆっくりと歩んでいる。二言三言言葉を交わしては微笑みあう二人はどこから見てもお似合いで。
ちくり、と音が聞こえてしまうほどに胸が痛んだ。
早く目の前の二人が見えなくなるとこに行きたいのだけれども、ここは生憎の一本道で、引き返すには時間がもったいないし荷物は重たいしで、ただただうつむきながら進んだ。

どれくらい時間がたったのだろうか、ようやく開けた路地に出た。なまえはほうっと息を吐き出し、早く二人が見えないところへ行こうと一歩踏み出した。しかし、向こうもどうやらお開きのようで、2人は軽く会釈をしあい名残惜しそうに別方向に歩き出す。

そして、土方はくるりとこっちを向いた。
なまえは思わず身を縮こまらせるが間に合わない。

「いたのか」
「っ、覗き見してたわけじゃありませんよ…!」
「んなこと言ってねーって」

ちょっと困った顔で笑いながら、さっき偶然会ったんだとらしくない言い訳をする姿に、再びなまえの心はちくりと痛む。できれば私に気づかず帰ってほしかったなあと強く思った。

「ところでお前何してたんだ」
「夕飯の買い出しです」
「ふーん…今日の夕飯はなんだ」
「豚丼ですよ」
「牛じゃねーのか」
「むしろ牛肉買っても良かったんですか」
「……豚でいい。つーか豚でお願いします」

真選組の財政状況なァ…と渋い表情で頭を抱え込む姿をなまえは穏やかな気持ちでみつめた。
人にはおかしいと思われるかもしれないが、私は土方さんのこの渋い顔が好きなのだ。眉をしかめて難しい顔をしたり、てめぇらなにやってやがると呆れ顔するところが好き。そうやっている土方さんをみて、そう言いながらもなんやかんや処理して解決していく姿に惹かれた。憧れとかではなくて、間違いなく恋だと言えるくらい土方さんを男として好きになった。あわよくば土方さんの隣で一生添い遂げる中になりたいと心の奥底から思うほどに。


だから、だから


さっきの、いつもあの女性といるときにだけ見せる、ひたすらに優しい笑顔をする土方さんを私は知らないのが、悔しい。


「…土方さん」
「あ?」
「彼女さん素敵ですね」
「…ああ」
「すごく素敵」
「まあな」
「ほんと羨ましいくらいす…」
「あー!!!うっせーな!しつけェ!」


くわっと表情をいっぺんさせて噛みついた土方はとっさになまえから荷物を引ったくり、ずんずん前へと歩いていく。


「わー土方さん!荷物いいですよ…!!私が持ちます!」
「いい!俺が持つ」
「いやでもお米とか野菜って意外と重いですし私の仕事なんで」
「案外軽いから大丈夫だ、歩け」
「でもほんと申し訳ないですから…!!」
「いーから黙って持たせろ!女が荷物もって男が持たない状況がどれほど見苦しいか考えやがれ!それにお前と喋ると全て言わされそうになる」


ずんずん進んでいくから最後の言葉は聞き取りづらかったが、言いたいことはわかった。

どう受け取ればいいのかな、スピードあげて先をゆく土方の背を必死に追いかけながらなまえは考えた。
すべて言わされそうになるってことは、私は話しやすいってことかな。しゃべりやすい安心感があるから、人に言いたくないことまで言ってしまうよってことでいいかな。
すべていい方向に考えてはみるものの、虚しさが心を支配してゆく。けっきょくのところ、私は土方さんの隣を同じペースで歩いていけやしない。せめて今みたいに土方さんの後ろ姿を必死に追いかけることはできるけど、これは一生報われそうにない。

「お妙ちゃんに彼女がいる男好きになるのはだめよって言われたのになー…」


から笑いが響いた。
違う人を好きになろうとも、土方さんの存在があまりにもでかい。この恋をやめようとするたびに、土方さんの好きなところが増えていく。でも、でも伝えたくても伝えることはできないこの気持ちを心に抱え込むことは、あまりにも辛すぎるんだよ

それでも、となまえは思う。
土方さんの後ろ姿を追いかけるのは嫌じゃないし、一度追いかけ始めた以上もうやめられそうにないんだ。


目から溢れた涙が頬をつたって流れるのが止まらないけれど、土方さんが私を気にせず前だけみて歩いていってくれることがせめてもの救いだった。




磔の女神/20111128




「逃亡者」さま提出。