text | ナノ




副長、と襖に向かって声をかけた。
何秒か待ってみたものの返事が返ってこず、再び副長と呼びかける。再度の沈黙に耐えかね、いないのだろうかとゆっくり襖を開ければ副長の背中が見えた。
なんだ、いるじゃん


「副長、いるなら返事して下さいよー書類せっかく持ってきたの――…副長?」

なまえが恐る恐る覗き込めば、文机に臥せ目を閉じ、規則正しい呼吸を繰り返していた。
寝ちゃった、のか。
寝るのは無理もないと思った。昨日は徹夜で尋問を、一昨日も編成作業や監察の話を聞いていたために寝ていないと話に聞いていた。だからこそ、むしろ寝てくれた方がこちらとしては助かるものだとほっとする。寝れるときに寝てほしい。体壊されたらたまったもんじゃない。


「とりあえずここ置いときますからねー」

書類の束を寝ている土方の頭から離したところに置き、なまえは押し入れから毛布を取り出す。それをゆっくり土方に掛け、土方の隣に腰を下ろした。
寝ていると静かでいいんだよなあとふと思ってくすりと笑った。こんなこと副長に直に言ったら怒鳴られるだろうか、殴られもするだろうな。

しっかりと寝ているのを息を殺して確認し、それをいいことになまえは土方をじっと見つめた。そしてさらりと落ちている髪の中に手をすっと入れてみる。
自分より綺麗な髪だなとなまえはしみじみ思った。そういえば以前、沖田隊長から副長は昔長髪だったって話を聞いたっけ。いいなあ、長髪だったらもっと綺麗な髪なのだろうな。女の私がずるいと思ってしまうってなーと苦笑が顔につく。
さらさらと髪を触り続け、土方の頬を悔しさのあまり摘もうとしたところでパチッと土方の目が開いた。
一瞬にしてなまえの体は凍りつき、手が頬寸前で止まるという格好になる。

「…なにしてんだオメー」
「…あ、や…その」
「楽しいか、俺の髪の毛」
「は、え、てか副長起きて…?」
「まあな」
「い、いつ頃から…?」
「…書類を机に置かれたあたり」

ぎゃと叫んでなまえは土方の顔からすばやく手を引いた。
なんと、いうことだ…!と顔に血が上って真っ赤になっているのが判る。
書類置いたあたりなんてまだ初めの方ではなかったか、ということは髪の毛さらさらやっていた時ずっと起きていたのか、じゃあ副長はその間何を思って黙っていたのだろうか
頭の中でぐるぐる疑問が回り続け、なまえはくらりとした頭を押さえた。
土方を見ると机に顔を伏せたままじっとなまえを見ているため、余計に顔の熱が冷めやまない。それどころかどんどん熱が上昇している。
ここは素直に謝るべきだろう、必死に冷静になろうとなまえは考えた。

「副長あの、」
「なまえ」
「は、はい!本当に申し訳なく思い奉りましてそうろ…」
「いいからちょっと黙れ。んで膝貸せ」
「はい!!……ハイ?」

頭が理解するよりも先に土方が動いた。
机に預けていた体を起こし、座っていたなまえの膝に頭を乗せる。
驚きのあまり膝から土方を落としそうになったなまえは必死にこらえ叫ぶ。

「ふふふふふくちょ…!!」
「机で寝ると肩こんだよ、少しの間でいい」
「あ、いやだからって、これはちょっと流石に…!あの布団…!布団敷いて差し上げますからどうぞそちらでお休みになって下さい…!」
「勝手に人の髪の毛弄って幸せそうな顔してた奴が」
「…う゛」
「これでおあいこだ、俺にも幸せ味あわせろ」


すーっと寝ていった土方の最後の言葉で体が再び凍りつき、なまえは足が痺れるのも忘れてしばらくそのままでいた。


反則ばかりを残された/20110316