text | ナノ



「退くん…私は今ブルーですよう」
「そりゃあお可哀そうに」
「……なんか冷たくない?」
「いつも通りですよ」
「…普通『何かあった?』とか聞くもんじゃないの」
「普通に生きるってつまらなくないですか」
「地味って言われてる人にそんなこと言われたく…」

うわあと叫んで唸っては頭を抱え、手近のものを投げつけてきたなまえに、じゃあ何かあったんですかと山崎が問うと、目をパアッと輝かせて堰を切ったかのように喋り始めた。
聞いてほしいんなら最初から聞いてほしいと言えばいいじゃないかとも思ったが、この人に言ったところで変わるもんじゃないかと諦める。
諦めたところで耳を傾けてみると、なかなかに面白そうな話だ。


「それでねえ、仕方なくだったのよ。どうしても承諾しなければならないわけじゃなかったしさ。この見合いは向こうに敬意を表す為だから断っても構わないと長官に言われてたわけね。気に入ったら受けても良いとは言われてたけどさ…まあ受ける気はさらさらなかったけど。それでさあお見合いしてきたんだけど、これが相手は意外と良い男でね。いや嘘嘘!全くいい男じゃなかった良いのは顔だけよあれは!!親の権威を逆手に取って今までさんざんやってきた奴だと思うわ、自分には何にも無いくせによ!!」

なまえがふーっと息をついたところで山崎は急いで口を開いた
このままじゃいつまでたっても終わりそうにない。

「それで?結局は何を言いたいんです?」
「結局は…結局は…うう言いたくないけど…私が、私が…なんでか分かんないけれど、あの男に、うーん本当に疑問甚だしいわ…」
「なまえさんフられでもしたんですかー」


あらぬ方向を向きながら何の気なしに言った山崎は、なまえに向き直った瞬間ぎょっとした。
目がうっすら赤くなっていて、今にも涙が溢れんばかりに溜まっている。


「なまえさん…?泣いてる…?」
「な、泣いてなんか…!!だからこっち見んな!」
「いやいや見んなって……でも、相手に断られても痛くもなんともないんじゃないんですか?だって嫌な男だったんでしょ、それとも本当に好きだったんで…」
「そんなわけないでしょ!!むしろ私から御断りだってば!」
「じゃあなんで泣いてるんですか…」
「泣いてなんかないもん涙目になってるだけだもん」

もん、とかキャラじゃないこと言いだすほど煮詰まっているご様子だ。
なまえさんがこういう状態なのに、俺はどうしても笑いだしたい気持ちでいっぱいだと山崎は思った。なまえさんがお見合いで断られるなんて楽しくて堪らない。楽しいというか、可笑しくて笑ってしまいそうだ。なまえさんでもそんなことあるんだ。ここまで感情むき出しにすることもあるんだ。ちゃんと人間だったんだな―――と口に出したら斬られるかもしれないから一生懸命堪えている。


「で?泣い…涙目な理由はなんですか?暇なんで聞いてあげますよ」
「………退くんってさ、私に手厳しいよね、なんで?」
「さあ?」
「退くん地味なくせにSなの?」
「うるさいですよ」
「ひどい!なんか酷いよ退くん!」

どうやら喚けるほど元気になったようだ。
けっきょく理由は分からずじまいだけど、これ以上面倒なことは御免だ。もうそろそろ任務に行かなくちゃ副長にどやされる。


「それではなまえさん、俺はこれで」
「ええ!!?ちょ、私の話は?聞いてくれないの?」
「すいません任務の時間なんで。後は副長にでも話してこればいいんじゃないんすか」
「嫌だよ、お見合い連続5回断られた話を土方くんに話すなんて」

ああ、やっぱりそういう話だったんだ

「結婚できないんじゃないかーって土方くんに言ったところで笑われるだけじゃん」
「そうでしょうね」
「でしょ?だから退くん聞いておくれよ」


縋りつく勢いのなまえを振り切って部屋を出ると、退くんのバカヤローとか様々に罵る言葉が聞こえたが、山崎は気にしないことにした。

なまえさんは副長に喋りにいくだろうか?いや、行かないだろうな。
しかし俺はなまえさんが行けばいいのに、と思った。なまえさんはずっと結婚できないんじゃないかと嘆いてはいたが、副長と結婚すればいいじゃないか。というかほんと、あの人たちを見ているとじれったくて仕方がない。お互い想っているだろうにお互い歩み寄ろうとしないのは何なのだ。そう思っているうちにだんだんと嫌味にしか思えなくなってきたし、俺への当てつけかとも思えてきた。
だからお節介焼く必要はないと山崎は思うのだが、


「副長、なまえさんがいらしてますよ。副長に用事があるみたいでした」


焼かずにはいられないのは俺の性なのかな。
土方がなまえのいる部屋にいるのを見届けてから、山崎は大きく息を吐き出して思わず苦笑いした。



20101128/クピドのため息

山崎はちゃんと聞いてくれるから、山崎の前では本心で喋れると思う