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※銀さんの彼女前提小説。



「ふっくちょーう」
「ん?
「例えばものすごく寂しい感情に陥ったらどうします?」
「あ?んなこと一度もねーよ」
「例えばの話だってば」
「…さあな。その時はその時だ」
「やっぱり副長は当てにならない…」
「なら聞くんじゃねェ!こっちは書類整理に追われてんだ!」
「じゃあお手伝いしますんで、此処にいさせて下さいよ」


夜もとっぷり暮れた午後11時、半ば強引に副長室へとお邪魔した。
強引だったといえど、お茶も淹れてお夜食も用意した辺り、出来た部下だと言われてもいいと思う。
無論、感謝さえもされずむしろ迷惑そうな一瞥がきたことは言うまでもない。

書類の束をあれこれ確認しては仕分ける作業を3分の1程度引き取って、副長の横にお邪魔させてもらった。
あのなァ…と言いかけた副長を制し書類整理の手を動かすと、しぶしぶながらも了承してくれたのか、突如話していいぞと促される。


「え、なにを話せって」
「どーせ野郎のせいで落ち込んでんだろ」
「…別に、そーいうわけじゃ、ないんですけど…」


表情で丸わかりだという視線を投げつけられ、思わず苦笑した。
負けるなあ。なんでもお見通しの副長だ。
それよりもお見通しなのは退くんだけれど。


「副長にはバレるのになんでかな」
「直接言やァいい話だろうが。いつも我慢しやがって」
「まあ、忙しいみたいですし」
「はあ?暇だろ、暇すぎて野垂れ死にそうなくらいだろ」
「…会いにいってもいませんし」
「どこかで飲んでんじゃねーの」
「あ、会いにも来てくれませんし」
「家で寝てんだろ」
「……ほんっと、副長って意地が悪いですよね」
「なんでだろうな」


黙々と書類を整理し続けてる為に目も合わせてくれないのかと思っていたら、突然こっちを向いたから驚いた。
突然に合った目の威圧感にどきりとし、慌て目を逸らす。
判ってんだろ、と言わんばかりのその目は、私の心を痛くするから。

そう、判っているんだ。
それなのに此処にきて甘えてる自分は最低だ。
けれど………

書類越しにちらりと副長を窺うと、苛ついた目つきで見返された。
ばつが悪くなって笑い返すと鼻を盛大に鳴らされなすすべ無しだ。
こういうときは素直に謝るのが一番だと判っている。


「すいません…」
「謝んじゃねーよ」
「あ、えーっと、ではそろそろ私はお暇し」
「寂しいんだろ?」
「え?」
「此処に来た理由だよ。俺を野郎の代わりにしようとした」


時々思う。副長は痛いところをつく。それも平気に。
そうする度に私はいつもどうすればいいかわからなくなるんだ。
今回も自分でも判っていたのに気づいていないフリをし続けた部分に、大きな一突きが下った。

俺を野郎の代わりにしようとした、か。言ってくれるじゃないか。正直、なんて答えたもんかと困惑した。
否定できないのはその通りだからだ。
反論できないのはその通りだと認めたくないからだ。
何も言えず俯くと、副長から悪かったよと声が降る。
顔を上げて副長をみれば、本当に申し訳なさそうな表情をしていて驚いた。
そんな、謝るべきは、こっちなのに!
副長にやめて下さいと手を伸ばしたところ、するりと手を包み込まれる。
驚いて引っ込めそうになった手をぐっと握られ、苦々しい顔つきで指を撫でられた。

「ふ、くちょ…」
「…野郎の代わりにしてもいい。だがな、これはやめろ。見てるこっちが痛々しいっつーか、俺相手に我慢するな」

それは思ってもみない言葉だった。
副長は、なぜか私の癖を見抜いていた。何かを我慢するとき、特に涙の場合、爪を指の腹にたてぐぐぐと押す癖を。
痛々しいのは、爪が白じむほど押しているところと、爪をたてた痕が赤くなりくっきりと残っている指を見てのことだと思う。
気づいたら涙が溢れていた。
涙を止めようにも指は副長に抑えられていて、どうしようもなく涙ははらはらと流れた。
苦い顔して指を丁寧にさすってくれる副長の優しさは、私には十分すぎる。


「…なんで、副長が…っ銀時は絶対に知らな、いのに」
「…そりゃアイツと俺じゃお前を見てる頻度が違うんだよ」
「だからってこんな、わたし、それでも」


副長の気持ちには応えられません
続けたかった言葉は副長の手によってかき消された。
ぐいっと腕を引っ張られ、気づいた時には副長の腕の中に収まっていた。
「ふ、副長、あの」
「…女が真夜中に男の部屋にいることは勿論、その男が自分に好意をもっていることをわかって此処にいるんなら、罰だと思って潔くじっとしてろ。動いたらこれ以上のことをするってのも覚えていやがれ」


言葉は鋭く乱暴なのに、私を包んでいる体と、あやすかのように後頭部を撫でる手は優しく、私は声に出して泣いた。
副長が耳元で「万事屋だと思え」と言ったが、それはできないとかぶりを振った。
いつも甘い匂いのする銀時とは逆の、苦い煙草の匂いのする副長を、どうして銀時と思えるだろうか。
すると土方さんは私が考えていることを察したのか、可笑しそうに忍び笑ってから軽く頭を叩かれた。


「バカ、甘えてみろって言ってんだ。お前は我慢しすぎる」
「…っ。ばかはふくちょ、ひっ…うう゛…副長のアホ、っく…っっつだいっきらい、で…っっす…!」


しゃくりあげる合間に必死に放り込んだ言葉も、腕の力をぎゅっと強める副長に軽くあしらわれ、私はただただ副長の腕の中で泣いた。
「俺は気が長いぞ」なんて言葉、私にはまったく聞こえない。



夜風になびく/20100918