text | ナノ




部屋から出て空を見上げると今夜の月は一段と綺麗で、庭に面した縁側に腰掛けて月見をすることにした。
月見といってもお酒ではなく、番茶を急須ごとお盆にのせ、お団子でもなく漬け物を加え、縁側に腰掛けて空を見上げた。
明るく輝く月と、空いっぱいに燦然と輝く星の群れ。
ふ、と零れそうになった涙を抑えるために漬け物を口に放り込み、お茶を啜ってひと息つくと、後ろに誰かのいる気配を感じた。
ゆっくり振り向くと、そこには着流し姿の土方さんが立っている。
呆れた表情で腕を組んでいる土方さんにどうぞと促せば、しぶしぶ横に腰掛けて開口一番に何してんだと問われた。


「見ての通りですよ。月見してます」

「茶と漬け物でか?真夜中に?まるで婆さんだな」

「…眠れなかったんです。それと、お茶が好きなんです。漬け物は…お菓子なかったから、でも口寂しいし、それで。」

「お茶はカフェイン強いぞ?余計眠れなくな…」

「私は眠れるんで心配ご無用です、放っといて下さい」


少しぶっきらぼうだったかと危惧して笑って見せたが、土方さんは気にとめた様子もなく、静かにそうかと頷いた。
たぶん土方さんは私が此処にいるのを理由も含めて知っていて、縁側にきたのだと思う。
それでいて何も訊かずにいるのは優しいというよりも、かなりずるい。

もうひとつ持ってきた湯呑みにお茶を注いで渡し、再び月を見上げた。
土方さんは受け取った湯呑みを眺めたまま、やはり何も言わない。
時に女は自分から話さずに、話すきっかけを相手から貰いたいものなのに…
なぜ湯呑みが2つあるのかとか突っ込んでくれればいいものを。
決して聞こうとはせずに私が言うのを黙って待っている姿にほとほと嫌気がさすけれども、そもそもその姿勢に触発されて話してしまわずにはいられなくなるから不思議だ。


「…みんな無事に成仏できますかね」

「……せめて弔い酒にしてやれ?お茶だったらアイツらが浮かばれねーよ」

「ですからお茶好きなんですって。放っといて下さいよ」


だからってお茶はなァ…と少し楽しそうに笑っている。
やはり笑えるのだなと感心してしまった。
同時に切なさが襲いかかり、悲しさが覆い被さって、心の奥の微かな怒りを感じて涙が出そうになるのを再び堪えた。
ぐっと全て飲み込むようにお茶を流し込み、月と星とを仰ぐ。「…私たちはなんで戦うんでしょうね」

「そりゃ真選組の仕事だか…」

この一言は、普段触れないスイッチを押すのに十分だった。

「わ、私たちは!私たちは何の為に、誰の為に戦っているのでしょう!!」


幕府の為ですか?将軍ですか?江戸を守る為?国や国民、地球…はたまた宇宙?!
それならば今回の事件はいったい何だったのでしょう!いえ、今回ばかりではなく今まで何度も似たような件はあったはずです!守る為でもない、ただただ壊す戦いに何の意味があるので?どうしてあんなにも死ななきゃいけなかったんでしょう?!!!


語気を強めて延々としゃべり、気持ちが入って怒鳴ってしまっても、土方さんは黙って聞いていた。
一切口を挟まず、でも目をじっと見て、私の気が治まるまで待っている。
表情は固く、一緒に怒っているのか悲しんでいるのかこんな私に同情しているのか、はたまた何とも思っていないために無表情なのか全く読めなかった。
なにせ、それを判断できる状態ではない私の猛った感情は、怒りと苦しみの言葉を羅列し口に出すことで精一杯だ。

15分はしゃべり続けただろうか、ボキャブラリーの底がつきかけたところでようやく冷静になろうという感情が追いついてくる。
感情のまま怒鳴ってしまったことが恥ずかしく、そのまま押し黙り空の湯呑みを見つめていると、横で土方さんがゆっくりと口を開いた。
それに私は気づいてないふりをして、出過ぎて濃くなったお茶を湯呑みに注ぐ。


「…あのなァ、まずお前の質問に答えるが」

「…質問?」

「何のため誰のために戦っているかって聞いたろ」


そうだった。
あまりにも熱を入れて喋ったためにそんな質問したことさえも忘れていた。


「難しく考え過ぎだな。真選組はもっと単純なもんだぜ」

「単純、ですか」

「ああ。ただ俺たちゃ侍になりたかった、そんだけだ」
「…?それが質問の答えとどーいう関係が」

「侍になるため近藤さんについてきた。そうしたらいつの間にか真選組っつー肩書きがくっついてきたんだよ。俺はそれを…近藤さんを、護るために戦う。これが質問の答えだ」


土方さんは穏やかな表情をしていたが、まだ私は納得できなかった。
土方さんの論理からすると、護るべきは真選組…いや、局長だけとなる。そうしたら私たち他の真選組隊員はいったい何なのだろう?
他の隊士は死んでも別に構わないと言われているようで、私の怒りの熱が再び湧き上がってきそうになる。
その気持ちを察したのだろう、土方さんは口角を上げて私の頭を軽く叩いた。


「あんなァ勘違いしてるようだから言ってやるが、俺は今日死んだ奴らもこれまでに逝っちまった奴らのことも、何とも思ってない訳じゃねェ。むしろ考えるだけで眠れねーよ」

「……じゃあなんで」

「あいつらが護ったものを今護れんのは生きてる俺らだ。悩む暇あんなら護るために動くぜ」


だが斬ってる間にゃそんなこと考えちゃいねーし…結局は刀振り回したいだけだと言われても仕方ねえよ
珍しく声を出して笑う土方さんが再び口を開いたときは顔から笑みが消えていた。

「…だがな、護るためには"真選組"っつーでっかい砦が必要だ。その為には…そうだな、今日の任務みてーなもんもこなさなきゃならねえ。なまえは怒るかもしれねーが」

「……要するに、私の考えが甘かったということですね」

「ああ。甘ェ」


即座に肯定されて肩をがっくり落としそうになったところで、頭にぽんぽんと手が置かれた。
顔をあげると土方さんは悪戯っぽく目を光らせた。


「甘ェが、正論だ」

その気持ち忘れんじゃねーぞ
珍しく、にいっと笑って煙草の火をつけている。
なんだかちょっとだけ救われた気がして、私は何を護るために戦ってきたのだろうと考えてみる。

少なくとも、江戸や将軍のために戦ってこなかったかもしれないと思う。
例え名目上はそれであっても、だ。
そうしてよくよく考えると、よくもまあ土方さんに面と向かってあんなことが言えたなと思い知らされることとなった。
仲間が生きようが死のうが存在し続ける真選組を、誰かが死んだからといってストップをかけるのは不可能だ。
ましてや自分が死んだ立場であったなら、たかが自分の為に真選組が左右されるということは馬鹿馬鹿しくて申し訳がない。そもそも死ぬ覚悟で毎日生きているのだ。今更嘆かれても逆に死にきれないかもしれない。

星を眺めぼんやり考えたあげく可笑しくなった


「土方さん」

「ん?」

「私も真選組を護りたいです。幕府には、悪いですが」

「そうか。精進しろよ」

「あと、土方さんも護ります」

「…は?」

「今決めました」


目を大きく見開いて、それから土方さんは嬉しそうに笑った、と思う。少なくとも私にはそう見えた。
と、次の瞬間、後頭部を盛大に叩かれ、前によろめき縁側から落ちそうになった。
後頭部を叩くとは、一歩間違えれば気絶しかねないもので危ないじゃないか
すんでのところで体勢を立て直し、抗議しようと思って睨みつけると、しれっとした表情のまま再び口角をあげた。


「甘ェよ」

「…何がですか」

「俺を護るなんざ100年甘ェ。いや1000年甘ェな」

「…呆れた。そんなに生きるつもりでいるんですか」

「あ?ああ生きる」
「ふーん…鬼ですもんね」


怒鳴るかと思ったが、意外にもフンと鼻を鳴らしただけだった。
真夜中を過ぎていたのを思い出してのことかもしれないし、言われるだろうと予測してあった結果かもしれない。
土方さんはどこか不機嫌そうな表情でお茶を飲み干して立ち上がった。


「部屋に戻るんですか」

「…お前も寝ろよ」

「土方さん」

「あ?」

「…どうも、ありがとう御座いました」


目を閉じて頭を深く下げた。
落ちていた感情を厳しくも引き上げてくれた副長に。
そして優しく向かい入れて前へと押し出してくれた副長に。

頭を上げようとすると、ふわりと手を置かれ、髪をくしゃくしゃに撫でられた。
それから、お茶ごちそうさんと一言だけ言って後ろ姿に去っていった土方さんにもう一礼をして、再び縁側に腰掛ける。
横に手を伸ばすとほんのり温かくて、頭は少しだけ熱を持っていた。
結局、いつも守られているのは自分じゃないかと思うと可笑しくなった。


そこに残った誰かの体温/20100818


thanx:確かに恋だった