text | ナノ




必要がないとは言われていたけれど、此処にいて正解だった。
まったく、長官も人が悪い。
一度も警察庁に来たことのない人間に、長官室ならまだしも第三会議室に来いだなんて、判るわけないのに…ただ単に教えるのが面倒だっただけのことでしょうけど。
それを知ってわざわざ案内人を買って出た私は物好きなんだと思う。

探している男には一度も会ったことが無いが、以前局長さんには会ったことがある。
松平長官に紹介された局長さんを初めて見たとき驚いた。
世間を少しずつ騒がし始めている浪士集団の頭は、想像とはかけ離れてあまりにも温厚的だった。長官の推薦する人だからよっぽどの悪人面をを予想していたのに…この裏切りには舌を巻いた。
初めての挨拶は、むしろ私の方がたどたどしくなっていたことは否めない。

それはそうと、目の前の男は私の探している男に違いなかった。
隊服を着なれていないのが目に見えるし、何より長官と局長さんの言う特徴とばっちり合うのだ。黒髪に鋭い眼、ふてぶてしい表情…は長官からの意見、か。
世で言われる真選組のよろしくない噂はこの男の風貌からきているに違いないと笑えた。
ただ新人らしくないその落ち着きっぷりは頂けないなと舌を巻く。

笑っていたのが不審だったのだろう、怪訝な顔して副長さんはこっちを見ていた。
今がタイミングかな、寄りかかっていた壁から離れ、ひとまず仰々しく一礼してみた。
なめらかとは言い難いが礼を返されたことは、ただの芋侍ではないことを示した。


「真選組の副長さんでいらっしゃいますよね。ではこちらに」


判り切っていることだ。返事を待たずにこちらですと案内する。
後ろ越しに歩く音が聞こえてきたのを確認してから複雑に廊下を進んだ。
ひたすら練り歩いたところでここです、と扉を開ける。
何か言いたげな表情をした副長さんに微笑んで促せば、一礼をして中へ入って行った。
長官には入るなよと釘を刺されている。外で待つしかないなこりゃ。


暫くすると扉が開いて、副長さんが出てきた。
部屋の中へ向って礼をし、振り向いて私と目が合った直後、ぎょっとされたから何かと思った。


「…えっと、何でしょうか?顔に何かついてるとか?」
「いえ…まだ此処にいたのかと思って。待っていたのですか」
「あ、まあ、帰り道判らないでしょう?とりあえず、行きましょう」


どうぞこちらにと促し、今度は副長さんの横で歩いた。


「そういえば自己紹介まだでしたね。みょうじです、松平長官の使い走りみたいなものやってます」

手を差し出して握手を求めれば、土方ですと応じてくれた。
そして、とっつぁんからみょうじさんのことは伺っていますと切り返され思わず顔をしかめた。
長官から何を聞いたというのだ。先程ぎょっとされたのは、もしや関係あるのでは…
だが、そういうことでもないらしい。
さっきぎょっとしたのは本当に驚いての事らしく(確かに2時間そこにいたと言われれば誰でも気兼ねはするものだ)長官から聞いていたことは、今から私が伝えようとしていたこととほぼ同じ事だった。
しかめ面を満面の笑みに変え、副長さんへ頷く。


「長官の仰る通りです。これから私が真選組へと出入りさせて頂きます」


宜しくお願いしますと軽く頭を下げれば、こちらこそと副長さん。
さて、これから本題だ。


「長官と真選組のパイプ役となる訳ですが、要するに監視役です。幕府の上部層は真選組という組織をはっきりと認めてはいません。むしろ不信感を抱いている。その為の監視役として抜擢されたわけです」

動揺するかと思い顔を見ても、ちっとも表情が変わらない。
むしろ予感はしていたという納得した表情でつまらない。
だがこの後の話は、話しやすくなった。遠慮がいらないのは助かる。


「というわけで、こちらではその状況を利用させて頂きます」
「…は?」
「真選組は今後必ず大きくなる。幕府に重きを置かれる日も遠くない。だけど、そこで上へ行こうとしてはならない。この国の人間の特性は、出る杭は打たれる、だからね」
「…けっきょく、俺らに何をしろと」


訝しげな表情だが、それでも冷静に副長さんは聞き返してきた。
なんとなく言わんとしている事が判っているのだろう。話の分かる人でよかったよ
人差し指を副長さんに突き付けて微笑んだ。

「噛ませ犬になってもらう」副長さんの眉がぴくりと動いたが気にせず、自分の顔に微笑を張り付けた。
これは飲んでもらわないとならない。


「正直言うと、私たちでは取り締まれない管轄が最近増えてきている。そこに手を出すためにはあなた方が必要だ。だから余計にあなた方が成長しすぎてしまうことは困るのよ。成長しすぎず、しかし動き回るためには幕府には信用されていてほしい。どう?できる?」

難しいかな?この追い打ちはどうやら効いたようだ。
終始冷静だった表情に色が走り、やってやるよと呟いている。


「じゃあ交渉成立ってことで」


再び手を差し出すと今度は強く握り返された。
それはもう痛いくらいに。だがこっちだって伊達に剣士をやっていない。
ぐっと握り返すと副長さんは一瞬驚いた顔をしたが、にやりと笑って手を離した。


「よし、これで栗子ちゃんの仕事押し付けられるよ」



さあ、始めようか/20100823


「だから、君を」の一応の第一話。
これが始まり。