「いやはや独眼竜。」
お初にお目にかかる。
「Ah―…」
真樹緒に背を支えられ、起き上がり、「政宗様ちょっと頑張ってな。これから凄い事あるから」と眩しい位のsmileに首を捻れば襖が開き、そこから松永久秀という男がふてぶてしく入ってきて言った。
思わず眉間に皴が寄ったのは仕方ねぇ。
聞けば目の前にいる男は道中うちの軍を襲った張本人だそうじゃねぇか。
相変わらずお前のsurpriseには恐れ入るぜ真樹緒。
背中にくっついている真樹緒を覗き込んでみれば「ほら、政宗様しっかり聞いたって。」と耳打ちされてしまった。
Cuteだったのは言うまでもねぇ。
「この度は実に申し訳無かった。」
何でも傷を負ったそうじゃないか。
白々しく、申し訳無かったと言う割には頭も下げず、特に自省している訳でも無い。
全く一体何事だ。
隣に控える小十郎に目をやれば「真樹緒の言い出した事ですので。」と黙殺されてしまう始末で。
「ちょ、もう!もっと申し訳なさそうに謝ってんか!」
政宗様大変やってんで!
俺すっごい心配したんやから!
何でそんな上から目線なん、もー!
ここはもうちょい申し訳なく、苦しげな表情で唇噛み締めながら「ごめんなさい」言うとこちゃうんー。
「真樹緒。」
そういう問題じゃねえ。
背中から乗り出した真樹緒は松永久秀を指差してぷんすかと怒っているのかいないのか。
いつの間に懐いたんだあれは。
「何とも頼もしい背中でしたが」と小十郎が言っていたが、一体どういう意味かは分らない。
どうせ一人でまた突っ走ったのだろう。
「これが私の誠心誠意だよ。」
「うそくさいー。」
「心外な。」
思わず笑みが漏れる。
何てだらしねぇ顔だ松永久秀。
乱世の梟雄の悪名が泣くぞ。
「小十郎。」
「は、」
「現状はどうなってる。」
松永久秀という男、その名が各国武将の間で轟き始めたのはごく最近だ。
その力、人物についても未だ未知とされてきた。
残忍かつ可虐。
だがその裏で教養深く武勇知略と聞く。
その噂自体も迷走中だ。
まぁ、目の前にいるのは可笑しそうに真樹緒とじゃれているただのおっさんなんだが。
「政宗様が倒れられた後この小十郎、その刀を持ち松永久秀の元へ向かいました。」
「ああ。」
廃墟となった古寺にて松永久秀の刺客三人を各個撃破。
更に進み風魔小太郎と対峙。
「Ah?」
どういう事だ。
なぜ風魔が。
真樹緒と共に奥州にいたんじゃねぇのか。
小十郎を見れば右目は首を振り、大きなため息を吐く。
「どうやら、松永久秀は奥州にも赴いた様です。」
そこで真樹緒と接触し、取引の元風魔を松永久秀に取られてしまったと真樹緒が申しておりました。
何でもいつの間にやら懇意にしていた北条氏政の身を危険に晒されたとか。
「Shit」
なるほど。
色々と頭が痛い。
うちの忍は一体何をしていたんだ不甲斐無ねえ。
ちらりと真樹緒を見れば未だ松永久秀とじゃれているところで。
「さて、真樹緒。」
「ぬ?」
「伊達政宗に万謝した後私はどうするのかね。」
「あれで謝ったつもりー!?」
「これ以上と無い謝罪だと思うが。」
「ぬー!何わろうてるんー!」
ちょっと真面目にやってくれへん!
政宗様許してくれへんかったらどうする気!
もっと、こう、誠意をやねぇ!
「おお怖い、怖い。」
「きー!!」
俺の背から松永久秀に向かい飛び掛っていったはいいが、片手で軽くいなされていた。
ああ、本当に全く。
見れば見るほど新しく見つけた玩具で遊ぶただのおっさんにしか見えねぇな。
「なぁ、松永さん。」
「何かね。」
「…楽しんでるやろう。」
「これはまた心外な。」
「…」
白々しいぞおっさん。
「で?」
出された茶をすすり、相変わらずの真樹緒と松永久秀を見ながら先を促せば小十郎の顔が歪む。
Ah―?
まだ何か仕出かしたのかあいつは。
時折、庭から添水の音響く中、その趣に浸る間も無い。
きりきりと腹が痛むのは小十郎の分野じゃねぇのか。
「最後、松永久秀に一太刀という刹那、目の前に真樹緒が。」
「…あの馬鹿野郎が。」
「全くです。」
肝が冷えましたと、苦虫を噛み潰したような顔の小十郎の心中は察するに余りある。
よくもまぁseriousな勝負の中に走って行けたものだと思う。
真樹緒の事だ。
その雰囲気をぶち壊し、猪突の如く小十郎の前に現れたのだろう。
思わず喉が鳴った。
「笑い事ではありません。」
無事だからよかったものを。
ああ、全くその通りだ。
だが真樹緒らしくて思わずなぁ?
「なぁ、なぁ、政宗様。」
「Ah?」
鳴り止まない喉を押さえていれば、いつの間に戻ってきたのか真樹緒が膝に。
ちらちら横目で可愛らしく松永久秀を窺いながら俺に耳打ちをする。
どうした。
おっさんの相手をしていたんじゃなかったのか。
…遊ばれていたの間違いかもしれねぇが。
言えば真樹緒の機嫌を損ね兼ねないので口にはしない。
「松永さん謝ってるけど、どないするー?」
あんな感じやけどな、ほんまは悪い事したなぁって思ってると思うん。
それにやぁ、松永さんもしかしたら寂しがり屋さんかもしれへんで。
やって何や色々欲しがってたやん?
欲張りさんやったやん?
ほらあれ寂しさの裏返しとかやない?
「……」
あのおっさんに限ってそれは無いと思うぜ。
なぁ、小十郎。
同感ですな。
「ぬ?そお?」
「真樹緒はどう思う。」
松永久秀という男を。
耳に添えられていた小さな手を取って笑う。
なぁ、真樹緒。
お前はどうなんだ。
己の足で赴き、その目で見た松永久秀という男をお前はどう思う。
「おれ?」
「ああ。」
「ぬーん。」
やあ、そうやねえ。
実は松永さんと友達になってみる?って言うてもうてるんやんか?
ほら松永さん何や俺の事よう分からんって言うたから。
俺としては政宗様さえよかったら大目に見てあげて欲しいねんけど。
もう、こじゅさんにコテンパンにやられたみたいやし。
これ以上意地悪せんでもええかなーって思うんやけど。
どう?
政宗様まだ腹立つ?
怒ってる?
もうちょっと謝ってもらおうか?
「くく…」
これは適わない。
覗き込んできた真樹緒の頭を撫でた。
お前がここに松永久秀を連れて来た時点で事はもう全て決まっているようなものだ。
俺を、小十郎を、当の松永久秀をもその手で躍らせているのは誰だと思っている。
なぁ、真樹緒。
全く惚れ直しちまうぜ本当にお前という奴は。
「政宗様?」
真樹緒を膝に乗せたまま松永久秀を見据えた。
細く鋭い目は何を考えているのか分からない。
だが。
「松永久秀。」
名を呼び、含み笑えば男はこちらにその目を流す。
あんたも厄介な相手を気に入ったものだな。
持て余す所じゃねぇぜ。
その内、必ず手放せなくなる。
そんな自分が堪らなく阿呆で。
だがそれも悪く無いと開き直るだろう。
あんたにそれが耐えれるか。
「望むところだよ独眼竜。」
だが生憎私には執着と言うものを持ち合わせていないのでね。
卿の思惑通りになるかどうか。
「言ったな。」
知らねぇぞ。
お互いに口元を緩める俺たちを真樹緒は不思議そうに見ている。
相変わらず小十郎はこれ以上とないため息を吐き。
それに肩をすくめてみせれば「政宗様」と小言が返ってきた。
腕の中には温かい小さな体が。
「政宗様、」
「真樹緒。」
「ぬ?」
お前の成したい様に。
好きな様に。
望む様に。
松永久秀の処遇はお前に任せる。
友達にでも何にでもなってやれ。
「まじで!」
「ああ。」
ただし絆されるなよ。
「…ぬ?何で?」
「俺が妬く。」
ん?
やく?
妬く?
……
………
…政宗様が?
「おかしいか。」
「や、ぁ。」
そんな事ないけど。
小さな頬に赤が差した。
控えめな上目に愛しさが募る。
強く強く抱きしめた。
手元に戻った大事は暫く手放せそうに無い。
「人目は憚って欲しいものだね。」
「松永さん?」
「てめぇ。」
元凶が何言ってやがる。
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二章終わりました!
やっとこ!
やっとこです!
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます。
長かった二章が終わりました…!
そ、その割には大した事していないのですが(汗)
ぬーん。
次は間章。
甲斐主従とまったりしたり、松永さんといろいろ遊んだり、おシゲちゃんの機嫌を取ったりしたいと思います。
それでは!!
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