声が聞こえた。
ここで聞こえるはずの無い声が。
「苛烈苛烈…さぁ、とどめを刺したまえよ。」
「ち、」
そうだ。
ありえない。
聞こえるはずがない。
幻聴だと一歩足を踏み出した。
ここで止まる事は許されない。
迷う事は許されないのだ。
前に見据えるのは松永久秀。
主を、仲間を、その手にかけた仇。
ふてぶてしく瓦礫に埋もれる男は反撃をする様子もなく可笑しそうに笑っている。
一体何を考えてやがるんだ。
考えたところで分かる訳も無い。
そのまま、その勢いのまま駆け、最後の一撃をという刹那。
「もー!!やからストップって言うてるやんか!!」
「っ!?」
聞きなれた声が。
ここにあるはずがない小さな背が。
松永久秀の。
己の刀の。
目の前に。
「真樹緒…!?」
「ぬ?間に合った?」
「っお前…!」
何故。
何故ここに。
信玄公のもとにいるのではなかったのか。
政宗様の傍にいるのではなかったのか。
様々な事が頭を巡る。
自分の手を見れば振り下ろした刀が真樹緒の耳のすぐ後ろに。
恐ろしかった。
よもや真樹緒を、と肝が冷えた。
冷たいものが背中を流れ、張り詰めていたものが一気に体を抜ける。
「真樹緒…」
「あ、こじゅさん怪我とか無い?」
お前は。
お前はどこまで。
いつの間に握ったのか目の前の松永久秀の手を掴みながら真樹緒がきょろりと振り返った。
そう、いつも通りのその姿で。
何をしに来たと言ってやりたいのに何故だか声が出なかった。
ただただ、力が抜けて。
「真樹緒、お前…」
「そうそう、こじゅさん。」
俺、松永さんとちょっと大事なお話があるからそこで待っててな!
すぐ終わるから!
「何を…」
する気だと漏れた声は小さく、真樹緒には届かない。
瓦礫の上に乗り上げて、松永久秀と対峙している。
そこをどけと、言ったところで無駄なのだろう。
その身を挺して俺と松永との間に飛び込んで来た真樹緒の真意は分からない。
「ふ…」
けれどその小さな背中は己に何も言わせなかった。
何故か頼もしい背中だと思わず口元が緩む。
任せておけと語るそれに自分の剣呑な気がどろどろと溶けてしまう。
吸い込んだ息は体を巡り、嫌忌はどこか彼方に。
見据える先には真樹緒が。
何も心配は要らないと物語る小さな背中が。
目を瞑りふ、と漏れた息はそのままに。
もう必要の無くなった刀を鞘に納めた。
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