「ふ、…竜の右目も人の子か…」
「黙れ。」
地面に流れる黒煙からは鼻がもげる程火薬の臭いが立ち込めている。
一歩、折れた支柱に背を預けている男に近づき竜の右目は刀の切っ先をその男の鼻先に向けた。
追い詰めた松永久秀はそれでも尚、ふてぶてしく目の前の男を見上げている。
恐らく、対峙した時と僅かも変わらずそのままに。
「鬼気迫る、って奴かねー。」
木の上から眺めた二人はじっと睨み合ったまま動かない。
力は五分。
いや、今なら若干竜の右目の方が上か。
何だか手を出しちゃいけない雰囲気なんだよねぇ。
「や、別にそんな信条とか無いけどさ。」
煌々と燃えている火は屋敷を飲み込みつつある。
旦那と真樹緒はまだここまで辿り着かないだろうし。
ここは先に伊達の人質さんかねー。
枝を離れ屋根を走る。
ここへ来るまでにそんな気配は一つもなかった。
恐らく松永という男の配下だと思われる男達が三人、倒れていただけで。
(真樹緒が見たら驚くだろうねぇ。何かちょっかい出しに行きそうで怖いけど。)
ならば。
静かに気配を探れば小さななそれが三つ、瓦礫まみれの屋敷の中に。
「…あそこか。」
ただ、目星はついたが少し厄介だ。
その場所は松永久秀という男のすぐ背後。
近すぎる。
動けばあの場に水を差すだろう。
…
……
いや、だから別に信条なんて無いけどさ。
今あえて人質に目を向けさせなくとも。
「…」
彼らに息はある。
それに向こうも二人の様子を伺っているようだ。
無傷な訳でも無いだろうに。
流石伊達軍ってかあ?
少し茶化して立ち上がる。
「…戻るか。」
ここは一先ず。
そろそろ真樹緒の様子も気になる。
旦那と無茶な事してなきゃいいけど。
屋根を飛んでもう一度枝に。
しなった枝から次の枝へ、体を捻らせ進めば足元に。
ヒュッ、と。
「っ苦無…!?」
何。
何者。
気配なんて全く無かった。
臭いさえも揺れなかった。
だが確実に己の急所を狙ってそれは飛んできた。
この俺様が不意をつかれるなんて心外なんだけど。
思わず舌打ちして、木に刺さった苦無を抜き飛んできた方向に投げた。
黒い影が揺れる。
「…」
「あー…何か分かっちゃった俺様。」
松永久秀が忍隊を持っているという情報は入ってきていない。
郎党なども組んではいない。
だったらこの苦無を投げたのは。
「本当に居たんだ…」
「…」
顔を上げれば暗闇に佇む赤い髪の男。
存在なんてのを全く感じさせ無いその男は腕を組んで、ぴりぴりと絡みつくような殺気を俺に放っていた。
本当に。
あまりにも伝説だ伝説だと謳われすぎて、名前だけが一人歩きしたんだと思ってたんだけど。
「へぇー…」
「…」
「どーも、初めまして。」
ふふん。
でもね、俺様今ならそんなの気にならない。
初めまして伝説の忍サン。
初めまして。
「伝説の忍、風魔のこーちゃん。」
「!!」
「…、だっけ?」
ぺろりと舌を出せば、さっきとは比べ物にならないぐらいの量の苦無が飛んできた。
「ちょ、冗談!!」
真樹緒!!
ちょっと真樹緒!
真樹緒の忍、超怖い!!
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