政宗様が甲斐の武田信玄の元に運ばれて暫く、目の覚まさない主はけれど回復に向かっていた。
胸を撫で下ろし、手厚い看護に感謝し、今はごゆるりとお休み下さいませと頭を下げた時だった。
松永久秀と名乗る男から書状が届いたのは。
内容を思い返すのも腸が煮え繰り返る。
ぎりりと自分が噛み締めた歯の音を聞いた程だ。


政宗様を急襲した事に飽き足らず、その上。
その上人質を取りあまつさえ刀を。
政宗様の六爪を。


「…」


ゆるさねぇ、と漏れた声は冷静だった。
静かな部屋に小さく響いた。


一歩、
一歩踏み出して空を仰げは雲間に月が見える。
すうと息を吐いて目を瞑り、誓言した。


必ず取り戻して参ります。
あなたの目指すものを共に望んだ者達を。
もう暫く。
もう暫くお待ちくださいませ、と。


「政宗様。」


己の刀に触れる。
振り返り黙礼をして部屋の戸を閉めた。
そうして歩き出そうとした時、未だ意識が戻らなかったはずの主がゆらりと起き上がった。


「政宗様…!」
「hey、小十郎。」


どこへ行く気だ?
まさかこの俺を差し置くなんてこたぁねぇよなぁ。


不敵に笑う主は一歩、また一歩とこちらに歩いてくる。
確かに床を踏みしめながら。
医者の話では起き上がるのに十日はかかろうかという話だったはずだ。
目を見張ればやはり不敵に。


「俺が行く。」
「政宗様、なりません。」
「Ah?」


眉を顰めた主の前に立ち塞がった。
どけと言われたが譲れない。


「立場をお忘れか政宗様。」


あなたは奥州筆頭。
我等の唯一。
皆を率いるという責がある。
ここで深手を負い、動く事もままならない今あなたを行かせる訳にはいきません。


「小十郎。」
「なりません。」
「そこをどけ!」
「否!」


何度繰り返されても同じこと。
この小十郎何をおっしゃられてもここを動くつもりはありません。
言えば目の前にある主の顔は怒りで歪んでいた。


なれど。


「なりません。」
「ha!いい目だ小十郎。」


だが、俺にもprideがある。


刀を抜いた政宗様の刃を受け、庭に出た。
一体どこにこんな力があるのかと手が揺れた。
体はもうすでにぼろぼろのはずなのに。
いつもと全く変わらない主の剣技に足を踏み締めた時だった。


「政宗様!!こじゅさん!!」
「!?」


声が。
ここでは決して聞く事の出来ない声がすぐ近くから。


「っあの声は…」
「…まさか…」


そうだまさか。
聞こえるはずは無い。
奥州に残してきたはずだ。
小さな顔を撫で行ってくると告げてきたはずだ。


まだその温もりは覚えている。
あの時撫でた髪の柔らかさも覚えている。
あの子供は、
真樹緒は奥州にいるはずなんだ。


なのに。


「二人とも何ケンカしてるんー!」


おこるよ!
しかも怪我してるんやろう!?
安静にしてやなゆるさへんよ!


叫びながらこちらへ走ってくるのは真樹緒で。
間違いなく真樹緒で。


「っ真樹緒!」
あ、政宗様怪我だいじょうぶぅお!!
「真樹緒!?」


ぱたぱたと走っていたその足が縺れ、いっそ清々しく顔から地面に突っ込んだのはやはり紛れも無いうちの真樹緒だった。


「ぬー…痛いんー。」
「阿呆、お前あれだけ闇雲に走んなって言っただろう。」


ほら、立て。


「やってー。」


二人とも何や険悪な雰囲気やったやん。
刀とか持ってたやん。
ケンカなんかしやんとって。
折角会いに来たのにやあ。


もー。
安静にしてやなあかんやんー。


「…真樹緒…」
「あ!こじゅさんも久しぶり!」


大変やったやろう?
俺、じっちゃんから一杯お薬もらってきたからな!
もう大丈夫やで!


ぐ、と指を立てる真樹緒はやはり本物で。


「こじゅさん?」
「てめぇは…」


肩の力が抜けていくようだ。
弛緩したように思わず刀を持った手が震えた。


何だこれは。
安堵なのだろうか。


緊張の中、突然現れた真樹緒に主は驚きけれど先程までの鋭利な気は無い。
笑いながら土のついた真樹緒の額を撫でている。
まるで奥州に戻ったようだ。


やはり感じるのは安堵。
そして深謝。
真樹緒が現れて政宗様の心がどれほど落ち着かれた事だろう。


「何、やってんだ。」
「やって心配やったんやもん。」


へらへら笑って政宗様に撫でられている真樹緒に口元が緩んだ。
そんな主の顔も穏やかで。
先程まで刀をふるっていたとはまるで思わせないその素振りに思わず苦笑してしまう程だ。


「へへ…」
「真樹緒、」
「政宗様?」
「お前は…」


お前はどこまで。
どこまで俺達の予想を裏切れば。

全く、
何時もながら。


「惚れ惚れする、ぜ…」
「え、ま、政宗様!?」
「政宗様!!」


どないしたん!!
またしんどくなったん!?


おろおろと叫ぶ真樹緒に覆いかぶさるようにゆっくりと主が倒れていく。
まるで人形のように。
支えようと伸ばした手は空を切り、下敷きになった真樹緒が青い顔で政宗様を覗き込んだ。


「こじゅさん、政宗様が…!」


気ぃ失ってもうた。
どうしよう顔色も、


「…、」
「こじゅさん?」
「真樹緒。」
「え?」
「政宗様を頼む。」
………ぬ?


え?
ちょ、こじゅさん?
こじゅさんまでどないしたん!

おちついて。
ちょっとこじゅさんおちついて。
政宗様気うしなってしまったんやでおちついて…!


「俺は松永久秀の元へ行く。」
「っ!?」


待って!
こじゅさん待って!
俺お話したいことあるん!


懐かしい声に後ろ髪を引かれてはならない。
振り向いてはならない。
柔く温かい体を抱くのは全て終わってからだ。
叫ぶ真樹緒を振り切って俺は屋敷を出た。


  

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