その日の朝は快晴だった。
雲一つ無い快晴だった。


「政宗様、準備が整いました。」
「all right.」


夜の内に鴉を離し、日の出の前に政宗は馬を走らせた。
自分達は本日中に甲斐に到着する予定になっている。
森を抜け、峠を越え、川も越えなければならない。


ここはもう国境。
己の領地では無い。


気配を配る事は怠らず政宗はひたすらに森を進む。
蹄が大地を揺らし、少し強い風が頬に打ち付けて。
この分なら夕暮れる前には武田信玄が居を構えるという躑躅ヶ崎館に到着することが出来る。


政宗の内にあるのは高揚と、心地よい緊張。
甲斐の虎はこの戦国の世において稀なる豪傑と聞く。
どれ程の男なのか楽しみでしかたねぇなと口元を緩め政宗は前を見据えた。


「小十郎。」
「は、」
「お前、今回の件、どう見る。」


政宗が眉を上げ、横目を流せば右目は「恐れながら」と静かに。


魔王と恐れられる織田信長が腰を上げたところで、地盤を固められる前に東国一円の結束を計ろうとしたと考えるのが妥当かと。
信玄公は智略に長け、厚志の将と聞いております。
此度は我ら奥州との同盟が目的では。


「いい答えだ。」


肩をすくめその通りだろうと政宗は口角を上げる。


断る所以はどこにも無い。
「ご意思はすでに決まっておられたでしょうに」と息を吐く右目を尻目に政宗が馬の足を速めた時。


「Ah―?」


鼻をもぐ様な異臭に馬が足を止めた。


「何だこの臭いは…」
「…硫黄、でしょうか。」


その異臭は鼻から喉にかけてを荒らし息をすることさえ困難で、思わず口元を手をあて辺りを伺う。
ともすれば目さえもやられてしまいそうだ。
騒ぎ出した兵を落ち着かせ政宗は一歩馬を進めた。


「政宗様!」
「心配すんな。」


隣に並んだ小十郎に大丈夫だと政宗が気配をうかがえば誰かが潜んでいそうな様子も無い。
険しい山道のわきに木々が聳え、草が茂っているだけだ。
もう一歩進んで目を右へ、左へ。
微かな音さえ聞き逃すまいと神経を研ぎ澄まし。


「そこか!!」


がさりと小さく草が揺れたところに銀色に光る刀を振りかざした。


「ひっぃぃぃぃっ…!」


そこから出てきたのは農民かと思う身なりの一人の男。
武器も何も持っていないただの男。
背中に背負っているのはつづらだろうが別におかしなところは無い。


思わず目を剥き刀を下げると政宗は馬を引き小十郎を振り返る。
危険は無いと右手を上げたが、ただ目の前の男の様子がおかしい。
唇が震え、汗を流し、目はうつろで。


「お前…」


どうした、と。
声をかけた直後だった。


「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
「!?」



ピカリと。



目の前に閃光が走り、耳が轟音に戦慄いた。
森の中なのに辺りが白く見えた。
地面を揺るがす轟きに、耳が一瞬聞こえなくなって。


「政宗様!!!」


小さく。
政宗は小さく小十郎の声を聞いた。
「真樹緒」と、自分の呟いた声を聞いた。
意識はもう持たなかった。
その後、立て続けに辺りが爆発し森が燃えた。


馬や兵、己の右目がどうなったのか政宗は知らない。


  

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