伊達政宗とその従者が城を離れて一日、小さな主が暇を持て余していた。
ごろごろと伊達政宗の部屋で畳の上を転がっているのはいつもの事だが、どうやら寂しかったらしい。
主には珍しく意気の無い様を見下ろしていれば声がかかり。
今はどこかに行こうと言った主を抱きながら行く当ても無く森の中を飛んでいる。
「こーちゃんすごいねえ!!」
主の気が少しでも晴れればいい。
首に掴まりながらきょろきょろと忙しなく動く小さな頭に口元が緩んだ。
さぁ、どこへ行かれますか。
あなたが望めばどこへなりと。
森の一番高い木に上って顔を覗き込めば「へへへー」と可愛らしい笑顔が返ってきた。
「なぁなぁ、こーちゃん。」
「?」
「こーちゃんが前におったとこってどっち?」
「…、」
自分がいたところは北条。
ここから少し南に下ったところで。
恐らく平定間もないあの土地は、未だ伊達の忠臣が後始末に躍起になっているはずだろう。
南を指せば指差せば主の顔がぐるりと回る。
「へぇー」と呟く主のふわりと柔らかい髪が頬にあたってくすぐったかった。
「(…とんとん)」
「こーちゃん?」
「…、」
「うん?行きたいところあるん?」
「(…こくん)」
「こーちゃんがおったところ?」
「(…)」
「ぬん。」
ええよー。
いこー。
連れてって!
俺も行ってみたい!
「あー、でもやぁ。俺が行ってええの?」
首を捻った主に頷いた。
「(こくん)」
どうか共に。
主を抱え直し高く飛んだ。
伊達と北条の国境近く、谷の様になったところに小さな庵があるという。
そこには恐らく。
「(…)」
未練などはあるはずも無い。
今の主はこの小さな大事だけ。
けれど。
「(…)」
何かある度に風魔風魔と自分を呼んだ彼の人を忘れた事も無い。
無能だと陰で蔑まれながらも先祖の栄光を守ろうと、自ら槍を持った彼の人は立派な一国の将だった。
父の氏康と比べられては顧みられるのを笑いながら、放っておけと己に菓子を差し出す人だった。
そして確かに自分の主だった。
「こーちゃん?」
今、自分の忠節はあなたのもの。
優しく尊いあなたのもの。
「(…、)」
「?人に会いに行くん?」
「(こくん)」
あなたに少し似ている気がします。
屈託なく笑うところが。
己を見るその目が。
差し出される小さいけれど力強い手が。
優しすぎて戦には向かない人だった。
会ってくれますか。
顔を覗き込めば目を丸くした後、主はふわりと笑って見せた。
「こーちゃんの前のご主人やろう?」
「(こくん)」
「会ってみたいなぁ。」
こーちゃんええ子やから、ええ人なんやろうねぇ。
柔らかい声は自分をどこまでも満たしていく。
温かい手は自分をどこまでも救ってしまう。
「(…)」
「こーちゃん?」
頭撫でるん嫌やった?
「(…ふるふる)」
伝えきれない感謝と同じだけの変わらぬ忠孝を。
自分の頭をよしよしと撫でる主を抱く腕に力を込め、一層高く森を飛んだ。
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