「さて、真樹緒の許しも出た事だ。」


語ろうじゃねぇか。
そう言って伊達政宗は自分の枕元で楽しげに口元を緩めた。


真意が分からない。
自分は先の戦で伊達に戦を仕掛け敗れた北条の者だ。
それなのに何をのこのことこんな所に運んでいるのか。
治療をしているのか。


「礼を言う気があるのなら、真樹緒に言えよ。」


お前を「助けて」くれと願ったのはあいつだ。


真樹緒。
あの子供の名だろうか。
部屋の隅で膝を抱えこちらを見ている子供に視線を流すと、まるで花が咲いたように笑い手をぱたぱたと振られてしまう。
もう一度伊達政宗を見て、一つ頷く。


「助けられた理由を知りたいか。」


もう一度首を縦に。


自分を雇うつもりか。
腐っても伝説とまで言われた風魔一族だ。
捨てるには惜しいと思ったのかもしれない。


「俺を舐めるなよ。」
「(…)」


では何故。
じっと伊達政宗を見る。
己を睨んでいるかと思った男の目は意外にも笑っていて。
隣にいる男、右目と謳われる男さえ楽しげに。


こみ上げたのはささやかな戸惑い。
揺れる己の目に満足げな伊達政宗はちらりと真樹緒という子供を見た後言ってのけた。


「真樹緒が言ったことで全てだ。」


俺が何を覆す気もなければ付け足すつもりも無い。
一言一句、真樹緒が言った事を己に刻め。
省みろ。
そしててめぇで察しろ。


伝説の忍だろう。
それとも本当にカラスの母さんなのか?


「(…、)」


揶揄するように口元を上げる伊達政宗から目をそらした。
そして考えた。
あの子供が言った意味を。


「お前は真樹緒に救われたはずだ。」


龍の右目の言葉は確信を持って自分の乾いた何かに突き刺さる。
そして体が、指の先が、じわりじわりと満たされて。


何者だろうあの子供は。
得体の知れない力を持っているのだろうかあの子供は。
何故、こうも温かいのだろう。


「真樹緒はただの子供だ。」


なぁ、小十郎。


「は、」


それはもう天真爛漫な。


「(…)」


だらしなく顔の緩んだ伊達政宗達を横目に、子供を捜した。
さっきまで部屋の隅で膝を抱えていた子供はそこにおらず、気配を探れば反対側の部屋の隅でごろりと寝転んでいる。
そのまま目で追っていると止まっていた子供がごろごろごろと転がり今度は元いた場所に戻ってきて。
じっと見ていると目が合い、へらりと笑ってまた転がって行く。


おかしな子供だ。


「(…)」


己を恐れず。
己を救い。
己を褒め。


ぬくぬくと己を温める。


「風魔。」
「(…)」
「傷が癒えたらどうするつもりだ。」


伊達政宗が楽しげに聞く。
そんなもの聞かなくてもこの聡明な男ならば分かっているだろうに。
確かめさせたいのだろうか。
右目と、己の前で。


「(…)」


床から起き上がり転がっていた子供を探す。
針の効果が切れてきたのか体に不自由はもう無い。
傷の痛みを感じる事に安心する日が来るとは思わなかった。


「あれ?お話終わったん?」
「今度はお前に話があるんだと。」
「俺?やあ立って大丈夫なん…!」


とたとたとこちらに駆けてきた子供の前で膝をつき、頭を垂れた。
小さなその足の先に唇をつけ、出ない声で口上を述べる。
「ひょお!」とどこから出たのか分からない声で驚いた子供に満足して誓いを。


「こ…、ぬん、風魔…小太郎さん?」


いいえ、いいえ。
己の事はどうか小太郎と。
あなたのお傍で、あなたの言葉のみを聞き、絶対の忠節を誓います。


今日からあなたは己の主。
頂きたいのはあなたからの許しのみ。
傍を離れず己に言葉を、そして絶対の忠節を捧げる許しを。


どうかどうか。


「え、と…」


頷いて下さい。
ただ首を一振り。
それだけが今の己の願い。


じっと見上げきょろきょろと辺りを見渡す主に笑みを。
伊達政宗と目が合って明らかに困ったような顔をした主に笑みを。


困らないで。
受け入れて。
己の頭を撫でてくれたように。


「ぬん、…」


そろそろとしゃがんだ主はぺとりと己の頬を撫でた。
照れたように赤い主の頬に首を傾げる。
暫く見ていれば「あのね、」と小さな声で。


「俺、よう分からへんけど、」


風魔小太郎さんは、俺と一緒におってくれるん?
頷く。


しかたなくとかや無くて?
頷く。


…政宗様の方が良くない?
首を振って。


「真樹緒、」
「うぃ…」
「風魔はお前を主にしたいんだとよ。」
「ぬーん…」


俺でええの?と主がまた尋ねるものだから。
あなたがいいのです、ともう一度その小さなつま先に口付けた。


「!!!」


しゃがんでいた主が声にならない声を上げ驚いて転んでしまい、部屋にはそれを見た伊達政宗とその右目の笑い声が響いている。
首を傾げている自分を見て震えながら「こーちゃん!」と叫んだ主は今までで一番可愛らしかった。


  

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