致命傷を受けたとは思っていない。
放っておいたら血が止まらなくなっただけだ。
小さく漏れる息を忌々しげに噛み殺して風魔小太郎は山道を歩いた。
独眼竜を討てと主は命じたがまんまとその右目に邪魔をされてしまい、傷を負って。
挙句の果てには北条が落ちた。
氏政は隠遁を余儀なくされ、溢れた自分は新しい主を探さなければならなくなった。
戦いなど、争うことなど似合わなかった主はどこか知らない土地で胸を撫で下ろしているかもしれない。
「風魔、風魔」とたまに甘やかしたように呼ぶ元主は、あの細い老体で槍を振るっているよりも小さな庵で茶をすすっている方が似合っていると小太郎は思う。
愚か者だと、北条の名汚しだと蔑まれても命が助かっただけ儲けものだと笑い飛ばせばいいと思う。
そんな元主が嫌いでは無い。
もう会うことも無いだろうが。
「…、」
いよいよ気が遠くなってきた。
一向に血が止まる気配の無い腹を、いっその事えぐってやろうかと思う。
痛みは感じない。
自分は風魔小太郎なのだから。
ただ、足が重い。
体が重い。
鉛のようだ。
こう重くては木に飛び移る事さえ。
「(……っは、)」
声など持ってはいないが、細々と出る息が忌々しい。
まるで自分が苦しんでいるようではないか。
辺りを飛び回る鴉がぎゃぁぎゃぁと嫌な声をあげていた。
うるさい、うるさいとさっきから思っていたのに。
けれど今は何故だか遠い。
もう聞こえないぐらいだ。
進んでいるのか進んでいないのか足の感覚も分からない。
ただ。
ただ気がつけば黒い黒い己の羽に埋もれ、何かを悟ったような鴉と目が合ったのは覚えている。
ばさりと、聞こえた音に鴉が飛び立ったのかと思えばもう目の前は暗闇でしか無かった。
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