「真樹緒、君あまいものは好きかい?」
「だいすき!」
そんな会話の後、半兵衛君は素敵に黒く光るアンティークなキャビネット?からこれまた素敵なお花柄のティーカップを取り出して甘いお花の香りがするお茶を優雅にそそいで俺の前に置いてくれた。
何このティーカップ、普通に戦国時代とかにあっていいもんなん?なんて奥州のお家にあるいっつもほうじ茶をのんでる自分のマイカップ(湯のみ)を思い出しながらおそるおそるそれを口元に持って行ったら、ますますお花の甘い香りがただよって体中の力がぬける。
花茶と言ってね。
花の香りを茶に移した異国の飲み物だよ。
半兵衛君が面白そうに俺を見る。
香りを楽しむものだから、味は甘くは無いのだけれど。
そんな風に半兵衛君は言ったけど、俺はなんとなくお花の味もするなーなんて思いながらゆっくりその花茶を飲んだ。
んー。
味はねえ。
そうやねえ。
ジャスミンティー?
ハーブティー?
フレーバーティー?
ほんわり甘くってあったかくってお腹の中がじんわりするん。
指のさきっちょから体があったまっていく感じ。
「おいしい。」
「それはよかった。」
じゃあお茶請けにはこれをどうぞ。
半兵衛君は笑って、今度は真っ白なお皿に乗ったカステラを出してくれた。
「カステラ!」
「おや、知っているのかい。」
今うちで流行っている菓子だよ。
君は運が良い。
これは昨日手に入れたばかりだ。
「食べてええの?」
「それは君のものだよ。」
楊枝じゃなくてフォークがそえられたお皿を俺は持ち上げる。
ぬん!
カステラ!
久しぶりに見た!
すごい!
おいしそう!
いいにおい!
ふおおおおおお…!
テンションが上がってとっても熱烈にみつめてしまったんやけど半兵衛君はやっぱり笑いながら俺の向かいで優雅にお茶を飲んでるん。
それからフォークでカステラを切り分けてそっと小さいお口に運んでもぐもぐ。
ぬん。
俺、このカステラやったらこのまま手づかみでもぐっとお口に入れてしまえる気分なんやけど。
ほんわり甘い卵の匂いさせてる魅力的なカステラやから一気に半分ぐらいをお口いっぱい頬張りたい気分なんやけど。
でもそんな事したら目の前の半兵衛君に怒られるどころやないとも思うからそっとお皿を机の上に戻してフォークを持って。
半兵衛君と同じ様に切り分けてぱくり。
「もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、」
ゆっくりあじわってもぐもぐもぐ。
喉につまらせやんようにもぐもぐもぐ。
「!おいしい…!」
卵のふんわりした甘さとお砂糖の優しい甘さが絶妙なばらんすー。
お口の中でとろけてしまってどうしましょー。
甘くて幸せなまんまさっきの花茶を一口のんだら、お花の匂いも重なって何かもうお口の中が幸せいっぱいなんやけどー。
「ききっ?」
「あ、ゆめきちも食べる?」
ぬんぬんごめんねー。
俺ばっかりカステラにしたづつみを打っちゃってごめんねー。
ゆめきちかって食べたいよねえ。
俺のはんぶんこしよー。
「お猿君の分はここにあるよ。」
「きい?」
「行儀よくお食べよ。」
「!ちっちゃいカステラ!」
まさか君が食べているものと同じものを出す訳にもいかないだろう?
なんて言いながら半兵衛君が出したのはゆめきちサイズのカステラで。
俺とおそろいの白いお皿に小さくサイコロに切られたそれがお山になってるん。
ゆめきちが両手で持ってちょうどぐらい。
一生懸命カステラをもぐもぐ食べるゆめきちがちょう可愛いん。
「ゆめきちおいしい?」
「きききっ!」
「ぬん!おれもおいしい!」
優雅にお茶を飲む半兵衛君がゆっくり笑う。
まゆげにかかる前髪をふんわり撫でて。
ちら、って俺を見てまた笑った。
絵になるなあなんて俺は花茶を飲みながらうっとりする。
「は、ふ…」
「うん?」
「んー…なんかぽかぽかするなって。」
「おかわりがあるよ。」
「んー…」
何かもういい匂いやしあったかいし幸せってゆうか。
指先もぽかぽか。
お腹もぽかぽか。
お口の中は甘くて幸せ。
あたりはお花の匂いいっぱいで。
んー。
ぬー。
えーっと、俺何やっけ。
何しやなあかんのやっけ。
ぽかぽかでお腹いっぱいで何か重要な事忘れてる気するんやけども。
えーっと?
「慶次君の事だろう?」
「ぬ?」
「口元のかすていらを拭きたまえよ。」
「ぬ?」
……
………
「君は、僕と秀吉と慶次君の話を聞きたいのではないのかい。」
「は…!」
ぬん!
そうやった…!
そうやった慶次君…!
けーちゃん!
忘れた俺半兵衛君がゆうてたけーちゃんの事気になってたんやった…!
花茶とカステラでうっかり忘れる所やった…!
また俺しでかしてまうとこやった…!
持ってたティーカップをテーブルに置く。
ガチャン!って大きな音が鳴って、その瞬間動いた半兵衛君の整ったまゆげに肩を揺らして。
「えっと、ぬんっと、」
「僕は慶次君と秀吉が友だなんて認めないよ。」
「!!」
「君が聞きたいのはこれだろう?真樹緒。」
ティーカップを口元から離して半兵衛君が俺を見る。
伏せ目がちな目はそれでも真っ直ぐ俺を見る。
さっきまでの優しげな半兵衛君はどこかに行って、綺麗やのに、ふわふわ甘い匂いがするのに、貫くような鋭い目に俺は体が竦みそうになる。
「…半兵衛君、」
「秀吉が必要とする時にその手を振り払った男の何が友なものか。」
静かにそう言って半兵衛君は黙ってしまった。
俺から視線も外して。
組んでた足を組みかえて。
ひでよしの、ひでよし以外の事なんか聞きませんってそぶりで。
「あ…」
ぬん、その。
俺は何から話していいか分からんくって段々半兵衛君から目がそれる。
あのね。
でもね。
言いたい事はあるはずやのにうまく言葉にならんくってもどかしい。
「…慶次君、色々考えてたよ。」
いっぱい悩んで。
いっぱい考えて。
ひでよしの事も、すごく。
すごく。
てのひらをティーカップで温めながら俺はぽつりぽつり、一言ずつ話す。
半兵衛君に少しでも届く様に。
「…真樹緒、君は秀吉と慶次君の確執を知っているのか。」
「ここへ来る前にお話ししたん。」
そう。
そうか。
そうか。
それなら。
半兵衛君がティーカップを置いてそのふちを撫でる。
すう、って息を吸い込んで半兵衛君が呟いた。
「秀吉が悩まなかったとでも言うのかい。」
秀吉が悲しまなかったとでも思うのかい。
必要とした友に背中を向けられ、秀吉が揺るがなかったとでも思っているのかい。
「半兵衛君…」
「僕は秀吉の友だ。」
僕は秀吉を裏切らない。
秀吉の信念は僕の信念。
秀吉の望む事が僕の望むもの。
「真樹緒。」
「…はい。」
「君が慶次君の側にいる様に、僕は秀吉の側にいるんだ。」
僕と秀吉を否定するものは僕らにとって悪でしかない。
ここは僕と秀吉の城。
慶次君が悪だ。
「はんべえくん。」
「真樹緒。」
「、」
「相容れないものはどうにもならないんだよ。」
それでも俺は、半兵衛君とけーちゃんと秀吉が一緒に笑えたら嬉しいと思う。
声に出せやんかったんは半兵衛君の目が俺の言葉なんて一つも求めて無いからで。
胸がこんなにつまるのは半兵衛君の目がそんな事をゆうてるくせに全部、全部分かってるってゆうように光るからで。
「半兵衛君。」
「何だい。」
「ひでよしは半兵衛君の大事な人?」
「命にも代えがたい唯一さ。」
秀吉の思想は僕を形作るもの。
秀吉が言う事が僕の全てだ。
「俺もけーちゃんは大事な友達やで。」
俺もけーちゃんがおもってることに間違いなんて無いとおもうん。
「……」
「でも、ひでよしの側に半兵衛君がいてよかったなってゆうんも思うん。」
今。
ひでよしの側でひでよしをひとりぼっちにせえへんかった半兵衛君は凄く優しいなって思うん。
ひでよしを否定せえへん半兵衛君がいてよかったなって思うん。
「…真樹緒、」
「はい。」
「君は僕と秀吉が憎いのではないのかい。」
「俺はだれも憎いなんて思ってへんよ。」
「慶次君は」
「けーちゃんは、嫌いになったらええんか怒ったらええんか自分はどうしたいんかが分からんくって苦しいん。ひでよしの事。」
ねねさんの事で、なんとか理由をさがしたくってね。
つらくってね。
でも見つからんくってね。
ここへ来たんやけど。
今のまんまやったら心がどこにもいかれへんの。
だから俺ひでよしとけーちゃん、一回ちゃんとお話できたらいいなって。
お話やなくてもちゃんと喧嘩できたらいいなって。
一回それしたら、二回目もできるやん?
けーちゃんがまたふとした時にぐちゃぐちゃになった時、また喧嘩できるやん?
離れたまんまよりずっといいと思うん。
「ぬん…俺の…かってなかんがえやけど…」
「、」
そううまく言えやんけど伝えたら、驚いた顔で半兵衛君が腕を組んだ。
ぴんと綺麗に伸びてた背中を椅子の背もたれにつけて。
「君は…、」
「うん?」
「…君の方がよっぽど利口だね。」
「?」
伏せ目がちな半兵衛君の表情はやわらかい。
口元がちょっと上がってて笑ってる様にも見えた。
「………俺、やっぱりけーちゃんとひでよしは友達でええと思うん。」
「…僕が認めるもんか。」
「半兵衛君もけーちゃんの友達でええと思うん。」
「恐ろしい事を言わないでくれ。」
願い下げさ。
やってちゃんと半兵衛君ひでよしとけーちゃんの事ちゃんと分かってるやんか。
やっぱり口に出せやんかったんは半兵衛君の顔がそれ以上言うんじゃないよって顔をしてたから。
その先は駄目だよって優しく笑うから。
俺はこれ以上言葉が出やんくなって、そのまま閉じてしまった口をとんがらせた。
「変な顔だね。」
「半兵衛君のせーやもん。」
「そんな事を言う子にはおかわりをあげないよ。」
せっかく貴重なものがあるのに。
「ぬ?」
「ふふ。」
「半兵衛君何それ草?のおだんご?」
「見ていてごらん。」
半兵衛君が楽しそうに草っぽい固まりを陶器の中にぽん、って入れた。
それの上から熱いお湯を注ぐ。
暫く見ているんだよって半兵衛君はご機嫌で自分のカステラを食べるん。
俺は半兵衛君のゆうてる事が分からんくって首を傾げながらお湯の中でふよふよ揺れてる草のかたまりをじー。
なんかちょっとお花の匂いするけど目の前にあるやつはやっぱり草やし、って思いながらじー。
そうしたら。
「!半兵衛君!半兵衛君すごい!花咲いた!」
何か黄色い花咲いた!
草の中から花咲いた…!
「金盞花という花だよ。」
気に入ってもらえたかい?
「キンセンカ!」
何のへんてつもなかった草の塊がお湯の中で揺れながらほぐれていく。
ゆっくりゆっくり一枚ずつ草がほぐれたら中から黄色い花が顔を出した。
キンセンカやって!
「茶葉の中に花を閉じ込めたものだそうだ。」
「へー…すごー。かわいいー。」
気に入ったのなら少し分けてあげよう。
大きめの器に入れて湯を注ぐだけさ。
煮出した白湯は薬湯になる。
滋養強壮、沈痛の薬効を持っているというし、体が弱った時にでも飲むといい。
「わー…ありがとー。」
ぬーん。
ひごろお疲れのおシゲちゃんや鬼さんや政宗様に飲んでもらおー。
まず匂いと花を楽しんでもらってからお茶すすめてみよー。
びっくりするよねー。
ちょうびっくりするよねー。
たのしみ!
「あ、半兵衛君。」
「何だい。」
「俺の持って来たおみやねえ、酒まんじゅうなん。」
「ああ、それもうちで流行っている菓子だね。」
「とっても甘いからこの少し苦いけどさっぱりしたお茶に合うと思うん。」
「………食べたいのかい?」
「半兵衛君に食べて貰いたいなって。」
あれ俺の分も入ってるけど。
俺だけやなくってけーちゃんの分も入ってるけど。
さらにゆうとこーちゃんの分も入ってたりするけどそれはちょっとゆうたらあかん感じやから黙ってるけど。
俺はおみやを指差して半兵衛君の様子を窺ってみる。
あかん?
でもちょっとぐらいやったらええと思うん。
そんな気持ちを込めてじっと見つめて見る。
「真樹緒。」
「はい。」
「君には危機感というものが無い。」
「ぬ?」
「ついでに言えば遠慮というものも無い。」
「ぬん…」
「けれどそういう所が慶次君の側にいる事わけなんだろう。」
「?」
半兵衛君が俺の頭を撫でる。
初めて触れられた半兵衛君の手は半兵衛君に似合わず大きくてあったかい。
俺がびっくりして目をぱちぱちしてたらそれをおかしそうに半兵衛君が笑った。
それからゆっくり立ち上がって。
「真樹緒、僕だって物事が最良に運べばいいと思っているよ。」
もちろん秀吉にとってだけど。
「…はんべえくん…?」
その時。
ド、カン…!
「!?」
地面が揺れるぐらい大きな音がした。
足元から響く音がした。
壁も机も俺の体も揺れて思わず立ち上がる。
そしたらまた立て続けに地面が揺れて。
「行こう。」
「…半兵衛君…この音、」
「まあ、この分じゃ秀吉の勝ちは決まったものだけど。」
「!」
半兵衛君はいたずらっこみたいな顔をして俺の前を通り過ぎた。
ひらひらと手を振って。
早く来ないと置いて行くよって足取りはそんなそぶりもないゆっくりで。
俺の目は半兵衛君の背中とお隣でカステラを食べてたゆめきちとをいったりきたり。
まだ頭は追いついていけへんけど半兵衛君について行った方がいいってゆうんだけは分かる。
「ゆめきち!」
「ききき!」
頭の上に登って来たゆめきちを落さんように走る。
行儀が悪い、走らない、ってまるでおシゲちゃんみたいな事をゆう半兵衛君においつくんはもうすぐ。
俺は、俺は。
もしかしたら半兵衛君のゆう物事がとってもいい方に動いてるんちがうかなって変な期待に胸が爆発しそうで苦しい。
おちつけおちつけまだはやいよって言い聞かせながら早歩きで半兵衛君の背中を追った。
「ぬん!勝つんはけーちゃんやもん!」
ね!ゆめきち!
「きー!」
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という事で!
久しぶりの更新ですが特に進んでなくてすみません…!
いつものこと…!
24で書いたので特にここで書く事はありませんあれれ。
半兵衛君の絶対は秀吉で、秀吉が全てで、慶次君の事を考える隙はありません。
強さ弱さについて、言ってる事も分るけど理解したり同意したりするつもりはありません。
かといって完全に切り離すには想い出なんてものが邪魔をするので、秀吉にとっていい結果になるならば別に喧嘩してくれても構わないとかそういうかんじです。
うじうじうじうじうっとうしいんだよ!と慶次君に言わないのはわずかに残った優しさだよ。
秀吉の事を理解しようともしないで勝手な事言わないで貰いたい半兵衛君でひとつ。
ねねさんと秀吉さんが幸せだった時を知っているのは慶次君だけではないのです。
次回は秀吉と慶次君の喧嘩から。
最後は皆で酒まんじゅうを食べる予定ですからもれなくハッピーエンドですいつものこと…!
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