目の前に差し出されたそれはとても頼もしくて俺には輝いて見えた。
その真樹緒の小さな手は今もずっと俺の手を握りしめている。


「けーちゃんそう言えばそのお友達ってどこにおるん?」


えちご?
やあ喧嘩してるんやったらもしかして違うとこに住んでたりする?
俺そういやお友達の名前も住んでる場所も知らんしやあ。
いざ出発したはええけども、一体全体どこに向かえばいいのやらー。


そう言って首を傾げながら俺を見上げた真樹緒はいつもと変わらず笑っていた。
俺がぶつけた全部を受け止めて、突き放して引いた線を飛び越えて。
謙信の屋敷から出たきり話もしない俺の傍を離れずに、俺が少しでも下を向くと「けーちゃん」と俺の名を呼んで手を強く握ってくれる。


友達の名前は秀吉って言ってね。
へー、ひでよし。
今は大坂にいるよ。
へー、おおさか。


「って大阪!?遠いない!?」


ここ越後やで?
すっごい北の方やで?
そろそろ春やけどもまだ朝晩はめっきり冷えるから俺こじゅさんに火鉢たいてもらったりしてるよ?
あれ?
俺ちょっと日帰りで行って帰ってこれるとこやと思ってた…!
まさかのかんさい…!
ひでよしって関西の人やったんちょう遠距離なおともだちやったんやね…!


目をこれでもかと開いた真樹緒に思わず口元が緩んだ。


「その頃は俺、加賀にいたから秀吉とはそんなに遠くなかったんだよ。」
「いつでも会えた?」
「毎日一緒にいて馬鹿ばっかりやっててさ。」


俺は。
俺は秀吉に会ってどうしたいんだろう。
半兵衛に会ってどうしたいんだろう。
自分の事なのによく分からない。
真樹緒は話しをしに行こうって言った。
俺はあいつと…話をしたいのかな。


「…」


会わなければ話さなくていい事だってあるのに。
知らなくていい事だってあるのに。
…、知らなくていい事って何だ。
いや、違う。
知らなくていい事じゃない。
それは俺が知りたくない事で。



…知りたくない事…?



何だ、違う、そうじゃない、違う。
俺は…俺は知りたいんじゃないのか。
秀吉がねねを殺してしまった理由を。
ねねが死ななければならなかった理由を。
そう、思ってたはずだ。
今もそう思ってる。
思ってるはずで。


「…けーちゃん…?」
「真樹緒…」


だいじょうぶ?
真樹緒の声が随分遠くの方から聞こえたような気がした。
それは耳の奥に何かが詰まった様なぼやけた音でとても聞こえにくい。


「…真樹緒。」
「うん?」
「俺さ、」
「うん。」
「怖いんだよ。」


たぶん。


立ち止まった俺に腕をひかれて真樹緒の足も止まる。
うわ、なんて真樹緒の声が聞こえたけれどそのまま地面をぼうっと見つめて。


「俺、また…秀吉の口からねねを殺した理由を聞くのが怖いんだ。」


そしてその理由が秀吉とねねにとって正しいものだって気付くのが怖い。
だって、俺。
俺、どうしたってねねが死ぬのは間違ってると思う。
秀吉がやった事は間違っると思う。
もしかしたら違う方法だってあったかもしれないのに。
殺さなくていい方法があったかもしれないのに。
友達だったのに。


「すごく怖いよ…」


半兵衛はまだきっと秀吉の傍にいる。
ねねを殺した秀吉を理解して。
俺には絶対に出来ない事をして。




俺だけ一人ぼっちだ。




そんな事を、
そんな事を考えてしまう自分が嫌だ。
ねねだ秀吉だと言ってる癖に結局自分が傷つきたくないだけじゃないか。


「…けーちゃん。」


あのね。
立ち止まって終いには蹲って顔を隠した俺の頭を真樹緒が撫でた。
でもどうしたって顔を上げる気にはなれなくて返事もせずに首を振る。


「そう思うんはねえ、けーちゃんがねねさんの事が大好きやったからやと思うん。」


けーちゃんゆってたけど。
告白もしてへんってゆうてたけど。
ひでよしとねねさんが幸せやったら十分ってゆうてたけど。
でもけーちゃん。
ほんまはきっと、けーちゃん自分でも気付かんぐらいに。


「すっごくすっごくねねさんの事好きやったんやと思うん。」


自分でねねさんを幸せにしてあげたいぐらい、好きやったんやと思うん。
真樹緒が俺の頭を撫でる。
その後そのまま小さな腕に抱かれる。
温かくって目の奥が熱くなって思わず唇をかんだ。


「だからね、それぐらい好きな人が亡くなったお話を聞きたくないんは当たり前やと思うん。」


好きな人のためになりたいんやけど、もしかしたらそれは好きな人のためにならんの違うかなって考えてしまって苦しいんやと思うん。
やからね、それ聞くんけーちゃんが嫌やったら聞かんでもええと思うん。
むりしないでけーちゃん。
俺、けーちゃんがそんな顔するのかなしい。



……
………



「……へ?」
「ぬ?」
「…だって真樹緒…おまえ秀吉に聞きに行こうって…」
「やああれはほら、けーちゃんが聞きたいんやったら聞いた方がええかなって。」


思ったからで、別にけーちゃんが嫌やったら無理に聞かんでもええと思うよ?
でも聞いた方がけーちゃんのもやもやは晴れるとは思うけど。
聞かんかったらたまにまた、けーちゃんは思い出してしまうと思うけど。
俺てきにはねねさんとひでよしの事をけーちゃんが楽しそうに話せたらなって思うけど。
そこは俺が決める問題違うしねえ?
やから俺、ひでよしに会いに行く理由は別でええと思うん。


「べつ…?」
「ほら、「俺の大事なねねに何してくれてんだ!」てきな?」


この際、けーちゃんの心のうちを盛大にだいばくろしてみるてきな?
もうであいがしらに一発がつんとお見舞いするてきな?
ふいうち狙ってみる?
ひでよしびっくりすると思うで!


いやいやいやいやいや。
「ぬ?」
いやいやいやいやいや。


目の奥を熱くした何かがどこかへ吹き飛んで行く。
項垂れていた首を真っ直ぐ上げて真樹緒を見る。
馬鹿みたいに目と口を開いた俺を、真樹緒は笑って。
あの、俺の手を引いた時みたいに笑って。


「俺ね、けーちゃんがねねさんの事が大好きで、ひでよしの事も大事で、けーちゃんが優しくてうれしい。」


でも優しいからって我慢なんかせんでええんやでけーちゃん。
俺はね、ひでよしの事もけーちゃんの事もねねさんの事もなんにも分かってないのにこんな事ゆうてほんまにごめんなさいなんやけどね。
やっぱりひでよしとねねさんには理由があると思う。
二人だけにしか分からん何かがあるんかもしれやんとも思う。
でも理由があったかってひでよしのやった事は俺もひどいと思う。
ほら、けーちゃんといっしょ。


「俺…間違ってないかい?」
「けーちゃんはけーちゃんやから、けーちゃんが思う事やけーちゃんがけーちゃんのためにやる事にまちがいなんて一つもないんよ。」
「………なんだいそれ…」
「ふふふ。」


けーちゃんから見えるけーちゃんがどんなけーちゃんか俺には分からんけど、俺から見えるけーちゃんは優しくて、さくらの精で、春の匂いがして、でもほんまはちょっぴりさみしがり屋なけーちゃんなん。
ほうっておけやんなーって、俺のお兄ちゃんごころをくすぐってくれるけーちゃんなん。
けーちゃんがけーちゃんを嫌いになったらあかんよ。
俺の大事なお友達のけーちゃんを嫌いにならないで。


「…真樹緒…」
「それにねえ、ゆめきちはけーちゃんのお友達やもんねえ。」


けーちゃん一人やないよ。
ねえゆめきち。
ゆめきちはけーちゃんのお友達やもんね。


「きー!」
「俺も、けーちゃんのお友達。」


真樹緒の頭の上に乗った夢吉が返事をするようにくるりと回る。
手を伸ばしたらその掌を怒ったように叩かれてごめんよ相棒と小さな頭を撫でた。
そうだな。
お前は俺の友達だよ夢吉。


「俺、がんばって一生懸命かんがえて悩んでるけーちゃんとっても好きやで!」


応援したいし。
力になりたいし。
守ってあげたいなって思うし。
たまにちょっと息抜きしてほしいなって思う。


「大阪についたらまず大阪のおいしいもの食べようけーちゃん。」


大阪ってゆうたらお好み焼きとかたこ焼きやけどねえ。
さすがに無いよねえ。
真樹緒がに!って笑う。


それを正面から受け止める。
急に目の前がぱちんと弾けて俺の中の何かがぼろぼろとまるで瘡蓋の様にはがれていくような気がした。



  

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