「俺が好きになった人はさ、ねねって言うんだ。」
けーちゃんが懐かしい人を思い出す様に笑った。
それはふわふわで幸せそうやのにちょっぴり寂しそうでせつなそうで。
今まで見たけーちゃんとは全然違うけーちゃんに驚いてあいづちが打てやんかった俺は、けーちゃんの着物のふわふわしたところをばれやんようにこっそり握る。
俺が不思議そうな顔をしてたんが分かったんやろうか。
けーちゃんが俺の頭をゆるゆる撫でた。
「けーちゃんの恋人やったん?」
「いいや?」
「ぬん?」
「その人は俺の友達の恋人でさ。」
へへって笑ったけーちゃんはもういつも通り、またあの風が吹く。
吹き抜けるだけかと思ったあったかい風はそのままずっと俺らのそばにいて、たまに甘い匂いのさくらを飛ばした。
そのさくらはどうやってもやっぱり捕まえる事はできやんかったけど、ふわふわ俺らの周りをやさしく飛んで、まるでけーちゃんを守る様にして消えた。
もしかしたらけーちゃんはさくらの精やったりするんかなあ、なんてお話聞きながら思ったりもしたけど、けーちゃん男前やし、何か派手やし、そんざいそのものが何か春!って感じやし、さくらの精やったらさくらの精やったでそれもありかもしれやんなーなんて頭の隅でおもう。
さくらの精のけーちゃん。
ぬんかわいい。
「うん?真樹緒何か違う事考えてるね?」
「ぬ?」
「俺の顔になんかついてるかい?」
ぷ、ってけーちゃんが口元に手をあてて俺のあたまをこづく。
ちゃんと聞いてよなんてちょっと大げさに肩をすくめて。
「やあやあ、けーちゃんはさくらの精かもなって。」
「…うん?」
なに俺、桜の精なの?
「そうやったら素敵やなって。」
「………うん?」
「かわいいなって。」
「…………んんん?」
「けーちゃん、けーちゃんつづき。」
ごめんねお話のこしをおっちゃって。
とつぜん変な事いっちゃって。
ぬん、どうぞ。
どうぞけーちゃんお話のつづきして。
「…、いいの?」
「ぬん。」
ねねさんがお友達の恋人やったってゆうとこから。
それからどうしたのん。
けーちゃんはそれでも告白したん?
ねねさんに好きやってゆうたりしたん?
そこのとこ俺気になる。
なあなあけーちゃん。
「いや、言わなかったよ。」
「あれやあ。」
ゆわんかったん。
「ひとっことも!」
「しんどくなかった?」
片思い。
苦しくなかった?
俺が言ったらけーちゃんがそうでもないよって笑う。
「自分の好きな人が違う人好きやったら苦しくない?」
「うーん…何て言ったらいいのかなあ。」
「…俺やったらたぶんしんどいってゆうとおもう…」
「俺はねねの事が好きだったけど、その友達の事も好きで二人とも大事で、二人が幸せそうに好きあってるのを見てるので十分だった。」
そのままずっとずっと二人で、それからたまに俺と、もう一人の友達と笑いあってくれていたらもう本当に十分だったんだ。
「…けーちゃん…?」
俺から目をそらしてけーちゃんがうつむいた。
じっと地面を見つめて、それから目を閉じて、大きく息を吸い込んで、また、今度は少し辛そうな目で地面を睨む。
「楽しい話しじゃないかもしれないけどさ」
けーちゃんは話しだす前にそうゆった。
それはけーちゃんにとってお話するのがとっても苦しい内容なんやろうなって思う。
それは今なんやなって思う。
思わず手が伸びてけーちゃんの背中をなでた。
けーちゃんけーちゃん。
お話ししたくないんやったら無理せんでもええんよ。
でもお話ししてくれるんやったらゆっくりでええんよ。
大きなけーちゃんの背中をなでる。
びく、って揺れたそこは少し震えてて俺はあっためる様に何度もなでた。
「けーちゃん。」
「死んじゃったんだ。」
だれが、ってゆうんは聞かんでも分かって。
「ころされちゃったんだ。」
だれに、ってゆうんは聞きたくないなって思った。
やってけーちゃんの目が、声が、背中が、とっても苦しそうで辛そうで悲しそうやったから。
言いたくないってふるえてるから。
ごめんねってけーちゃんの頭を撫でる。
泣かせてごめんねってけーちゃんの頭をだきしめる。
なんにも言わずに俺の背中にまわった腕はおっきいのにたよりなくって、俺は力いっぱいけーちゃんを抱きしめた。
「どうしてなんだろう真樹緒。」
「けーちゃん。」
「俺わかんないよ。」
あれから随分経ったけど、俺全然分かんないよ。
何であいつはねねを殺さなきゃならなかったんだろう。
誰が見たって幸せな二人だったんだ。
それまでは皆で笑ってたんだ。
なのにあいつは変わっちまって。
「けーちゃん…」
さくらが悲しそうに飛んでくる。
けーちゃんを慰める様に飛んでくる。
その桜のむこうでゆめきちがしょんぼりした顔で俺を見上げるからそっと手を伸ばしておいでってけーちゃんと一緒にだきしめた。
「強さが全てだって言うんだ。」
「けーちゃん。」
「弱いものは必要ないって言うんだ。」
だからころしたんだって言うんだ。
自分の弱味になるくらいならって、当たり前の様に言うんだ。
「俺はそんな事考えた事も無かった。」
「けーちゃん。」
「俺は、俺なら、そういう弱いのとか全部ひっくるめて、守ってやりたいなって思うんだ。」
俺の手が届くなら。
届かない所もあるだろうけど届くなら。
俺、全部全部、大事なものを守っていきたいんだ。
それが強ささって思うんだ。
ねえ、真樹緒。
俺間違ってんのかな。
けーちゃんの腕に力がこもる。
ぴったり抱きよせられて少し息がつまった。
お顔がみえやんけどけーちゃんの声はふるえてて、少しかすれてて。
本当はちゃんと目を合わせて大丈夫やでってゆうてあげたいんやけどそれができやんから俺もふわふわなけーちゃんの頭をぎゅっとだきしめた。
じんわりけーちゃんの気持ちが流れこんでくる。
目の奥が熱くなった。
「けーちゃんは、優しいねえ。」
「…真樹緒、」
とっても優しいねえ。
けーちゃんが優しくって、俺、胸がくるしくなる。
「なあ、けーちゃん。」
「…うん?」
「ねねさんは、分かってたんかもしれやんよ。」
「…真樹緒…?」
ゆっくり顔を上げたけーちゃんとやっと目が合った。
ちょっと赤くなった目元を撫でて、ちゃんと俺をみてくれてる事に安心する。
あのねけーちゃん。
俺は今けーちゃんから聞いた事しか知らんけどね。
あのね。
「ねねさんはお友達の事、大好きやったんやろう?」
「ああ…そりゃあ、もう…ほんと…ばかみたいに分かりやすくって…あいつ、」
「やからね、俺、ねねさん分かってたかもしれやんなって。」
何を。
けーちゃんの目がゆれるから、ぜんぶ。って俺も目で。
じんわりにじみだしてしまったけーちゃんのそれをごめんねってそおっと撫でる。
何にも知らん俺が勝手な事ゆうてごめんね。
けーちゃんに何にもお返事できやんくってごめんね。
指でそっと伝えたらけーちゃんの顔がくしゃくしゃにゆがんでおっきな手が俺の肩をぎゅうぎゅう掴んだ。
「だったら!だったら…!」
尚の事何で!
知っていたなら別の方法だって探せたはずだろ!
俺はそんなの信じない!
「…ごめんねけーちゃん。」
けーちゃんを悲しませたいわけやなかったんやけど。
けーちゃんを追い詰めたいわけやなかったんやけど。
けーちゃんのお話きいてたら、その、お友達もきっと、辛かったんとちがうかなって。
「大事な大事な大好きな人を、そうするしかなかった、なんて悲しい理由のせいにしたり」
「だったら殺す必要なんて無かった!」
ねねが死ぬ必要なんて絶対に無かった!
けーちゃんが叫ぶ。
せつないぐらいの声で叫ぶ。
その瞬間俺らのまわりにあったあったかい風がすごい勢いで弾けて消えた。
さくらが冷たい雪に変わって。
あったかい風に氷がまじる。
吐く息が少し白くなって、俺は我慢できやんくってけーちゃんに手を伸ばした。
でも、だきしめようって思ったその手はけーちゃんに掴まれてる腕のせいでけーちゃんに届かんくって、俺の心臓がぎゅうぎゅう締め付けられる。
けーちゃん、けーちゃん、けーちゃん。
けいじ君。
名前を呼んでもお返事は貰えやんかった。
けーちゃんはぴくりとも動かんかった。
それから、けーちゃんは俺が何を聞いても何をゆうてもお話してくれやんかった。
ゆめきちが声をかけても、その頭を撫でるだけで声が聞こえやんかった。
俺の横を立ち上がると、「少し頭を冷やしてくるよ」って悲しそうに笑ってお庭の方に歩いて行った。
俺はそんなけーちゃんの背中を見てる事しかできやんかった。
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長いのでちょっとここで。
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