今日は朝から本当について無い日だった。
久しぶりに立ち寄った謙信の屋敷でかすがちゃんに「今日は客人が来るからお前の相手をしている暇は無い!帰れ!」って挨拶もそこそこに追い出されて。
客人が来るならしょうがないかって城下の店を冷やかして歩いていたら綺麗なお姉さんがほとほと困った顔で俯いているものだから声をかけてみた。
そしたらすぐ近くの旅籠から出て来た連れの男に因縁をつけられて絡まれて。
「まあまあお兄さんそんな怖い顔しないで。」
自分が優男だという事は自覚しているから、それに見合った笑顔を貼りつけてうまく切り抜けたけれどその隙に俺の相棒が行方不明になった。
さっきまで肩の上にいたのにと慌てて町を駆けまわって、やっとの思いで見つけた相棒は誰だか知らない男の子の頭の上に乗っていて、俺が呼んでも気がつきやしない。
無事に見つかって安心はしたけれど相棒のそっけない態度が悔しくて夢吉を乗せている男の子を捕まえた。
「ねえあんた。」
そりゃあ俺だって初対面の奴に、それも自分より年下の子に声を荒げるなんて事はしないよ。
いつも見たいに気さくに、馴染みの奴らに声をかける様に軽くその子を呼びとめたっていうのにどうしてだか逃げられて。
それはもう全力疾走ってああいうのを言うんだなっていうぐらいの勢いで逃げられて。
思わず差し出した手をそのままに体が固まってしまったのは一応刀を持つ武人としてあるまじき事だった自覚はある。
はっと気がついたのはその子の背中が大通りに消えて行く寸前で、俺は思い切りそれを追いかけた。
男の子は人と人の間をちょこまかと器用にすりぬけて行く。
そんな男の子に普通よりは体格のいい俺が追いつくのは難しく、一向に縮まらない距離に業を煮やして刀を抜いた。
本気で斬りかかろうと思った訳じゃない。
風の力であの足を止める事ができたらと、そんな単純な考えだったんだ。
けれど刀を抜いた瞬間。
風を体に纏わせた瞬間。
尋常じゃない衝撃が俺の刀を襲う。
軽く薙ぐだけのはずだった刀は右手ごとぐらりと体勢を崩した。
目の前には目に殺気を灯した男。
背中から首に寒気が走る。
あ、と声を漏らす前に腹に衝撃。
背中から地面に倒れて気がついた時には自分の首の真横に刀がささってあった。
俺は!
俺の相棒を!
追いかけてただけだってのに!
見ず知らずの男に首を狙われて!
これをついてないって言わないで何て言うってんだい!
「けーちゃんけーちゃん、どうしたんお焼き食べる?」
そんな頭かかえちゃって。
お腹すいた?
お焼きあるよ。
ぬん。
これね、おシゲちゃんが買ってきてくれたあんこのお焼き。
まだあつあつでおいしいんやで。
ゆめきちにもあげてんけど、けーちゃんもどうぞー。
お焼きどうぞー。
皆で一緒に食べよー。
「なら俺のを半分あげるよ真樹緒。」
ほら。
残りの半分だったら足りないでしょう?
お猿君にもあげたんだし、おシゲちゃんのお焼き半分お食べ。
「ええの?」
おシゲちゃんのお焼きが減ってしまうよ?
せっかく買ってきてくれたのに。
「(…………すっ)」
「風魔?」
「こーちゃん?」
「(……ぱかり)」
「うん?くれるの?」
「(こくり)」
「こーちゃんやさしい…!」
ぬんみて!
見てけーちゃん!
こーちゃんを見て!
さすが俺のお嫁さんやと思わないあのきくばりじょうずなこーちゃんしっかり見て目にやきつけて…!
こーちゃんがおシゲちゃんにお焼きをはんぶんこ…!
いいこ!
ちょういいこ!
「……そーだね…」
「ぬ?けーちゃんどうしたん?」
夢吉と一緒に俺から逃げていた子は真樹緒という名で、奥州からやってきた謙信のお客人らしい。
ふわふわな栗色の髪の毛と、きょろりと大きい愛嬌のある目。
背はとてもちいさくて俺の肩には頭も届いていない。
武人にはおよそ見えない華奢な体で無口な忍を連れている。
(この忍が伝説の忍だっていうのがまた驚きだ。)
真樹緒の話す訛りは京のそれとは違うけれど、舌ったらずで柔らかくて聞いていて耳触りが良かった。
追いかけっこをしている時には見る事ができなかったけれどとても人懐こい顔で笑う。
さっきまで物凄い速さで俺から逃げていたっていうのに、今では「けーちゃんけーちゃん」と俺を呼んで笑う。
いや、まあ、悪い気はしないようん。
俺の誤解が解けたのは、夢吉が真樹緒の頭から下りて俺の腹の上に戻って来てからだった。
きいきいと俺の為に懸命に真樹緒に何かを伝えてる夢吉と、少し冷静になってうんうんとそんな夢吉の声を真剣に聞く真樹緒。
「おシゲちゃん」の刀はまだ俺の首の横にあって冷や汗は流れたまんだったけれど、突然「おシゲちゃん!この人けーちゃんやって!」と叫んだ真樹緒の一声でその刀はいとも簡単に俺の首から外された。
「けーちゃんってゆめきちの探してた人なん。」
悪い人やないんよおシゲちゃん。
刀はずしてあげて。
けーちゃん前田慶次ってゆうん。
謙信様のお友達らしいよ。
「…前田…?」
「ぬ?」
おシゲちゃん知ってるん?
けーちゃんの事。
「前田慶次…前田の風来坊…、」
「ふうらい?ぼう?」
なにそれ。
お坊さん?
「、前田慶次。そう、あんたが前田の。」
何だ、それならそうと初めっから言ってくれればよかったのに。
刀抜いちゃったじゃない。
身元がはっきりしてるなら早く言いなよね。
「ねー真樹緒。」
「ぬ?ねー?」
「言わせてくれなかったのはどこのどいつだい…!」
真樹緒もそんな簡単に流されないでよ!
俺何度も待ってって言ったよね!
もぐもぐとお焼きを食べる真樹緒を恨めしげに見下ろせば、頬を栗鼠みたいに膨らませた真樹緒と目があった。
「やあ、やって突然おいかけらたんやもんー。」
もぐもぐ。
俺ゆめきちを守るのにひっしで。
もぐもぐ。
けーちゃんの声とか聞こえて無かったってゆうか。
もぐもぐ。
ごめんねーけーちゃん。
もぐもぐもぐもぐ。
お焼きおいしいね!
「…ついてるよ真樹緒。」
そうだね、なんて返事をしながら真樹緒に貰ったお焼きにかぶりつく。
ああ甘い。
そんでもっておいしい。
それからどうやって食べたらそんなところにつくのか分からないおでこの餡子をそっと取ってやる。
「あんこ?」
「餡子。」
おでこについてたよ。
何てとこにつけてんだい。
ありがとうけーちゃん!
どういたしまして。
満面の笑顔で見上げられて、なんだかなあ。
さっきまで俺結構腹が立ってたはずなんだけど。
「あ、ねえねえおシゲちゃん。」
「うん?」
「ふうらいぼうって何。」
おぼうさん?
風来っていうお坊さん?
俺気になってお焼き食べられへん。
「一つの場所に留まってない人っていう意味だよ。」
「旅する人と一緒?」
「うーん、目的があるか無いかじゃない?」
厳密にはそう簡単にも言いきれないんだろうけど。
ふらふらふらふら、地に足がついてない奴の事だよね。
良かれ悪かれ。
「ぬ?」
ちらりと流される目がちくりと刺さる。
「参ったな。」
中々痛いところをついてくれる、と思ったのと同時に食えないお人だと思った。
伊達成実さんは真樹緒と同じ謙信のお客人だ。
最近の情勢なんてのは風来坊の俺には分からないけど、二人の雰囲気から見るに話しは友好的なものなんだろう。
そう言えば同盟を組むとかそんな話しをしていたかもしれない。
伊達政宗の治める奥州と、武田信玄の治める甲斐と。
あの時は眠くて眠くて話半分にしか聞いていなかったけれど。
残りのお焼きを口の中に放りこんでぐんと伸びをする。
謙信の屋敷が見えて来た。
今日は二回目だ。
「謙信様とお友達なんやったらけーちゃんも行こう!」なんて目をきらきらした真樹緒に背中を押されてついて来たはいいけれど、忙しそうに動いていたかすがちゃんにどんな顔をされるやら。
ほら、美人が怒ると怖いんだよ。
まつねえちゃんといいかすがちゃんといい。
「じゃあ、俺はかすがちゃんに見つからない内に退散するよ!」
「え?けーちゃん行ってしまうん?」
「お客人の邪魔はできないからね。」
「ええー。」
俺もうちょっとけーちゃんともゆめきちともお話したい。
そんな可愛い事を言ってくれる真樹緒が頬を膨らませて俺を見上げて来る。
笑いながらごめんよなんて小さな頭を撫でて。
「いいじゃない一緒にくれば。」
「!おシゲちゃん!」
「えええ?」
「ご友人なんでしょう。」
ついでに俺と上杉殿が話している間、真樹緒の相手をしててくれるとありがたいんだけど。
ほら、真樹緒もお目通りさせていただくんだけどそれは肩苦しいお話の後だからさ。
それまで風魔と二人にさせてしまうし。
別に二人っきりでもいいんだけど、ほっといたらどこかに行きかねないし。
「おシゲちゃん!俺もこーちゃんもよそさまのおうちでそんな事せえへんよ!」
「(こくこく!)」
「よそさまのお国で着いた先から迷子になった子達が言うんじゃないの。」
ちっともじっとしてないんだから。
「ぬん…!」
「(…!)」
呆れた様なため息を吐いて成実さんが真樹緒を小突く。
ついでに伝説の忍の頭も小突く。
風来坊の言う事ちゃんと聞くんだよ、なんて言いながら門をくぐって。
「お待ちしていた伊達の使者殿!出迎えが遅くなって申し訳な、い…」
くぐった先にはかすがちゃんがいて。
忍び装束じゃないかすがちゃんが焦った風で立っていて。
「ぬーん!かすがちゃん!」
「なっ、お前!真樹緒!?どうしてここに…!」
「かーすーがーちゃああああん!」
会いたかった!
会いたかったでかすがちゃん!
俺真樹緒!
会いにきたよ!
「っこら馬鹿が!飛びつくな…!」
お前!
無事なら無事となぜ一報寄越さない!
私がどれだけ心配したか!
言いたい事が山ほどあるぞ真樹緒…!
うわああああんごめんなさいー!
―――
――――
「え……あ?…知り合い?」
「ふふふちょっとね。」
詳しい話は真樹緒から聞くといいよ。
きっと面白いものが聞けるから。
ああ多分凄く長い話しになると思うけど。
かすがちゃんと真樹緒が二人してくっついてるのを他所に、俺が呆気に取られているのを他所に、成実さんが楽しげに笑った。
------------
という事で誤解が解けました!
解けたものの慶次君がフツメンですみません。
特にチャラくもなければテンションが高くも無く普通の人ですみません私まだ慶次君つかめてませんどうしましょう…!
ニルの慶次君はちょっとネガティブかもしれません。
表面は明るいんだけれど、実はごちゃごちゃと色々面倒くさい感じで物事を考えてる人仕様です。
過去の事や自分の性格や立場なんかを色々客観的にとらえちゃって一線引いちゃって遠慮してる感じ。
人の迷惑になるのが嫌いな感じ。
風来坊でいる事にもちょっと負い目感じている感じ。
でもかといって暗いという事は無いのですが!
今はまだキネマ主達に自分を見せたりはしていないですが、徐々にキネマ主に表面をはがされていったらいいな。
今回中途半端な感じで切れてしまいましたが次回はキネマ主と慶次君がメインです。
むかしばなしや自分のお話とかをして「秀吉に会いに行こう!」になるように頑張ります。
ではでは。
最後までご覧下さってありがとうございました!
←book top
←キネマ目次
←top