寝起きのおシゲちゃんが爆弾はつげんした衝撃の事実におもいっきり叫んだお昼下がり。
政宗様ちかちゃん対明智の光秀さん元就様の勝負も一応決まって。でも何だか二回戦が始まりそうやった政宗様らをちょっと待って!って止めて。俺は俺とむさし君だけに知らされてへんかったっぽいその衝撃の事実についてお膝をつきあわせてちかちゃんらと家族会議してます真樹緒ですこんにちは!


ぬん。
ちょっと長いけど一息でこんにちは!
真樹緒ですこんにちは!
俺が怒ってるってゆうんが伝わってると嬉しいわ!


「ちかちゃんこれどういう事!」
「あー…言ってなかったっけかア?」
「聞いてへんよ俺!」


もう!
なんでそんな大事な事、今まで忘れてるん!
当日やで今日!


膝をパァン!って叩いてちかちゃんを睨む。
もう!笑いながらおちょこ傾けてる場合やないねんで!
しまったなぁって顔してる場合やないねんで!


あの後、びっくりした俺にびっくりしたおシゲちゃんはしばらく指をお口にあてて何かを考えた後、ちゃんとお話ししなさいねって俺とちかちゃん、元就様にむさし君、それから明智の光秀さんを富嶽まで送り出してくれた。
たくさん話さなきゃいけない事があるでしょって。
俺達には分かってあげられない色んなものがここにつまってるんでしょって、俺の胸のあたりをとん、ってして。
俺がちょっとお返事につまってるすきに俺の背中をくるって回しておシゲちゃんは「じゃあね」って手を振った。
遅くならない内に帰って来るんだよって、なんでもない風で手を振って見送ってくれた。
それこそちょっと裏のお山に遊びに行くのを見送る様なふんいきで。
あんまりにも普通なもんやから逆に俺があわててしまったん。
あわてて振り返った肩越しに見えた、ふんわり笑うおシゲちゃんがとっても優しく俺を見てて、実は胸の奥がぎゅうってなったんはないしょ。
なんでか泣いてしまいそうやったから。
ぎゅうってなった胸をそおっと撫でて、俺はおシゲちゃんに手を振った。


「もう…」


そろそろ時刻は夕方で、お空は綺麗なオレンジ色。
オレンジになったらすぐに薄紫色になってお日さまが沈んでしまう。
今晩奥州を出るってゆうんやったらそんなにお話する時間無いやんか。
俺はもう悔しくって腹が立ってほっぺた膨らましながらちかちゃんを見た。
そしたらちかちゃんおシゲちゃんが渡してくれたお酒をおちょこに入れて笑ってるん。


おちょこ。
ほら俺が薩摩のお国でおみやげに買って来たおちょこ。
さつま切子の。


ほんとはもっと早く渡したかったけどタイミングが無くって奥州に帰って来てからわたしたん。
やあもちろん政宗様らにも渡したよ。
ありがとな!って笑ってたちかちゃんやけど、せっかくやからこれで飲むかって紫色のおちょこを箱から出したん。
そのおちょこ使ってくれるんは嬉しいけど。
けど。
なんかよけいにこれが最後のおわかれっぽくてなんか。
ぬん、なんか。


「随分長居しちまったからなァ。」
「…三日もたってへんよ。」
「鬼はこれでも国主ですから長く国をあけてはいられないのですよ。」
「明智の光秀さん…」


ちかちゃんのお隣、窓の近くでやっぱりお酒を傾けながら明智の光秀さんが言う。
さらさらって流れる銀色の髪の毛を耳にかけながら明智の光秀さんが言う。
良い酒ですね、なんてそんなお話したいん違うんおれ。


「勿論、毛利も。」
「ぬん…、」


明智の光秀さんのおちょこは奥州のお城にあるやつで。
俺が選らんだ焼き物のおちょこ。
切子やなくって黒くてちょっとずっしり感のあるそれは明智の光秀さんの白い手で持ったらすごく映えるん。
ほら、明智の光秀さんはおみやげ買う時いっしょにおったから。
切子は買ってへんの。
それはむさし君も元就様もやけど、こんな気持ちになるんやったらやっぱり皆おそろいで買っといたらよかったな。
元就様は緑で、明智の光秀さんはちかちゃんよりもちょっと薄い紫で、むさし君は赤。
ゆっきーよりもちょっと激しめの赤。
皆おそろいのん持ってたらなんかちょっと特別な感じもするのに。


そんな事考えてやっぱりしょんぼりして明智の光秀さんを見てた目を自分のお膝に落とす。
ぎゅってにぎった手が白い。
皺だらけの着物を睨んで小さい小さい声でつぶやいた。


「それは、分かってるけど。」


なんでえ今日まで教えてくれへんかったん。
もうちょっと早く教えてくれてたら気持ちも違ってたかもしれやんのに。
急にそんな事ゆわれて俺、怒ってるよ。


「本来ならそなたに告げず奥州を出る手筈であったからな。」


小僧は無理矢理にでも船へ乗せて。


「毛利!」


こらテメェ!それは黙ってろって言っただろうがよ!


元就様がちらって俺を見た。
目が合って、俺が目を丸くしたのを見て、ちょっともうしわけなさそうに笑う。
「悪かった」元就様の口が小さく動いて俺はどうにも言い返せやんくって。
何でないしょにしてたんか分からんくって。
やっぱり悔しくって。


「っよけいにひどい!」


喉がつまるのを我慢して叫んだ。
目の奥が熱くってじんわりしてがまんするのに目をぎゅってつむりながら叫んだ。


ひどいひどい。
そっちの方がひどい。
俺の知らんうちに皆おらんようになるんとかそれ一番ひどい!


じろってちかちゃんを睨む。
明智の光秀さんも睨む。
元就様は、ぬん、あやまってくれたけど、でもやっぱり悲しくってもう一回睨む。
もう目から涙があふれてくるし、喉の奥はきりきりするし、俺の顔はぼろぼろ。


「…泣くんじゃありませんよ。」
「やって、やって…明智の光秀さん。」


誰のせいやとおもってるん。
俺がこんなにぐちゃぐちゃなん誰のせいやとおもってるん。
俺をほって行こうとする明智の光秀さんやちかちゃんらのせいやんか。
ひどい。
あけちのみつひでさんもちかちゃんももとなりさまもひどい。


「…本当に、ばかな子ですねえ…」


私達の気も知らないで。


「え……?」


背中がふいにあったかくなる。
後ろから腕が伸びてきてぎゅうってそれに包まれた。
やんわり、でもしっかり腕の中に閉じ込められて俺は涙がひっこんでしまう。
首元にさらさら触れる髪の毛がくすぐったい。
ちょうど肩のところにおでこがこつんってあたって顔は見えやんかったんやけど、ぬん、これは。


これは。


「明智の光秀さん…?」
「真樹緒。」
「…、」
「真樹緒。」
「はい。」
「私達はね、敵なんですよ。」


どんなに慣れ合おうと、どんなに馬鹿騒ぎをしようと、私達は敵なんです。
相容れない、相容れてはならない者なのです。
すり、って明智の光秀さんがおでこを俺の肩によせる。
俺は振り向いてちゃんとお顔を見たかったけど、意外に強くぎゅっとしてる明智の光秀さんの腕でできやんくって、ちょっとだけ見えてる明智の光秀さんの頭を撫でた。
柔らかくて綺麗な銀髪がさらさらする。


「明智の、」
「真樹緒。」
「、…はい。」
「私はあなたを置いて行くのが心配でなりません。」


無茶をしやしないか。
一人でおろおろと迷ってやしないか。
泣いてやしないか。
心配で不安でしょうがない。
だからこそ守って慈しんで囲っていたくなる。


「こうやって、いつまでも腕に抱いていたくなる。」


その腕の中がぬるま湯の様に曖昧で、不確かで、安全とは言い難いものだとしても。
それは私の役目ではないと分かっていても。


「なぁ、真樹緒。」
「…なあにちかちゃん。」
「明智はな、名残が残ってしょうがねェんだと。」
「鬼。」
「お前と離れ難くてしょうがねェんだと。」
「鬼。」
「このまま傍にいちゃァ、どうにもこうにもお前を連れ去ってしまいそうなんだと。」
「っ鬼…!」


お黙りなさいよ鬼!
その首切り落としますよ!


明智の光秀さんが懐から小さい刀を出してちかちゃんに投げつけた。
投げられたちかちゃんはそんなのへでもない風にその刀を受け止める。
俺はびっくりして顔を上げて。
その時見えた明智の光秀さんと目とめがぱちり。
ばつが悪そうに眉間にしわを寄せる明智の光秀さんがすって俺から視線を逸らした。


「顔を見ぬうちに船を出すと決めたのはな、」
「元就様…」
「己が後ろ髪を引かれぬための最後の手段よ。」


結局己の情に耐えられん母のな。


「毛利。」
「事実であろう。」


その様な顔をして言い訳は無駄ぞ。
正面から別れも出来ぬ臆病者が。


「っ、」
「責めるつもりは無い。」


それに乗った我らも同罪よ。
真樹緒と離れ難いのは我らも同じ故な。


「だが理由はそれだけではあらぬぞ。」
「元就様…」
「よく聞け真樹緒。」
「…はい。」
「先に明智が言うた様に奥州は敵国。」


本来ならば四国中国を領地に持つ我らが確かな手続きも無しに国へ入る事は許されん。
こうやって歓待された事が例外よ。
事が公になるのもいただけん。
憶測は憶測を呼ぶ。
奥州に変な謂れをつけられ兼ねんからな。


「更に明智はお尋ね者。」
「あ…」
「魔王の首を狙った謀反者がおれば、魔王に名分を与えよう。」
「名分…?」
「謀反者を匿う奥州を落とせ、と大々的に理由をつけて攻撃ができるという事ですよ。」
「我らが早くに発つに越したことは無い。」


元から何も無かったように。
痕跡など僅かも残さず。
そなたの目が覚める前に消えれば我らは夢うつつの幻となろう。


元就様がまっすぐな目で俺を見る。
元就様のことばがぐっさりと胸にささる。
理由はちょっと分かった気もするけど。
でも分かった気がするだけで、全然全く俺は納得なんかしてへんくって。


「ちかちゃんも明智の光秀さんも元就様もむさし君も、夢でもないしまぼろしでもないもん。」
「……ああ、その通りよ。」


悪かったって元就様が俺の頭を撫でる。
そなたが知れば泣くだろうと分かっていたのに、って目の端にたまってた涙を拭いてくれる。


「私には本懐があるんですよ。」


信長公の首を取るという本懐が。


「え…?」
「いつまでもあなたの母ではいられないんです。」


その母という名目は温かくとても魅惑的に私を誘うけれども。
このままいっそその居心地の良い名に流れてしまえと思わぬ事は無いけれども。
私は明智光秀。
私には私の求める道がある。


「…けれど、何も言わずに去ろうとした私は卑怯でした。」


泣かないで下さい真樹緒。
私はあなたの涙に弱い。


「あけちのみつひでさん…」


申し訳ありません、って明智の光秀さんが小さい声で呟いた。
耳元で言われてやっと聞こえる声は俺をぎゅってしてくれてる明智の光秀さんからはちゃんと聞こえて。


「…俺、みんなとさよならするのはとっても悲しいけど。」
「はい。」
「さよならせんとさよならするんはもっと悲しい。」
「…はい。」
「なあ、明智の光秀さん。」


すり、って明智の光秀さんに頭をすりつけたらどうしましたって明智の光秀さんがぎゅって抱きしめてくれる。
あのね、俺ね、明智の光秀さんのやりたいことを止めるつもりは無いんやけどね、止めるけんりも無いんやけどね、ただね。
はい、はい、何です。
優しい声は言いにくそうにもごもごしてる俺を仕方なさそうにあやして笑う。


「あのね。」
「はい。」
「しんぱい。」


明智の光秀さん危ない事するんやろう。
せっかく怪我が治って来たってゆうのにおかまいなしにそののぶながさんとこ行くんやろう。
一人でいってしまうんやろう。
俺ね、明智の光秀さんが奥州におれやんってゆうんはわかったよ。
元就様やちかちゃんらとも、ばいばいしやなあかんっていうのもわかった。
明智の光秀さんのほんかいも、俺、わかってるつもり。
そのほんかいが俺が口だししたらあかんもんやってゆうんも知ってる。
でも俺の知らんところで明智の光秀さんが危ない目にあってるんちがうかなって思ったらすごくしんぱい。


「真樹緒…」
「明智の光秀さんは明智の光秀さんやけど、やっぱり近江のお母さんなん。」


俺をずっとずっと守ってくれてたお母さんなん。
ずっとずっとそばにおってくれたお母さんなん。
俺をしかってくれたお母さんなん。
明智の光秀さんがそんな事ゆうたら、このままもうずっと会えやんようになるんちがうかって、不安になる。


「やからお母さんでおってほしいん。」


明智の光秀さんは明智の光秀さんやけど、近江のお母さんやってゆうのも忘れやんといて欲しいん。
たまに、ほんまにたまにでいいから思い出して欲しいん。


「そしたら明智の光秀さん、俺の事も思い出してくれるやろう。」


じっと明智の光秀さんを見る。
目を見開いて動けへん明智の光秀さんを見る。
俺本気なんよって気持ちをいっぱい込めて。




「おかみは真樹緒のことかんがえてたらしねねーもんな。」




……
………




ぬ…?




ぬん?
あれ?




「むさし君?」
「おう。」


あれむさし君。
ぬんむさし君。
やあどうしたん急にむさし君。


そういえば静かやなって思ってたけど俺。
実は一緒に怒ってほしかったのになんてゆうかむさし君静かやなって思ってたけどどうしたんこのタイミングで俺ちょっとびっくりやでむさし君…!
今、俺と明智の光秀さんがとってもいいふんいきやったんやけど。
俺の気持ちを明智の光秀さんにせいいっぱい伝えてる場面やったんやけど。
ちょっとまたぐすって鼻がつんってしてたんやけど。
何かそういうん全部ふっとんでいったんやけど…!

  

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