「初めはね、甲斐に行ったん。」
口いっぱいに団子を頬張りながら真樹緒が言った。
ほんまは直接政宗様のところに行ってもよかったんやけど、もぐ。
やっぱりゆっきーやさっちゃんやおやかた様にもまた会いたかったから、もぐもぐ。
お邪魔したん、ごくん。
そこでね、おそばいただいてね、とってもおいしかったよ!
その蕎麦の味でも思い出したのか、ふにゃりと笑いながら真樹緒が俺を見上げる。
山菜が入っててね、あつあつでね、なんて笑う真樹緒にあれだけお説教をしたにも関わらずまだ足りなかったかと思わずため息を吐いた。
懲りて無い。
この子全く懲りて無い。
「ぬん?おシゲちゃんどうしたん?」
「…何にも無いよ。」
ほらお茶。
「ありがとう!」
どういたしまして、なんてやるせなく返事をしてまたため息が出る。
甲斐に行った真樹緒はそのまま梵のいる戦場に向かい、明智光秀の手に落ちた。
腹を斬られ俘虜としてたった一人で死神の手に落ちた。
明智光秀は狂気だ。
理性と知性を持ったひどく冷たい狂気だ。
そんな男の手の中に真樹緒はたった一人で落ちて行った。
じわりと染みて来る嫌悪に目を細めた。
考えるだけで吐き気がする。
苛々する。
それだけでも腸が煮え繰り返るって言うのに、その死神がいつの間にか近江のお母さんなんてものになっていて、俺はまた焦れる訳だけれど。
何そのじょぶちぇんじ。
死神じゃなかったの。
真樹緒の腹を斬ったんじゃなかったの。
それにつけては俺一生許すつもりはないからね。
「不本意なのは私ですよ。」
妙な謂れをつけないで下さいね。
私を母などと呼ぶのは真樹緒だけですよ。
「…まだ何も言ってないでしょう。」
真樹緒の隣に座る近江のお母さんがちらりと俺を見た。
短くなった髪を揺らして「こんな手のかかる子を産んだ覚えはありません」なんて。
表情とは裏腹に声色はどこか機嫌が良くて気に喰わない。
満更でも無い癖に。
ふん、と鼻を鳴らして目線を逸らす。
庭では梵と西海の鬼が手合わせなんてのを始めていた。
毛利が呆れたようにそれを眺めている。
ちょっと毛利その石、梵の父上が特別に買い付けた青石なんだけど座るの止めて。
いくらしたと思ってるのそれ尻に敷いて良い石じゃないんだよ。
「政宗様!ちかちゃん!がんばってー!」
「あア!?おめぇ真樹緒どっちの味方だこらァ!」
「Ha!俺に決まってんだろYou see!」
「梵!西海!庭木、庭石一つでも傷つけたら許さないからね!」
明智光秀の謀反のとばっちりを受けた真樹緒が幸運にも四国へ行く事が出来た経緯は甲斐のお忍び君から聞いてる。
崖から海に落ちたそうだ。
何を馬鹿なと思ったけれど実際に見たお忍び君が言うからそういう事なんだろう。
海に落ちてしまったものはもうどうしようも無い。
どうしようも無いじゃない。
お忍び君が言うんだから落ちたんだよ。
ていうかきっと自分から飛び降りようとか言ったんだよあの子。
そうでも無いと風魔が真樹緒と一緒に落ちるはずが無いんだ。
「流石奥州のお母上でいらっしゃる。」
驚きました。
その通りですよ。
「何、喧嘩売ってるの。」
買うよ。
おかしげに団子を食む明智光秀にじろりと一瞥を返して、やっぱり出るのはため息だ。
海に落ちた真樹緒は案の定、西へ行く船―それが西海の鬼の船だったのは予想外だったけれど―に拾われた。
拾われて四国へ行って、けれどそれから何がどうなって毛利に繋がるのか。
西海の鬼と中国の毛利の因縁はそれはそれは深いと記憶している。
豪儀な西海と冷酷智将な毛利、易々とは相容れない間柄だ。
もう一度庭に目を戻してみた。
青石に腰かけ足を組む毛利は無表情で、何を考えているか分からないけれど時々真樹緒に名を呼ばれてはその度に手を揺らしている。
長曾我部と睨みあうどころか呆れたように梵と長曾我部の手合わせを眺め、やっぱり時々「腑抜けめ。」「それでも四国の鬼か」なんて楽しそうに。
「あのね、元就様をザビー教ってゆうとこへ助けに行ったん。」
「ザビー教?」
「ぬん。」
でっかいロボットとかね、くるっと回る扉とかね、何かかっぱみたいな人とかがいっぱいおるん。
元就様はそこに捕まってるはずやったんけどでもサンデーな元就様でね。
毛利の元就様やなかったん。
俺びっくりしたんやけど、でもちゃんと元にもどってもらわなあかんやん?
やあ、その時は毛利な元就様とサンデーな元就様の違いとか全然分からんかったんやけど。
結構おいてけぼり感がまんさいやったんけど。
ぬん、むさし君がサンデーな元就様をやっつけて元就様は毛利の元就様に戻ったん。
大変やったけど無事に元就様をお助けする事が出来たんやで!
「俺らすっごい頑張った!」
……
………
「…近江のお母さん。」
ねえちょっと近江のお母さん。
どういう意味なのこれ。
何か誇らしげに俺を見上げて来るんだけど真樹緒。
真樹緒の言ってる事も訳が分からなけりゃ、誇らしげな意味も分からないよ可愛いけどさ。
そりゃあ真樹緒は可愛いけどさ。
「実際にすっごい頑張ったのは私と鬼と忍ですよ。」
言う事を聞かない真樹緒と坊やの面倒を見ながら、時に叱りつけながら目的を完遂したのは私と鬼と忍です。
全くあの子達ときたら人の話を一つも聞かないで。
行動力だけは人一倍なんですよ。
再三言い聞かせても一瞬目を離した隙に敵地に乗り込んで行くんですよ丸腰で。
丸腰で。
何度私の肝を冷やせば気が済むのか。
「ああ、けれどそのザビー教とやらに己の思想を奪われた毛利の目を覚まさせたのは確かに坊やです。」
ねぇ真樹緒。
ぬ?
、餡がこぼれていますよ。
あれやあ、ありがとう明智の光秀さん!
真樹緒の口についた餡子を指で拭って明智光秀が言う。
ちょっとその餡子俺が取ろうと思ったのに、なんて眉が寄るのは仕方が無い。
「目を覚ますとか意味が分からないんだけれど。」
毛利な元就様とさんでーな元就様は別なの何で。
坊やってあの櫂を持った坊やの事でしょう、あの子一体何者なのさ。
「ぬ?むさし君はむさし君やで?」
元就様も元就様やけど、ザビー教でちょっぴり洗脳されてたみたい。
目覚めたら全然サンデーな元就様の事は覚えてへんかったもん。
でも俺それでもええと思うん。
しょっぱい思い出は無理に思い出さんでもええん違うかなって思って、俺もそれ以上はサンデーな元就様の事は言わんかったん。
「やからおシゲちゃんも内緒にしててね。」
「はいはい、分かったから口ちゃんと拭きなさい。」
さっき近江のお母さんに餡子とって貰ったんじゃないの。
みたらしより食べやすいのに何であっちこっち餡子つけてるのさ。
「もぐ?」
「毛利が訳ありなのも分かったし、坊やがむさし君なのは分かったけど、そのむさし君はどこの誰さんなの。」
「えーっとー、」
むさし君はほら。
あそこ。
島津のじっちゃんのところでお友達になったん。
「…しま、?」
「島津のじっちゃん。」
島津義弘やっけフルネーム。
島津のじっちゃん。
ノコギリみたいな刀持ったおっきいおじいちゃんやったで!
「っ鬼島津…!?」
「ぬ?島津のじっちゃんやで?」
「島津殿です。」
「ぬん、島津どの!」
いやいやいやいや。
いやいやいやいや。
待って。
ちょっと待って俺頭が追いつかない。
「何で、島津の所に、行ったの。」
「やあ、明智の光秀さんとこーちゃんの武器つくりにね。」
行ったらむさし君に落とし穴に落とされたり、石のつぶて投げられたりしたんやけどね。
第一印象はちょっとあれやったんやけどね。
すぐにうちとけてね。
島津のじっちゃんもがっはっは!って笑っててね。
俺らが元就様をお助けに行くってゆうたら一緒について来てくれたん。
優しいよね!
「…」
……
………
ちょっと。
ちょっと近江のお母さん。
「事実ですので。」
「はあ!?」
「ああ、そう言えば奥州の母上。申し遅れましたが長曾我部と毛利は和平を結びましたよ。」
「何さり気なく話変えてくれてるの斬るよ。」
しれっと湯呑を傾けながら庭を眺める明智光秀に、俺は自分が持っていた湯呑を放り投げた。
当たってしまえばよかったのにこちらを少しも見ずに避けられてしまって癪にさわる。
ち、と舌打ちして睨めば嘘は申しておりませんよとけろりと。
長曾我部と毛利の事情も気にはなるけど鬼島津だよ。
鬼島津がいるのって薩摩でしょうあんなところにまで行ったの信じられない!
しかも島津っていったらこの戦国でも指折りの人格者だよ失礼が無かっただろうね。
ああでも島津のじっちゃんとか言ってる時点であうとだよねあうと。
もう何かむさし君とかどうでもよくなってきた。
あの坊やが何者かなんてもうどうでもよくなってきた。
見た所害はなさそうだし、俺を目の敵にするぐらいには明智光秀や真樹緒に懐いているんだろうしいいよもう。
問題は島津だよあんな高尚な方を相手に何かやらかさなかっただろうねあの子…!
「…その点はご安心を。」
島津も懐が広い方でしたので、真樹緒を可愛がって下さっていましたよ。
「…ああ、そう。」
額を手で覆って、思わず出たのは今日何度目かのため息だ。
ああ、そう。
そうなの。
ふうん。
「…」
「成実殿?」
もう、何だろう。
心配や不安とはまた違ったもやもやが腹の中をぐるぐるしているのは何だろう。
大事な大事な子に何度も大事だと告げているのに伝わっていない様なこの空回り感は何だろう。
いや、伝わってるんだろうけど。
ちゃんと伝わっていて、同じぐらいに大事だと満面の笑みを返して貰っているのだけれど。
「…何その大冒険…」
おシゲちゃんくじけそう…
「心よりご同情申し上げます。」
「やめてアンタから同情なんてされたら俺立ち直れない。」
「おやおや、嫌われたものですね。」
笑いながら明智光秀が俺を見る。
死神をどこに置いて来たのかというくらいのいい顔で笑われて、俺は頭を掻き毟りたくなった。
何この温かく見守られてる感じ。
励まされてる感じ。
俺の方が先に真樹緒のお母さんになったんだよそんな目で見られる謂れは無いんだよ。
頭を抱えたままじろりと睨んでやれば「怖い怖い」とまた笑いながら明智光秀が庭を向いた。
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区切りがここしかなかったのでちょっぴりわけわけ。
すぐに続きまする!
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