「お、おシゲちゃん!何で明智の光秀さんの髪の毛切ってもうたん!」


梵の腕の中から船の甲板に飛び下りて、真樹緒が叫んだ。
明智光秀の背中に隠れて目に涙をためながら真樹緒が叫んだ。
腕を組んで、そんな真樹緒にしらんとした目線を送ってため息を吐く。


「誰の所為だと思ってるの。」


明智の光秀さんがこんな事になったのは誰の所為だと思ってるの。


「…お…おシゲちゃん…?」
「勝手に城を出て行って、勝手に危ない事をして、勝手に怪我を負った真樹緒の所為でしょう。」
「ぬ…、」
「明智の光秀さんの髪の毛が短くなったのは真樹緒の所為だよ。」



何か言い返せる事があったら言ってごらん。



……
………



ぬーん…!



縮こまりながらふるふると震えていた真樹緒が明智光秀にくっついてもっと小さくなった。
見えているのはぴょんと出ているふわふわな髪の毛だけになった。
どれだけ。
どれだけ俺が心配したかなんて知りもしないで明智光秀の背に隠れて出てこない。
俺がどうしてこんなに怒っているのか分かって無いの。
どれだけ泣きたい思いでここにいるか分かって無いの。


「真樹緒。」
「ぬんっ!」
「こっちにおいで。」


明智の光秀さんからさっさと出ておいで。
そんなところにいつまでもいるんじゃないよ。
おシゲちゃんの前に来ておシゲちゃんの目を見て話してごらん。
声だけは静かに、それでも有無を言わさない強さで真樹緒を呼んだ。


真樹緒。
「ううっ…」
「自分でこっちにおいで。」
「お…おシゲちゃん…」


自分のその足で、自分の意思で、俺とお話する気があるならこっちにおいで。

促せば真樹緒が俺をちらりと見て、明智光秀を見上げて、梵を見て。
それから覚悟を決めた様にもう一度俺を見てから足を一歩。
ゆっくりゆっくり近づいてくる。
手を胸の前で組んで少しそわそわしながら歩いて来る。
二歩進んでは立ち止まり、俯いて。
ぎゅっと手を握り締めてまた歩いて来る。
周りはとても静かで、ただただ静かで。
梵や明智光秀、長曾我部と櫂を持った子がそれを見守っていた。


「俺に言う事は。」
「……ごめんなさい。」
聞こえない。
「っごめんなさい…!」


近江に捕えられていた真樹緒はその後魔王の奥方に追い詰められ海へ身を投げたと聞いた。
まだ春先の、冷たい冷たい海の中へ。
ひとつ間違えればその水の冷たさで命を落としていたかもしれない。
考えただけでも手が、体が震えてしまう。


「この馬鹿。」
「ご…ごめん、なさい、」


潮の流れに乗って四国へ流れ着いたのだろうか。
何故長曾我部や毛利の水軍がここにいるのかは分からない。
それでもこの大きな船は真樹緒を梵のもとへ運んでくれた。
全部全部真樹緒が原因なんだろうと思う。
きっとあの子が。この手を離れてもあの子だったからこその結果なのだと思う。
長曾我部を動かしたのも、毛利を動かしたのも。


ねえ、だけど真樹緒。
俺は生きた心地がしなかったよ。


「どれだけ心配をかけたか分かってるの。」
「ごめんなさい…」
聞かれた事に答えな。


分かってるの。


わ…わかって
分かって無い。
「ぬんっ…!」



前の遠征の時みたいな事をしたら許さないって俺言ったよね。



「あ…あう…」



お、俺でも、でも、ぬん。



「何。」
「い、行く時に…おシゲちゃんに、ちゃんと、甲斐へ行くよって、ゆうた…」
言ったからどうなの。
「ぬんっ…!」


言ったら勝手な事してもいいっていうの。
心配をかけてもいいっていうの。


真樹緒が攫われたって文を受け取った時、俺がどんな気持ちだったと思う。
俺だけじゃない。
鬼庭殿だって、城にいる兵たちだってどれほど気が休まらなかったか。
その何が分かるっていうの。
じっと真樹緒を見て静かに言う。


「おれ…う…あ、」
「俺達が心配するって分かっていて出て行ったの。」


言えば真樹緒の大きな目がもっと大きくなって潤んでくる。
今にも溢れそうなそれは暫く震えた後、ぽろりと一つ真樹緒の頬を伝ってこぼれた。


「勝手に城を出ないって約束したよね。」
「あ……おれ、…おれ…」
「俺、嘘つく子は嫌いだよ真樹緒。」
「お、おしげちゃ」
「約束守れない子も嫌い。」


ため息を吐いて真樹緒から視線をふいと逸らす。


呆れた様な梵の顔が見えた。
そんな顔しても俺は引く気が無いからね。
譲る気なんて無いからね。
引きつった顔で俺を見る長曾我部と、今にもこちらに飛びかかろうとしている櫂の子を捕まえる明智光秀も見えた。
お呼びで無いからそのまま大人しくしててくれないかな。
奥州の事情に、他所者に首を突っ込まれたら困るんだよ。



「お…おしげちゃん…」
知らない。
「…ひ、っく…」
泣いたって真樹緒なんか知らない。




「う、う、う、うわああああーん!」




うわああーん!
ごめんなさい!
おシゲちゃんごめんなさいい!


嫌やああ!
いや!
俺の事嫌いになったらいや!
ごめんなさいおシゲちゃんごめんなさいいい!



「お、俺のほうむいて!おシゲちゃん!」


おねがい。
おねがいやからこっちむいて!
そっぽむかんで!
おれ、おれ、おれ…!



「うわああああん!」



ほんまにほんまに、ごめんなさいって思ってるん。
いっぱいいっぱい心配かけたってわかってるん。
政宗様にも、こじゅさんにも、おシゲちゃんにも、鬼さんにも。
おやかた様にもゆっきーにもさっちゃんにも。
かすがちゃんにも。
お城のみんなにも。
たくさんたくさん心配かけたってわかってるん。
俺の事を思ってくれてる人をいっぱい悲しませたってゆうんもわかってるん。


やから。
やから。



「っやから…!」



泣きながら真樹緒が飛びついて来た。
両手を伸ばして、少し躊躇った後ぎゅうと強い力で腰にくっついてきた。
べそべそと声を詰まらせて。
手を震わせて。
少しでも体を動かすといやいやと首を振って腕の力が強くなった。


「真樹緒。」


名前を呼ぶと更に力が籠る。
小さくごめんなさいと呟いた声が聞こえた。


「…真樹緒。」
「ぐすっ…」


泣くぐらいなら、大人しくしていてくれればいいのに。
目の届く所にいてくれればいいのに。
思うけれど、でも、大人しくしている真樹緒なんて想像もつかないのが事実で。


「真樹緒。」


ぎゅうと、同じぐらい強く真樹緒を抱きしめた。
跳ねた肩を閉じ込めるように抱きしめた。
上向いた真樹緒の額に自分のそれを重ねてねえ、と。


「おしげちゃん…」
「真樹緒、俺ね。」


沢山泣いたよ。
真樹緒の事を考えて考えて考えて考え過ぎて。


「いっぱい泣いた。」
「あ…」
「でも泣いても泣いても真樹緒は帰ってこないし。」
「おしげちゃ」
「何で真樹緒がここにいないんだろうって思ったら今度は腹が立ってきて。」


あの時、真樹緒を行かせてしまった自分に。
何も出来ない自分に。
大事だ大事だと言っておきながらどうする事も出来なかった自分が許せなくって。


「…八つ当たりしちゃった。」


ごめんね。


「おしげちゃん…」
「ごめんね。」


真樹緒の頬が濡れる。
俺の目からこれでもかと落ちて来る冷たい雫で。
それをぬぐいながら笑って見せれば真樹緒の顔が歪んで、真樹緒の目からもまた大きな雫が落ちた。


「真樹緒が無事でよかった。」
「おしげちゃん…」
「生きてくれていてよかった。」
「おしげちゃん…」
「もう勝手に俺の前からいなくならないで。」
「おしげちゃん。」
「大好きだよ。」




大事なんだよ。
怖いんだよ。




「おしげちゃん…なあ、おしげちゃん…なかんといて…」


おれ、俺も。
俺もかえって来たかった。
おシゲちゃんに会いたかった。
ごめんなさいってちゃんと言いたかった。


「心配かけてごめんなさいおシゲちゃん。」
「本当にごめんなさいって思ってるの。」
「ぬん。」
「返事。」
「…はい。」


もう一度真樹緒の体を思い切り抱きしめた。
分かったならいいよって思い切り抱きしめた。
真樹緒がそれよりも強い力でくっついてきたから全部受け止めて。
温かい体をかき抱いた。
やっぱり目の奥がつんとして、温かいものが流れて来るのが止まらなかった。



「くくく…」
「…梵、」
「よォ成実、随分男前な顔だな。」
「全くだよこの俺が人前でこんな様なんて。」


目がとろけてしまうんじゃないの俺。
今まで枯れる程泣いたっていうのに、これに果てなんて無いんだねえ。
にやりと笑った梵と目が合った。
肩をすくめながらため息を吐かれて俺も笑う。
すうと思い切り吸い込んだ空気がそれはそれは爽やかで、体中を満たしていった。




「真樹緒、真樹緒。」



真樹緒の背中をとんとん叩く。
お話は終わったよってとんとん叩く。
もう怒って無いから。
泣いても無いから。
顔を上げて。


「…おシゲちゃん。」


俺のお話は終わったけれど、聞きたい事は沢山あるよ。
どうして長曾我部や毛利がここにいるのか。
近江からその先、何があったのか。
あの櫂を持って、俺をこれでもかと睨んでくれている坊やは一体誰なんだとか。
明智の光秀さんがどういった経緯で真樹緒のお母さんなのか。
聞きたい事は山ほどあるよ。


だけどねえ、まずは。


「真樹緒。」
「おシゲちゃん…?」
「ふふ…」
「ぬ?」
「おかえり真樹緒。」


これからなんだけれど。
奥州に戻って皆に無事を報告して。
それから甲斐や北条殿にもお知らせして。
全部これからなんだけれど言わずにはいられない。


「おかえり真樹緒…!」
「ぬん!おシゲちゃんくるしい…!」


俺のところに。
小十郎のところに。
梵のところに。
おかえり真樹緒!


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という事でツンドラおシゲちゃん編でございましたー!
もっと短くなるはずだったのですが、やっぱり字数が増えてしまいましたなんたる。

今回キネマ主は泣いているだけでしたね。
泣くほかありませんでしたね。
あれだけ怒られたらね!もうどうしようもないですよね!

キネマ主は大きな声で怒られるよりも、静かな声で怒られる方が苦手です。
だから今回はとっても堪えたのではないでしょうか。
ほら嫌いとか言われちゃいましたし。
(おシゲちゃん嫌いとか本気では思ってませんけれども!)

おシゲちゃんは今回言いたい事が全部言えた上に今までの心配も無くなったのですっきりしてますすっきり。
今まで一番もだもだしてましたからね!
よかったねおシゲちゃん!

四国家族は実は結構引いていたりします。
奥州のお母さんのツンドラ具合に引いていたりします。
ただむさし君だけはおかみの髪の毛は切られるわ、キネマ主は泣かされるわで、おシゲちゃんにいい印象はありません。

次回は全員勢ぞろいで奥州に向かえたらいいな!
小十郎さんと元就様と小太郎さんも揃って帰還が目標。
もちろん富嶽で連れて行ってもらうよ!

ではでは、ずいぶん久しぶりの更新すみません(汗)
最後までお付き合い下さってありがとうございました!

  

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