おかしいと思ったのはあと一日足らずで奥州領へ入るという頃だった。
鬱蒼と続く森の中、その森を抜ける俺達にねめつける様な視線が絡みつく。
一つでは無い複数のその視線はこちらの様子を始終窺いつつも何を仕掛けるという気配も無い。
不審を露にしたのは小十郎も成実も同じだったが、手を出して来ないならそのまま進めと一蹴した。
ここはまだ出迎えてやるには場所が悪い。


「豊臣でしょうか。」
「だろうな。」
「え、ちょっとこのままだと奥州までついてくるんじゃないの。」


困るんだけど。


成実が面倒臭そうな声で言う。
ああそうだな。
豊臣軍をみすみすうちへ入れてやる謂れはねぇ。
ならどうすると成実に喉を鳴らしてやったら驚いた様に開眼した後、ふんと息を吐いて。


「いいじゃない、お相手したら。」


どうせいつか対峙しなけりゃいけない相手だ。
まさか俺達相手に雑兵だけって事は無いだろうからさ。
竹中半兵衛位はやってきているかもしれない。
豊臣秀吉が直接軍を率いてきてるなら儲けものだ。
潰せるなら今ここで潰しておいた方が手間が省けるしそれに。


「Ah?」
「俺、監視されるの嫌い。」


様子を窺ってるぐらいならさっさと出て来いよって感じ。
およそ最近は見る事の無くなった無情な笑みと据わった目で一瞥された。


「奥州のお母さんの科白とは思えねぇなてめぇ。」


恐れ入るぜ。


「そう?」


俺、お母さんの前に三傑だからさ。
これでも。


互いに笑みを見せたのがsignだった。
小十郎がため息を吐き顔を覆ったのが見えたが構いはしない。
六爪を抜けば自ずと体中に電流が走る。
てめぇら気合い入れていけよと馬を乗り捨て辺りの森を薙ぎ倒した。
それと同時に法螺貝の音が響き其処ら中から豊臣の旗を持った雑兵が飛び出してくる。


やっぱり囲んでやがったか。
ならてめぇらの大将はどこだ。


一際大きな一撃で地面を抉り文字通り吹き飛ばしてやった。
燻る黒煙の中、辺りがしんと静まる。


竹中半兵衛か豊臣秀吉か。
どちらにしても穏やかな話し合いにはならねぇだろう。
右を見れば小十郎が、左を見れば成実が黒煙の先を睨みつけて刀を構えている。
さあ誰が出る。
息を呑めば聞こえて来る足音。




「おやおや、随分なご挨拶だね。」




やってきたのは竹中半兵衛、豊臣の優男だった。。
しなる刀を唸らせて軍師殿は機嫌が良くそれはそれは冷え冷えとした笑みを送ってくれた。
あの様子では追尾がこちらに筒抜けている事も知っていたのだろう食えねぇ男だ。


「Ahァん?てめぇらがこそこそしてるからだろうよ。」
「君達の邪魔をするつもりは無かったよ、政宗君。」
「Ha!白々しいぜ。」
「ふふ…徳川へ行った寄り道さ。」
「何…?」


口角を上げて竹中半兵衛がはっきりと言った。


徳川は織田と国境を共にしている。
それ故に長い間織田と同盟を組んできた。
魔王のおっさんの悪行を徳川がどう思っているか知らないが、易々と動ける立場には無い。
豊臣秀吉の目途は勿論天下だろう。
織田の目を真っ向から受け止め進軍を計画していると聞いた。
武力も兵も十二分に持っている。
その豊臣の軍師がわざわざ徳川へ何の用だ。


「徳川をてめェ等の掌で転がす気か?」
「うまく転がってくれれば楽なんだけれど。」


これが中々、思った様にはいかないみたいだ。


ころころと笑いながら竹中半兵衛が一歩こちらへ踏み出した。
胡散臭いその笑い方が癇に障る。
もう一歩前に出やがったらそれを合図にと刀を握る手に力を込めた。


「助言をね、してきたんだよ。」
「あァ?」
「明智光秀が織田を裏切っただろう?」


彼は長く、それは長く織田に仕えて来た。
そんな人物が織田を裏切り、表向きは平静を保っている織田も内部はやはり騒がしい様でね。
まずは残りの不穏分子を洗い出し粛清に勤しんでいる様だ。
徳川は同盟を組みこそすれ、その志は織田と同じく無い。
彼らの同盟は国と国との緊張を和らげるためだけのものに過ぎない。
それは織田にだって知られているよ。
混乱の渦中にあって君の足元はどれだけ危ういものだろうってね。


「…は、徳川を唆しに行ったのかよアンタ。」
「助言だよ政宗君。」
「この人数を率いてか。」


さぞ徳川は総毛立っただろうよ。


「…織田との同盟を破棄するもよし、蜂起するもよし。」


もちろん織田の下で燻っていてくれるならそれでもいいけれど。
豊臣と手を結ぶというのなら願ったりだ。


「手を結ぶ?傘下に入れるの間違いじゃねぇのか。」
「…それは、彼の返答次第かな。」


僕に待ってあげられる時間はそんなに無いがね。


一歩、竹中半兵衛が足を踏み出した。
それで思った答えが聞けなかったら徳川を潰す手筈か。
てめぇ等の戦力なら容易いんだろうよ。
だからと言って徳川が易々落ちるとは思えねぇがな!
同時に六爪を振りかぶる。
閃光が走った後見えたのは撓りを上げて呻る竹中の刀だった。


「政宗様!」
「梵!」
「てめェ等は雑魚を蹴散らせ!」


静かだった辺りが喧騒に変わる。
地を斬り裂く刀は鞭の様に襲いかかった。
六爪で弾き返し竹中の喉を突く。
帯びる雷電を青白く光らせひと思いに。
食らいついてやろうと払った刀は寸での所でいなされ鞭の様なそれに絡め取られた。
刀が擦れる鈍い音が響く。
みしり、と手の中で刀が鳴いた。
洒落臭い。
龍の爪がそんなもので折れるものか。


「手癖が悪ィな。」
「お互い様だよ。」


君のそれは六本もあってとても厄介だ。


皮肉げに笑みを漏らす竹中を見据えく、と同じ様に笑ってやる。
そして思い切り刀を薙ぎいた。
ぶわりと震える大気に雷光を乗せて。



「DEATH FANG!」



避けれると思うなよ?
そんな甘いもんじゃねぇぜ。


「っ…!」


竹中の体が浮いた。
逃がすはずも無くその背を追う。
もとより力じゃ役不足だ。
さぞ頭の切れる軍師殿かもしれねぇが、この独眼竜競り負ける気はねぇ。
もう一度刀を振りその小さな体に一太刀。
受け身を取っただろうが跳ねた体はあっけなく岩肌へ飛んで行った。


「アンタじゃ相手にならねぇな。」


大将を出せよ。
それとも何か。
この伊達軍相手にアンタ等だけでやり合おうって気じゃないだろうな。


「ふ…本当に君達は無法者だね。」
「Ah?褒め言葉か?」
「安心してくれ。」


秀吉ならもう君のすぐ傍にいるさ。


「……何、」
「政宗様!」
「梵!上だ!」


小十郎が俺の腕を引いた。
大きな、大きな男が空から降って来る。
轟音が響き渡り辺りの木々が根元から抉られた。
地面が沈み、地に飲み込まれていく。
黒々と澱む空におどろおどろしい雲が渦巻いた。


「政宗様!」
「チ…やっと来やがったな。」
「政宗様、お怪我は。」
「無い。手を出すなよ小十郎。」


対峙した豊臣秀吉は思った以上に大きな男だった。
その覇気たるや背中に冷てェもんが流れた程だ。
一歩近づくだけだというのに体がこれでもかという程重い。
言い知れぬ重圧が俺を襲う。
息が出来なかった。


恐れでは無い。
畏怖も無い。
手が震えるのは武者震いだ。


無言で佇む豊臣秀吉にこちらも無言で刀を抜いた。
一閃、奴とぶつかり距離を取る。
ぱきりと手で雷が弾けた。
その刹那、えぐる様な衝撃が俺の体を吹き飛ばす。


「梵!」
「政宗様!」
「来るな!てめぇらの相手は竹中半兵衛だ!」


叫び、手に力を込める。
ひゅうと喉から息が漏れて、酷い嘔吐感に襲われる。
体が崩れる。
刀を支えにそれを堪えればせり上がってきた血反吐に喉がむせた。




「…弱きは罪。」
「っ豊臣、秀吉…!」
「つまらぬ戦よ。」




大きな手が頭を鷲掴む。
信じられねぇ程の力が俺の体を持ち上げた。
潰れる。
潰される。
逃れようともがけば体が軋む。
そしてあの嘔吐感が戻って来た。


「ふふ…政宗君じゃ秀吉には勝てない。」
「黙りな。」


あんたの相手は俺達だ。
よそ見してるとその綺麗な顔に傷が付くよ。


「ああ、もう梵にボロクソにやられてたんだっけ。」
「…君は冷静かと思いきや、政宗君以上に感情的な男だよ成実君。」
「褒めてくれるのありがとう。」
「成実、」


遊んでる場合じゃねぇ。
竹中半兵衛を政宗様に近づけるな。


「片倉君、君とは戦では無く膝を突き合わせて話をしたかったな。」


君は是非豊臣に欲しい人材だ。


「生憎俺には話す事なんざ無ェな。」


豊臣に帰んな。


小十郎と成実の声が聞こえる。
その声に焦りは無い。
一息吐いて口角を上げた。


「Ha…そんな事言ってられんのも今の内だぜ軍師さんよ。」


構わず力を入れれば確かにそこにあった刀に安堵する。


ああいたか。
そこにいたか。
俺の爪、龍の爪よ。
よく離れなかった。



「覇王だか何だか知らねェが、たかだか人間が龍に勝てると思うなよ…!」



体が戦慄いた。
電流が腕を、足を突きぬけてゆく。
青光りした刀は雷鳴を呼んだ。
一つしかない目が覇王を捕える。
一体てめェは誰の頭を掴んでやがると一閃。
轟いたのは爆音。
豊臣秀吉の体を突き抜け稲光が地を撃った。


膝をつかせりゃ儲けもんだ。
そんな簡単にはいかないんだろうが。
く、と漏れた笑みは自嘲で荒む息を整えながら煙幕に目を凝らす。
煤けた臭いに鼻がもげそうだ。




「…愚かな。」
「チ、無傷かよ。」




そうやって刀と拳を交え、どれ程経っただろう。
ひゅうひゅうと喉が鳴る。
刀はもう二本しか残っていない。
視界は眩むが足元は意外にもしかと地を踏みしめていた。
正面に佇む豊臣秀吉は動かない。
煤臭い黒煙の向こうで膝をつき俺を睨みつけている。


ああ、全く面倒臭ェ相手だ。
とっとと倒れりゃあいいものを。


力の入らない手で刀を握ってみた。
少しも手応えが無く笑えてくる。
足を一歩前に出してみた。
出したと思ったのに動いてすら無くしっかりしやがれとやはり笑えてきて体が揺れた。


いよいよ頭が朦朧とする。
こんな所で気をやっている場合ではないというのに。
気張れよ俺の足、俺の手、龍の爪よ。
あともう少しだ。
そう言って顔を上げた時だった。





ドッカァァァァァン!!



  

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