「ちーかちゃーん!」
ぬーん!
ついさっき閉まった扉がすぱーん!と音を立てて勢いよく開いた。
その前から聞こえていた足音で正体が分かっていたものの、やはりその顔を見ると殊の他頬が緩んじまうもので。
帰ってこなかった明智に何があったのか気になるが、満面の笑みで名を呼ばれた心地よさには何分代えがたく、おうおう帰って来たのかと真樹緒に手を振って見せた。
夜もたけなわ。
酔いも十分。
「ぬーん、ちかちゃーん。」
両手をこちらに伸ばし、笑ったままふらふらと真樹緒が歩いてくる。
元々可愛げは十二分、飲んで管巻きゃ尚可愛いってかァ?
あぐらに肘をつき喉を鳴らす。
「そらァ、来い来い。」
「ぬんぬん!」
心もとない真樹緒の歩みはこちらをひやひやとさせたが、足を進めると同時に毛利ンところの女中が真樹緒の足元に転がる銚子やら手付かずの料理やらをさり気なく端に寄せてそれを助けた。
さすが出来た女中だねえ、と肩を揺らしすぐそこまで来た真樹緒に腕を差し出す。
手をぎゅうと握られたかと思えばそのまま小さな体が懐に飛び込んできた。
「ちかちゃんつかまえたー!」
「くっくっくどうした真樹緒、床に行ったんじゃなかったのかよ。」
笑いながら抱きこんだ体は確かに温かい。
首筋にかかる熱い息に溜息が出る
どれだけ飲んだんだお前ェはよ。
こんなに甘い息をさせて。
なんて真樹緒の頭を小突いてみるが温もった体が離れ難いのは仕方のねぇ事で、懐かれるままに真樹緒の好きにさせた。
「おに、まだめしはあるか。」
おれさまひとしごとしてはらがへった。
さけとめしをよこせ。
「おうおう坊主、明智はどうしたよ。」
「あん?ねた。」
ねかせた。
真樹緒はまだねねーっつーからつれてきた。
おに、もう真樹緒にさけのませんなよ。
これいじょうよっぱらったらあしたおかみにおこられんぞ。
「飲ませねえよ。」
かーちゃんが怒ったらこえーもんな。
真樹緒の髪の毛を梳きながら笑ってやる。
一体どんな手段で明智を寝かせて来たのかは敢えて聞かねえが、あの明智が追いかけても来ねぇところを見たら相当な力で寝かされたんだろう。
「明智は据え膳食ってたかい。」
「うるせーおに。」
おかみのわるぐちいうんじゃねー。
おめーこそ真樹緒にへんなことしたらはったおすからな。
てぇだすんじゃねーぞ。
「あァん?真樹緒から乗っかってきたんだぜ?」
首に懐いてくるのも、ぎゅうと力一杯抱きつかれるのも、甘ったるく名を呼ぶのも全て真樹緒からで。
髪の毛を悪戯に引っ張られたお返しに、そのふわふわとした髪を梳いてやるのも。
ちかちゃんちかちゃんと寄せて来る唇を甘んじて受けてそして軽くその頬に返してやるのも。
熱く潤んだ目ですきと囁かれて思わず息を呑んでしまうのも。
全部全部真樹緒の所為だ。
「…真樹緒がしたいことはとめねー。」
すきにすりゃーいい。
けどおに。
真樹緒がいやがることしやがったらおれさまだまってねーぞ。
おかみみたいなやさしーねかたさしてやんねーからな。
おぼえてろ。
そう言って坊主は料理のある方へ歩いて行く。
俺や毛利、明智よりも酒を煽っていたにもかかわらず一つも酔いなど見せずに。
底が知れねぇなとその決して大きく無い背中を見送った。
いつもいつも気持ちいい程正直な野郎だ。
「でっけえ男だなァ?真樹緒よう。」
「ぬ?」
でっかい?
なにが?
ちかちゃん?
ぬんぬん、ちかちゃんはでっかいよねー。
おおきいよねー。
こう、きんにくもむっきむきやし。
おれのしってるおとこのひとのなかで、いちばんでっかくてむっきむきかもしれやんよ!
べすとわん!
あ、ぬーん、でも。
でもおやかたさまのほうがむっきむきかも。
ぬん。
おやかたさま。
けどおやかたさまはちょっとなんだかべっかくってゆうかべつものっぽいよねー。
ぬーん。
「くっくっく。」
「なあに?」
「いいや?」
何でもねえよ。
言いながらすり寄って来る柔らかい真樹緒の頬を撫でた。
明智に言わせると餅らしい赤くて熱いそこはふにふにと掌に吸いついてくる。
きょろっと目を丸くした真樹緒に笑うと、にっこりと音でもつきそうな笑顔が返されて。
「ちかちゃんちかちゃん。」
「あーん?」
「ちかちゃんもねえ、おさけのんだやろー。」
においするよ、ここ。
おさけのにおい。
いっぱいのんだんちがう?
やあやあのみすぎはだめよー。
「おくちにがくなってしまうよ。」
「そしたら真樹緒が甘くしてくれンだろ?」
「ぬ?」
俺の唇をなぞる小さく細い指がくすぐったい。
そんな気は無いのだろうが焦らす様にそろそろと触れてこちらを煽る。
余りにも俺の気を知らねぇ悪い指だから、そのままぱくりと食いついてやった。
おイタはいけねぇなあ。
鬼の目が覚めちまうぜ。
「おれ、あまくないよ?」
やあやあちかちゃんゆびたべんでー。
ぱっくりたべてしまわないでー。
くすぐったいん。
ちかちゃんのべろ。
「何言ってやがる。」
こんなにここから甘い匂いをさせて。
くわえた指はそのままに、真樹緒の唇をされたのと同じ様になぞってやる。
ふにふにとやたらと柔らかいそこは熱くうっすらと濡れていた。
くすぐってぇのか逃げようとするのを許さず捕まえて指先で遊んで。
震え始めた唇は甘い息を吐いてとろりとした目で真樹緒が俺を見上げる。
にやりと口角を上げた。
おうおう、何てェ面だ。
まるでもっとと強請られている様じゃねぇか。
早く早くと誘っている様じゃねぇか。
「真樹緒。」
「はあい?」
「俺にはチューをしてくれねぇのか?」
「ちゅう?」
「坊主や明智にはしたんだろ?」
咥えていた真樹緒の指を解放し、だがその指に口づけたまま首を傾げてみせる。
なァ真樹緒。
お前が余りにも周りに愛想を振りまくもンだから、どうにもこうにも欲が出ちまっちゃじゃねぇか。
「ちかちゃんおれとちゅーしたいん?」
「真樹緒は俺とチューしたくねぇの?」
「ぬん!したい!」
おれちかちゃんだいすき。
やからちかちゃんとちゅーしたい。
ちゅーする!
ぬん!
ちかちゃんちゅう!
「あ、でもちかちゃんおさけのんでたん。」
「あア?」
「おさけのんでたらおくちにがいん。」
むさしくんもにがかったもん。
おれ、にがいのいややなー。
おくちにがいのいややなー。
「くくく、連れねぇなあ。」
やってみなきゃ分かんねえだろ?
「ぬん?」
やあやあそうねー。
そうよねー。
ちゅうはほら、らぶらぶなちゅうやからにがいとかかんけいないよねー。
ちかちゃんとのちゅうやもん、きっとあまいよねー。
「ちかちゃんにちゅー。」
ちゅっちゅっちゅー。
真樹緒の腕が俺の頭を引きよせる。
決して強引な物では無いのに抗い難く引かれるがまま。
触れた唇はやはり柔らかかった。
「ちかちゃんのおでこにちゅう。」
お鼻にもちゅう。
ほっぺたにもちゅう。
「くすぐってえよ。」
「ぬんぬんまだまだー。」
まさむねさまとははんたいのおめめにちゅー。
ついでにがんたいのうえからもちゅー。
「なア、真樹緒。」
「はあい?」
「ここにはしてくれねぇのか?」
俺の顔中に唇をくっつけてくる真樹緒はそのままに、少し眉を下げて自分の唇を指差してみる。
残念そうにとんとんと小さく叩けば「そこはさいごにとってたん!」とまた可愛らしい笑顔で俺の頬を緩ませる。
「おくちはね、とくべつ。」
いちばんだいすきがつたわるところやとおもうん。
おれ、ちかちゃんのことだいすきやから。
さいごにとってたん。
それがどれほど俺の腹の底をあっためてるか知りもしない真樹緒は、参ったと顔を覆う俺を他所にずるずると俺の腹の上を登って来た。
体重をかけられるのにまかせていればとうとう押し倒されてしまった。
「大胆だなあ真樹緒。」
「ちかちゃんににげられやんように!」
「逃げねぇよ。」
「ぬふー、ほんならちゅー。」
おくちにちゅう。
らぶらぶのちゅうやからおくちにちゅー。
「ちゅ!」
小さな音を立てて、真樹緒の唇が俺のに重なった。
ほのかに酒が甘く香るそこがすぐに離れて行こうとするからまだまだ足りねえと追いかける。
ぷくりとふくれる唇は熱く濡れていた。
何度も吸ってやると僅かに唇が開き赤い舌が見える。
誘われるままに捕まえてぺろりと舐めてやれば声が細く上がって、真樹緒の小さい肩が揺れた。
笑いながら唇を離してやるとほうと甘い息を吐いて頬を赤らめる。
おうおう食べ頃だなァ?真樹緒よう。
撫でりゃあ声を上げ、触れりゃあ赤くなって。
どこもかしこも熟れちまって。
言えばぱちぱち目をしぱたかせ真樹緒がまだ赤いままの頬を手で覆った。
そのまま更に甘く強請ってくれるのかと思いきや、まっすぐ俺を見下ろして。
「ちかちゃん!」
「どうしたい。」
「ちかちゃんのおくちあまい!」
「あ?」
「あまーい!」
なんでやろー。
おれにがいとおもったのに!
ちかちゃんのおくちとってもあまいん。
くだもののおあじ。
ちかちゃんくだものたべた?
「ここ、とってもあまいよ。」
さっきの色香を面白いぐらいにすっ飛ばしてけらけらと真樹緒が笑う。
遊びの様な口付けを落しながらけらけらと笑う。
雰囲気なんざ何のその。
海の彼方に放り出して唇を甘い甘いと舐められる。
あァ何だあ?
さっき食った水菓子か何かか。
敵わねえなあ、なんて息を吐けば今まで黙っていた毛利が鼻を鳴らした。
「据え膳は食うのではなかったのか。」
「食えるもんなら食ってみろい。」
お前はこの懐っけぇ子猫を食えるかってんだ。
「ふん、肝の小さい鬼よ。」
「うるせーよ。」
盃を傾ける毛利をあしらい体の力が抜けるまま目を閉じる。
腹の上に乗った真樹緒は相変わらず無防備に笑っていた。
「ちーかーちゃーん、」
「あーん、どうした真樹緒。」
「ちゅーうー。」
甘いちゅうー。
ちかちゃんのおくちとってもあまくておいしかったん。
もっとちゅうするん。
ちかちゃんおれとちゅうしよう。
「ちゅう。」
おれねえ、ちかちゃんとちゅうしたいな。
ちゅうがあまかったってゆうんもあるけど、これはちかちゃんのことだいすきやからってゆうんもあるんよ?
ただちゅうしたいだけちがうんやから!
おれちかちゃんのことすきなん。
やからちゅうしよー。
……
………
「、毛利。」
「何ぞ。」
「俺ァ、いっそもうこのままひと思いに…」
「やれるものならやるがいいその前に我が貴様を躊躇無く切り刻んでくれるわ。」
そしてその後小僧と明智に引き渡してくれる。
「……そりゃ勘弁、」
頭をかき、近くにあった小皿から桃を取る。
瑞々しいそれを腹の上に乗ったままの真樹緒に差し出して。
「なあに」と首を傾げる真樹緒の口の中に押し込んでやるともぐもぐと咀嚼しながら飲み込んだ。
桃の汁が垂れる顎をひと撫でしてやる。
物欲しそうな顔をしていたのだろうか、毛利の視線が痛かったが構いはしない。
「あまい!」
「そうらもっと食え。」
一口、二口と手ずから食べる真樹緒に、またざわざわと腹の底が湧く。
濡れる唇からは桃の匂いが甘く甘く俺を誘った。
思わず最後の桃を口に食んで。
「ちかちゃん?」
「最後の一つだ、真樹緒。」
欲しいか?
くいと首を動かして笑って見せる。
「さいご?」
「ああ。」
「ぬん。」
ぺろりと唇を舐めた真樹緒が近づいて来た。
すんすん鼻を鳴らして俺の口元に口づける。
ぱくりと桃ごと唇を食まれれば、そのままもぐもぐと。
甘ったるい桃の匂いと、色香も無い口付けにやっぱり敵わねぇなあなんて思うが有難くその唇を味わって。
桃の味しかしねえ舌をくすぐってやった。
「ん、んん…」
撫でて引っ張って吸って、もう口の中に桃なんざ残って無いが真樹緒が熱い声を出すので少し奥まで。
やらけえ舌だなこのまま舐めてたら溶けて無くなっちまうんじゃねぇか。
思いながら距離を詰める真樹緒の頭を撫でる。
体を起こし、真樹緒を膝の上に戻し、細い腰を掴んで。
さあもっと深くと舌を食らったところで。
「(しゅっしゅっしゅっしゅ…!)」
「来やがったな忍ィ!」
「ぬ?こーちゃん?」
どこ?
こーちゃんどこ?
「お前ェは毛利とお留守番だ。」
飛んで来た苦無を膳で弾き真樹緒を毛利に放り投げた。
盃を傾けていた癖にちゃっかりと真樹緒を膝に乗せた毛利を横目に槍を取る。
「食後の運動といこうか忍よう。」
野暮はいけねぇぜ。
「(しゃきーん)」
「ぬん…?」
「外に行け外に。」
我と真樹緒にとばっちりが来ては敵わぬわ。
「もとなりさま?」
あれ?
ちかちゃんどこいくん?
こーちゃんとおでかけ?
やりもって。
でもそのやりおそとにささってたやつちがうん?
あれ?
「かかってきやがれ忍ィ!」
「(すちゃっ)」
槍を振れば忍が背中の刀を構えた。
にやりと笑って炎を灯す。
じり、と間を詰め飛びかかった。
「いいねェいいねェ、奮えてきちまうぜ…!」
俺の酔いを覚ましてくれよオ!?
「(しゅっしゅっしゅ!)」
……
………
「もとなりさま。」
「どうした。」
「ちかちゃんとこーちゃんなにしてるん?」
「食後の運動らしいがな。」
くだらぬ事よ。
捨て置くがよい。
「もう水菓子はいらぬのか。」
「ぬ?」
「柿があるぞ。」
「かき!たべる!ぬん!」
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元親さんとちゅー魔でした…!
あれなんかあっさり…?
明智の光秀さんとくらべてちょっとあっさりだったかもしれません格好いいアニキなんてわたし書けないもの…!
(かといって明智の光秀さんがイケメンに書けるとか言う訳でもないのですが!)
元就様は初めからいましたが、結構よっぱらっているのでちゅーもスルーです。
酒の席のお戯れなので許容してくれています。
次回は自分もノリノリでちゅー魔ですしね…!
あと今回「やさしくしてね」とキネマ主に言わせるつもりがうっかり言わせ忘れたので元就様のところでやりたいと思います忘れてなければ。
元親さんの槍はお外に刺さってたみたいです。
部屋に刺しておこうと思ったのですが、元就様が怒ると思ったのでやめました…!
次は元就様とちゅーして、最後に小太郎さんともちゅーして、夜が明けたらならば富嶽で政宗様の所へ向かいます。
どうぞもう少しお付き合い下さいませ。
ではでは、最後までご覧下さってありがとうございました!
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