「真樹緒。」
「ぬーん。」
「…真樹緒。」
「ぬーん。」
……真樹緒、
ぬーん。
ぬんぬんぬんぬんとあなたそれしか言えないんですか黙らっしゃい…!


へらへらと笑いながら近づいてきた真樹緒は、見ての通り完全な酔いどれだった。
大方果実水とでも間違えて匂いのある酒を飲んだのでしょう体中から甘い甘い匂いをさせて、「あけちのみつひでさん」と舌ったらずに私の名を呼ぶ。
出し尽くしたため息を更にひねり出して首を振った。
酔ったところで相変わらずの甘ったれの真樹緒を捕えてその首根っこを掴み。
あなた何を飲めもしない酒等を飲んでいるのですかと激を飛ばしてみれば、当の真樹緒は小さな手をふらふらと伸ばし懐いてくる有様で始末に負えない。
酔いを冷ましてやろうと思い切り引っ張った頬は伸びる所まで伸びたものの、真樹緒がへらへらと笑ったままなのは変わらない。
音が出る程に頭を叩いてやったなら「ぬんっ!」と一声鳴いて更に笑う。
いよいよ途方に暮れると「酔っ払いには何言っても無駄だぜ」などと聞かずとも分かっている事を鬼から助言された。


「あけちのみつひでさん。」
「何です。」
「よんでみただけー。」


ぬーん。
おへんじしてくれるかなーって、ね。
よんでみただけ。


「ぬーん。」


おへんじしてくれたねー。
おれ、あけちのみつひでさんだいすき!



……
………



く…!


落ち着け。
落ち着くのです私。
ここで声を荒げては酔いどれの思う壺。

冷静になりなさい明智光秀。
死神の通り名が泣きますよ。
耐えるのです。


…ただの人に戻ったのではなかったのか。
「揚げ足を取ってやるなィ、毛利。」


色々葛藤があるんだろうよ。
難儀なこった。


煩い外野を黙殺して拳を握る。
このままこれを真樹緒の頭に振り下ろしてやろうかとも考えて、それが出来ない己に大きな大きなため息を吐く。
未だ膝の上に乗り上げごろごろと首元にまとわりつく真樹緒を見れば。


「すき、すき。」


あけちのみつひでさん、すき。
だいすき。


くらりと眩暈のするような甘い吐息でそんな事を言う。
この拳を思い切り振り下ろせば大人しくなるだろうにと震える手に力を込めて、はやりそれが出来ずに体の力を抜いた。


「本気では殴れねぇんだよな。」
「おかみ故な。」
「ばっかやろ毛利てめえ、あれは母ちゃんだからだろうがよ。」
「おおそうであった我とした事が。」
聞こえておりますよこの酔いどれ方が。


鬼と毛利をじろりと睨めば笑いに返られて、後で覚えていなさいよと懐の中の子を抱え直した。


「真樹緒。」
「はあい?」
「床に行きますよ。」
「とこ?」
「さっさと寝てしまいなさい。」


毛利が部屋を用意して下さっています。
その分だと大概の量の酒を飲んだのでしょう。
これ以上羽目を外さない内にもうお休みなさい。
坊やには私がきつく言って聞かせます。

言いながら真樹緒を抱えたまま立ち上がる。
落とさない様に、ことさらゆっくりと。
けれど小さな体は何か気に入らない事があるのか私の胸に手をつっぱねていやいやと首を振る。


「真樹緒。」
「いやや、まだねーへん。」
「真樹緒、」


聞き分けなさい。


「いや。」
「真樹緒。」
「おれ、あけちのみつひでさんとちゅーするまでねーへん。」



……
………



は、
「ぬん!おれ、あけちのみつひでさんとちゅーするん。」


あのね。
むさしくんとはしたん。
ちゅーって。
おさけの味がしてちょっぴりにがかったん。
むさしくんはあまいってゆうてくれたんやけどね。
おれは苦かったん。
やあちゅーはきもちよかったんよ?
むさしくんのおくち、ちょっぴりかさかさやったけどやわらかかったん。
でもまだおくちの中が苦いん。
おれおくち苦いのいややなっておもって。
あけちのみつひでさんとちゅーしたらなおるかなーっておもって。



……
………



治らいでか…!


と言いますか口の中がそんなに苦くなるまでしたんですか。
坊やと。
何がとは言いませんよ私怒っているのです。
あなたは本当に誰にでも危機感を持たずに気を許し臆面も無く。
それが美点な事は憚りませんが限度があるんですよ限度がはしたない。
嫁入り前の子女が人前でやる事では無いんですよお分かりで。
あなた母の顔に泥を塗るつもりですか。
嫁の貰い手が無くなりますよ。



………あいつも大概酔ってやがるな?


貰い手がいねーなら俺が貰ってやるのによ。
安心して嫁がせろってんだ。


「銚子を三つ程空けておるわ。それ程酒に強くも無かろうに。」


何をふざけた事を。
海賊なんぞにやれるものか。


「あァん?」
「ふん。」


それよりも止めずにおいてよいのか。
酒の席の戯れとは言え、後から明智が煩いぞ。


「くっくっく、いいじゃねぇか。」


真樹緒のおねだりをどうあしらうのかってな。
俺なら頭から丸ごと頂いちまうけどなあ。


「野蛮な海賊めが。」
「据え膳食わねばなんとやら、ってな。」


真樹緒に恥をかかせらンねえだろ。
あれだけあからさまに強請られちまったらなあ?
そうら来いやと悪どい笑みで誘ってやりたくなるだろう。



「…好きな事を。」



無責任なやりとりを背後で聞きながら宴の席を後にした。
扉を隔てればかしましい声が小さくなる。
このまま己も部屋へ引っ込んでやろうと思えども、招かれた身ではそうもいかず。
まずは真樹緒を寝かせようと部屋に向かう。

廊下をそのまま歩けば少し寒い位の夜風が心地よかった。
そよぐ髪をそのままに存外に酔っていた頭を冷やして。
それでも私は腕の中の真樹緒を持て余す。
触れ合った体はとても熱く、はやり酔っているのだと知れた。
真樹緒に比べれば私などまだまだ素面で。
首に絡まる腕だとか、甘ったるい吐息だとか、触れる肌が私を悩ませた。


「真樹緒。」
「ちゅーしようあけちのみつひでさん。」


月の光だけが僅か差し込む部屋にはすでに床の用意が為されている。
その真ん中にどさりと真樹緒の体を寝かせしっかりしなさいと声をかけた。
小さな腕はまだ首にかかっている。
離れ難いなどそんなまさか。


「あなた酔っているんですよ。」
「よってへんもん。」


さっきのんだんはジュースやもん。
おさけやないもん。
とってもあまかったし、おいしかったん。
おさけはむさしくんがのんでたやつやもん。
おれよってへん。


「そのじゅーすとやらが酒ですよこの子は。」
「えー?」


いややちがうよあけちのみつひでさん。
あれじゅーす。
あまいじゅーすなん。
おいしかったん。
おれの気ぶんもちょうごきげんやで。


「…真樹緒。」
「ごきげん。」


やからねえ、あけちのみつひでさんちゅーしよう。


真樹緒が笑いながら私の額に小さな唇を寄せる。
温かく柔らかいそれを寄せる。
刮目したのと息を呑んだのは同時だった。


「あけちのみつひでさんのおでこにちゅー。」


ぬーん。
ちゅー。


首に巻き付けた腕に更に力が籠った。
いつもならこれくらいの力への抵抗など訳も無いのにその時は体が揺れて。
思わず真樹緒の顔の横に肘をつく。
鼻が触れる程の近さにまた息を呑んだ。


「…真樹緒、」
「ちゅーってね、だいすきなひととやるん。」


やからおれ、あけちのみつひでさんとしたいん。
おでこもええんやけど、ほんとはおくちにしたいん。
やあほっぺたでもおはなでもええんやで?
でもほらおくちが一ばんだいすきやで!ってゆうんがつたわる気がするん。
ちゅってね、するん。
やからあけちのみつひでさんちゅうしよう?



「真樹緒、」
「ちゅう。」



大きな瞳が月の光に輝いている。
吐息は相変わらず甘い。


「おれ、あけちのみつひでさんのことだいすき。」


ちゅーしたらおれがあけちのみつひでさんのことだいすきやって、もっと、もっと伝わるとおもうん。


「すき。」


くらりと、眩暈がした。
頭の中のどこかががらがらと崩れ落ちる。
崩れ落ちるまま腕を折って。
ゆっくりと真樹緒に近づいて。


髪が流れた。
真樹緒の顔に陰る。
それがまるで真樹緒を己の中へと閉じ込めた様で。


「真樹緒、」
「あけちのみつひでさん。」


ちゅう。
おれとちゅうしよう。
おれ、あけちのみつひでさんからちゅうしてもらいたいん。
おれあけちのみつひでさんすきやけど、あけちのみつひでさんからもすきってゆうてほしいん。


「…、」


柔らかい頬を撫でた。
その手にすり寄る真樹緒の額に口づけて。
見上げて来る潤んだ目に苦笑う。
何を今更馬鹿な事を言っているのか。
あれだけあなたを大事だと豪語させておきながらまだ足りないなどと。


「真樹緒。」
「ぬん…」
「あなたは欲張りだ。」


近すぎる鼻にも一つ唇を落す。
ゆっくり、ゆっくりと音を鳴らして。
撫でた頬に手を添え小さな唇を撫でた。
こそばゆいのか首を振って逃げる真樹緒の頭を抱え込んで。


「私からこんなにたくさんのものを奪ったというのに。」
「?あけちのみつひでさん…?」
「私はあなたの母でもおかみでも無い。」
「あ、」
「真樹緒。」



私はもはやただの。



「んっ、」


坊やが甘いと言ったその唇を舌でなぞった。
嗚呼、確かに甘露の様に甘い。
ゆっくり撫で上げると真樹緒から熱くて細い息が上がる。
暴いた唇の奥には真っ赤に震える舌が。
誘う様にその舌に触れれば少し怯えてしまって喉が鳴った。


「やあ、…」
「…真樹緒。」


真樹緒、真樹緒、怖がる事など何もない。
あなたが愛しいだけで。
私の全てはもうあなたのものだ。
一つ残らずあなたのものだ。
小さく笑いその怯えた舌を絡め取る。
そろそろとくすぐって、撫でて、吸って、これでもかと可愛がって。


「んん、っふ…」


そうすれば強請る様に絡んでくる舌がいじらしい。
甘い吐息に混じって甘い声が混ざる。
くらくらくらくらと頭の芯がぼやけて行った。


「は、ふ…」
「真樹緒。」


真樹緒の手が私の髪の毛を掻き毟る。
急かされる様な、もっとと強請られている様な、何と面映ゆい痛みだろう。
それならばと頬に手を添え深く深くその唇を追った。



波の音が近い。
海鳥の声も聞こえる。
宴の喧騒はまだまだ止まず。
夢心地のまま、成る様になれと半ば投げなりにそして己の欲のまま。



貪ってしまう。
止まらなくなってしまう。


「っはあ…」
「真樹緒。」
「あけちのみつひでさん。」
「真樹緒…、」
「もっと。」


もっとちゅう。
いっぱいしたけど、もっとするん。
あけちのみつひでさんがすきやからもっとするん。
あけちのみつひでさんもおれのことすきやったらもっとして。


うっそりと見上げて来る真樹緒の目は熱っぽく潤んで私を誘う。
くん、と髪を引かれて引かれるまま、又顔を近づけて。



っそこまでだおかみ!
っ!?坊や…っ!?



そう、このまま貪ってしまおうと喰らってしまおうと手を伸ばした所までは覚えている。
熱い甘い、くらくらとした吐息も覚えている。
けれど。



「何を、!」



けれどそこからの記憶は一切無い。
いつの間にやってきたのか忍と出て行ったはずの坊やの声と。


「…ぬ?むさしくん?」


元の通りに戻ってしまった真樹緒のとぼけた声が聞こえたと思ったら目の前が真っ白になって、言う事の聞かない体がくらりと傾いた。



重い。
とてつもなく全身が重い。
首の後ろが痺れている。
否応無しに体が沈んで。
坊やの仕業かと霞む視界で睨みつけたものの、けれどどこか安堵をしつつ私の意識はそこで途絶えた。




「ふー、あぶねーあぶねー。」


あやうくおかみがおかみじゃなくなるとこだったな!


「ぬー?むさし君なにしてるん?」


やあおれね、あけちのみつひでさんとちゅーしてたんやで。
とってもきもちいいちゅーしてたんやで。
もっともっとちゅーしようとおもってたのに、むさしくんがあけちのみつひでさんの頭たたいてしまうから。


「あけちのみつひでさんねてしまったやんかー。」
「ばっかおめー真樹緒。」


おれさまれいをいわれることはあっても、もんくいわれるすじあいねーぞ。
おかみがおかみじゃなくなったらどうするきだったんだ。
真樹緒がかてるわけねーだろ。
もーすでにまけそーだったじゃねーか。


「ぬん?おれ、ちゅーしてただけやで?」
「よっぱらいがあにいってやがる。」


おまえ、かわいいかおしたらなんでもゆるされるとおもったらおおまちがいだからな。
おれさまだってがまんのげんかいってのがあるぞ。


「おれよってへんもん。」
「真樹緒のばーかばーか。」
「ぬん!おればかちがうもん!」


ひどいむさしくん!
ばかってゆうほうがばかなんやで!
むさしくんのばーかばーか!
ぬーんだ!


「いいからおにのとこにいくぞ真樹緒。」
「ちかちゃんのとこ?」
「このままねんならおかみとねればいいけどよ。」
「んーん!まだねえへん。」
「よしならおにのとこへもどる。」


ほらこい真樹緒。
おかみはちゃんととこにねかせとけよ。


「ぬん!」


やあやあおっけー。
りょーかーい。
ちゃんとおふとんかけとかんとかぜひくもんねー。
ぬんぬんおやすみあけちのみつひでさん。
ちゅーね、とってもうれしかったよ!
ありがとうね!
またあとでしよーねー。
でもおやすみやからおきてからやねー。
やあやあほんならさいごにちゅー。


「おでこにちゅー!」
「真樹緒、はやくこい!」
「まってーまってーむさしくんまってー。」


むさしくんもまたちゅーしようね。
あん?めしくったらな。
えー。


----------

はい!
明智の光秀さんとのちゅー魔おわり…!
もう、もう、もう、私が恥ずかしい穴掘ってちょっと埋まってきますまじで!
前半はギャグっぽくいったのに後半光秀さまを目指していたらちょっとなんか明智の光秀さんがやっぱり変態になった気がしてなりません。
私ではどうにもできなくなり武蔵君を投入した次第ですちょっと不完全燃焼ですみませんぐすん。
でもほら、男な明智の光秀さんが出せたかな、とか!とか!思っているのですがやっぱり不完全燃焼ですねすみませ(汗)

次回は宴に戻ってちかちゃんとちゅう。
元親さんは人前でもこってりちゅうしてくれると思います。
元就様も実は酔っているので止めないよ。
それではあともう少しちゅー魔お付き合い下さいませ。
ご覧下さってありがとうございました!

  

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