「明智の光秀さーん。」
「何です。」
「俺のがいこつ知らん?」


ほら明智の光秀さんに貰って俺の頭の上にのっかってたがいこつ。
たまにこーちゃんの肩でふよふよ浮いてたがいこつ。
さっきから探してるんやけど全然みつからないのよねー。
ずっと一緒やったのに。
どこに行ってもうたんやろう。


「ああ、あれなら私がお引き取りしましたよ。」


元々あれは私の骸骨ですし。
あなたの身を守るための物でしたが、帰路に着く今もう必要ないでしょう?
いつまでも出していても仕方がありませんので。


「えええー!」


ぬーん!
まじで!
そうやったんまじで!
俺がいこつとっても好きやったのに。
とっても可愛いなって思ってたのに。
これからずっと一緒におれるもんやと思ってたのにー!
俺の知らんところでお別れなんてひどい明智の光秀さん!
俺がいこつにばいばいもゆうてへんでもう一回出して!
がいこつ出して!


はいはい私の気が向いたら出して差し上げますよ。
「えー!」


お、俺今会いたいのに!
今すぐがいこつ出してほしいのに!
明智の光秀さんの気が向いたらっていつか分かれへんねんもん今がいい!


ああほら真樹緒、四国が見えて来ましたよ。


ご覧なさい。
ようやっと帰って来ました長かったですねえ。


「お話そらさんで…!」


あれ四国違うもん。
無人島やもん。
行きしな教えてもらったもん!
でもあそこの周りは美味しいお魚いっぱい取れるってゆうてたでちかちゃん今度漁につれてってくれるんやって!


何ですその約束は。
「ぬ?ちかちゃんが漁師さんのお船に乗せてくれってゆうてたよ。」
「またそんな勝手な事を言って。」
「でもおいしいお魚取れるとこ見たいん。」


見たいってゆうか漁に参加してみたいってゆうか。
魚とってみたい。
ほんでとったお魚その場でもぐもぐ食べるん。
いきの良いお魚をその場で捌いてもらうん。
りょうしのだいごみ…!


……
………


あなた漁師じゃないでしょう。
こういうのは気分がだいじなん。


そういう気分になりきる事がだいじなん!
なにごとも形ってだいじなん!

あれ?
ぬ?
でも今りょうしのお話やったっけ?
ぬん?あれ?



「………」



貴様が連れていた骸骨の話ではないのか。
まんまと話を逸らされておるわ。



口には出さず船首の方を眺めて目を細めた。
静かに響く波音に混ざって聞こえて来るかしましい声は船に乗ってから一度も止む事は無い。
船に乗るなり始まったその喧騒は先に居た島が遥か遠くに離れた今も続いている。
声の主は言わずもがな真樹緒という小さな子供で。
今、相手をしているのは明智光秀だがつい先ほどまではあれについている忍、そしてまたその前は己に無礼を働いた小僧だった。
ころころと良く通る声色は不思議と不快ではない。
己に手を伸べたその時の声色のまま耳からするりと己の中へ溶け込んでゆく。
考えれば考える程不可思議で、そのままじっと様子を窺っていれば真樹緒という子供がこちらに気づきどういう訳か思い切り手を振り始めた。
隣で明智光秀がそれに倣って振り返る。
気だるげに首を振ったのはため息でも吐いたからだろう。


ふん。
我に嘆息するなどよい度胸よ明智。
その取り澄ました上っ面を今に剥いでくれようぞ。


毒づけど言葉程の嫌味も無い。
そればかりか軽く手を振り返している始末で。
何よりも我自身が不思議でならぬわ。


「真樹緒が気になるかい。」
「…長曾我部。」


更に不思議と言えばこの男、長曾我部元親。
我はなぜこの男の船に乗っているのか。


腕を組み何が面白いのか締まりの無い顔で肩をすくめたこの男は我が年来の敵。
瀬戸内を挟み何かにつけ干渉してくるならず者よ。
だがそのような奴が相手で我が毛利が揺らぐ事は無い。
しかし此の頃の諸国の動向を鑑み、安芸を、そして毛利を守るため此度盟約を提じる手筈であった。
その運びは迅速に為され近く四国へ赴くという矢先、くだんの他所者が安芸に攻め入った所までは覚えている。
我は親玉を迎え撃ったのではなかったか。


ついと隣で笑う長曾我部を見た。
見飽きた男の顔は相も変わらず飄々として読めない。


「約定ぞ。」


未だ笑いやまぬ長曾我部を一瞥する。
好い加減に腹が煮えた故その脛を蹴り上げてやった。


「聞かせよ長曾我部。」


我は何故あのような場にいた。
何故貴様と明智光秀が慣れ合っている。
明智は織田に謀反し近江を追われているのではないのか。
よもやとは思うが貴様の一計か。
そして一等に気になるのはあの子供、真樹緒よ。
あやつは何者ぞ。


「くっくっく、そりゃあ気になるだろうけどなあ。」


変な言いがかりはつけんじゃねぇよ。

肩を竦め長曾我部が真樹緒を見た。
先程まで明智と騒いでいた子供は既に明智の下を離れ、己の忍と例の小僧と何やら船を走り回っている。


「こーちゃん、むさし君見てー!」
「(?)」
「あん?」
「ほらほら海ー。」


背びれがね、見えてるん。
あれサメやろうかー。
サメ。
ほらちかちゃんのお家に吊り下げられてるサメおるやん?
あのサメこの海で釣ったサメなんやってー。
って事はここの海にサメいっぱいおるって事やろう?
ほんならあれサメかなー。
背びれ。
だーだん!だーだん!みたいな!
ほらジョーズのテーマで!
俺ずっと見たかったからちょうテンションあがるってゆうか!


「あん?真樹緒おめーさめがほしーのか?」
「(?)」


……
………


ぬ?


え?
あれ?
そんなお話やったっけ?
サメが見たいってゆうお話やなかったっけ?
サメが欲しいってゆうお話と全然違うよ?


「それならはやくいえよな!」


いくぞおしのび!
あいつをしとめっぞおれさまさいきょう!


「(しゅた!)」
えええ二人とも何ゆうてるん何してるんどこいくんー!


俺別にさめが欲しいってゆうてへんよ待って!
一言もゆうてへんよ待って!
見たかっただけやからオールとかクナイとか構えるの待って!
俺のお話聞いて…!
てゆうかそれでさめ捕まえられるんまじで…!



……
………



成程、取り合えず小僧が阿呆なのは分かったわ。


その次にあの忍か。
見て見ぬふりをしている明智の胸中推し量るに余りあるわ。


「はっはっは!おもしれー奴等だろう。」


ずっと見てても飽きねぇんだぜ。


「ふん。」


ついには大声を出して笑いだした長曾我部に呆れながらも相槌を打つ。
話を続けろと目をやれば奴の口角が上がった。


「あんたはザビー教って所の奴らに捕まって操られてたのさ。」
「何…?」
「真樹緒の傍で目を覚ます以前の事を覚えてねぇんだろう?」


まあ覚えてたならそれはそれで面白ェけどよ!

言いながら長曾我部が笑う。
ちらりとこちらを見て、目を瞑るとその笑いを噛み殺し空を仰いだ。
奴の態度に釈然とせぬものを抱えるも覚えがないのは事実。
黙して返す。


「あんたの姿がどこにも見当たらねぇっつーんで、あんたんとこの奴等がうちにやってきた訳だ。」
「…恥知らずの駒共が。」
「まあそう言ってやるなよ。」


あんた意外に大事にされてんじゃねえか。
見直したぜ。

揶揄する様な物言いが癪にさわる。
嘆息と一瞥で応えその先を急かした。
我の事はもう良い。
不甲斐無い有様であった事を認めねばならぬ事は重々理解した。
だがもう一つ聞きたい事がある。


「…奴らは一体、」
「あン?真樹緒か?」
「そのお供どももだ。」


見た所真樹緒はただの子供であろう。
その子供がなぜ明智光秀や貴様、そして忍などと共にいる。
解せん。
よもや貴様の息がかかるどこぞの跡目ではないだろうな。
我へ恩でも売っておくつもりか。


「くっくっく、勘繰りすぎだぜ毛利。」


真樹緒は明智光秀の連れだ。
誰の息もかかっちゃいねェよ。
明智が織田に謀反し、その明智が近江を追われたのはお前も知る通りで。
忍は真樹緒の忍であの坊主は鬼島津の所のもんだ。
真樹緒と忍、明智の縁も面白ェぞ。
機会がありゃあ聞けばいい。
四国に来たのは偶然と奴らの運、それに巡り合わせだろうよ。
思わせぶりな言い様に煽られる。


「巡り合わせ…?」
「魔王の奥方に追われた所を海に飛び込んだらしいぜ?」


三人で。
潮の流れに任せて辿り着いたのがうちの近くの無人島って訳だ。


…やはり全員が阿呆か。
「違いねェ。」


豪快に笑い飛ばす長曾我部の背後に目途の安芸が見えた。
国を空けて幾日が絶ったか。
久方ぶりの大鳥居は変わらず荘厳と佇んでいる。
目を細め潮風に流れる髪を掻き上げた。


「なァ、毛利。」
「何だ。」
「船下りるならァよ、真樹緒に声かけてけよ。」


あんたを一番に心配してたのはあいつだ。
無事を確認できた今更話す事もそうねぇが、俺の首を、明智の首を縦に振らせたのは恩や名分なんかじゃ無くあいつの言葉だった。
そりゃァ力説してたんだぜ。
元就様を助けに行くっつってな。
いっそ清々しい位ェの物言い、あんたにも見せてやりたかったぜ。


「…ふん。」


両手を大げさに竦めてみせる長曾我部を放って踵を返す。
背中からやはり噛み殺した様な笑い声が聞こえてきたが構わなかった。
この男との会話が珍しく苛立たなかった理由にさして興味は無い。
気にも留めずに甲板を歩く。
先程から騒いでいた子供等のいる船首に行けば、いつの間にやら身の丈よりも大きな鮫が揚がっていた。


…仕留めたのか。
「あー!元就様!」


ぬん!
もうちかちゃんとお話終わったん?
何やとっても大事なお話な感じやったけど!
お邪魔したらあかんと思って呼べへんかったんやけどもうええのん?
こっちきてサメ見いひん?
むさし君とこーちゃんが仕留めてね、お船にあげてくれたん。
サメはお肉もお料理に使えるし、皮とかもやすりにしたりするんやって。
こーちゃんとむさし君がさめにノリノリでどうしようかと思ったけどサメってすごいんやね!


「……」
「ぬ?元就様?」


うん?
どうしたん?
元就様?
何で元就様俺の頭撫でてるん?


「真樹緒。」
「はい?」
「礼を言う。」
「ぬん?」


礼?
何の?


「ふ、」


首を傾げる真樹緒の頭を撫ぜる。
己を見上げた大きな目はただただ無垢で小気味良い。
じっとそのまま黙っていれば真樹緒の首が逆に傾いた。
成程。
可愛げも十二分。
長曾我部になど勿体の無い。


「真樹緒。」
「?はい?」
「一度厳島にも来るがいい。」


四国に滞在しているなら正式な使者を送る。
そなたならば日輪の加護も授かる事が出来よう。
歓迎するぞ。


「!遊びに行ってええの?」
「迎えを遣る。」
「ありがとう元就様!」


嬉しい!
大きかった目が更に大きくなった。
頭を撫でていた手をぎゅうと掴まれ抱え込まれる。
じゃあお土産持っていくね。
あ、こーちゃんもむさし君もいっていい?
明智の光秀さんとちかちゃんも。

小さく頷けばこれでもかという程の破顔一笑が返って来て思わず鼻白んだ。
同時に何か熱いものが体を巡る。


「厳島って素敵な神社があるところよねー楽しみー。」


そんでもって海の上に建ってるんやろう?
素敵よねー。
笑う真樹緒の傍で黙っていた明智光秀がため息を吐いた。


「何か言いたい事があるなら言ったらどうだ明智。」
「いいえついに貴方もかと、まるで我が身を見る思いで見守っておりましたよ。」
「小癪な死神が出過ぎた口を。」
「ぬ?どうしたん?」
「ふふふ、」


何でもありませんよ。
毛利殿は先に船を下りられる様です。


「そうなん?」
「随分と国を空けた故な。」
「そっかー。」


ぬーん。
寂しいけど厳島にお呼ばれしたしね。
お国の事とっても大事やから仕方ないよね。
ばいばい元就様。
ちゃんとご飯食べて元気つけてね。


「そなたも息災でな。」
「ぬん!」


真樹緒の頭から手を離し、今度は船尾に向かう。
厳島が見えた。
日輪が凛然と大鳥居を照らしている。
水面が光り包まれる厳島のなんと神々しい事か。


「同盟の件、詳しく話がしたい。」
「使者を送ろう。」


我が安芸の再興は目前ぞ。
これしきの小事で揺らぐ毛利ではない。
擦れ違いざまに長曾我部と視線を交わす。
奴の喉が鳴った。
口角を上げて応える。



「ふん…」



その後は振り返らなかった。
かしましい声に後ろ髪を引かれる等あってはならない。
我は毛利元就。
神々の集う厳島を統べる者。
日輪の申し子よ。


---------


毛利さん視点でお送りしました…!
言葉づかいが特別な人は語彙力が足らないと痛い目見ますね痛感しましたもうこの人のしゃべりかた分らない…!
にせもの感がぷんぷんしますがどうぞお許し下さいませこれでも頑張りましたぐすん。

最後に元就様がキネマ主を撫でたのは小太郎さんとむさし君に振り回されても一人素直で頑張ってるなあよしよしそなたは偉いぞ、の撫で撫でです。
おにぎりのくだりで元就様はあの二人にイラっとしてるのと、まだキネマ主の無茶ぶりに遭遇していないピュアなお方なので。

次回は四国でまったり、というか甲斐へ戻る準備。
まったりしている所に安芸からお手紙来て宴会にお呼ばれします。
そこでちゅー魔再び。
これが終わったら政宗様と再会です長かった…!
どうぞもう少しお付き合いくださいませ。


  

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