「あにき怖いん?」
「あ?」
「やあほら、ここずっと暗いから。」
俺は別に暗い所怖いとかは無いねんけど、もしかしてあにき怖かった?
あんまり前が見えへんしねえ。
やあやあ俺気つかへんくって。
ちょっとおばけなんてないさに夢中で。
あにき武将さんやから大丈夫かなって思ってたんやけどでもそんなんは関係ないよね。
「ぬん!」
「真樹緒?」
「あにき!」
「あ?どうした。」
「はい、手!」
「手?」
真樹緒が右手を差し出した。
訳が分からずその手をそのままじっと見ていると袴に入れていた手を取られぎゅうと握られる。
小さな手は柔らかく細く、だが力強かった。
「こうやってたら暗くても怖くないやろう?」
やからね、繋いでようね。
俺おるから大丈夫やで。
「真樹緒…、」
「俺かってこわいもんはいっぱいあるよ?」
あ、暗いところは怖くないから安心してね。
大丈夫おれあにきを守るから!
でも俺他にやったらこわいもんあるよ。
「えーっとね、ほら近江のお母さんとか。」
やあ俺近江のお母さんの他にあと二人お母さんおるんやけど、そのお母さんも怒らせたらちょう怖いし。
ゆっきーはたまに笑ってても怖いし。
政宗様にはあんまり怒られた事ないけどもしかしたら今回の事でちょう怒ってるかもしれやんから会うのちょっと怖いし。
あ、会いたいんやで?
ちょう会いたいんやけどきっと怒ってると思うん。
あれそうやって考えたら皆怒ってるんちがうんどうしようお母さんこわいとか言うてる場合違うくない俺…!
「真樹緒。」
「うん?」
どうしたんあにき。
俺けっこうこわいもんいっぱいあったよちょっと聞いて。
俺元就様お助けしておうちに戻ったらとんでもない事が待ってるかもしれへんの。
眉をぐっと寄せて俺を見上げる真樹緒は先程の頼もしさが一変し借りて来た猫の様だ。
それはお前がそれだけ大事にされているからだろうがよと、込み上げた笑みは隠さずにもう一度名前を呼んだ。
「真樹緒。」
「はい?」
「お前、戦を怖いとは思うか。」
「いくさ?」
「ああ、」
繋がれた手はそのままに核心を突いてみる。
お前はどう思っている。
戦を、それを為す俺達を、お前の大事な者達を。
「ぬー…」
やあ、俺は。
俺は武将さん違うし、強くもないし、戦った事も無いからよう分からんけど。
真樹緒が俺を見る。
まっすぐに。
「俺ね、皆が仲良かったら良いのになってゆうのはいっつも思ってるよ。」
俺実は戦ってあんまり見た事なくって。
この前の政宗様と浅井さんが戦した時が初めてで。
その時思ったん。
皆仲良かったらいいのになって。
でもそれは簡単な事やないってゆうんも分かってるん。
言うだけやったら簡単なんは分かってるん。
政宗様かってただ戦がしたい訳やないんよ?
政宗様はお国の人の事がとっても大事で、奥州のお国がとっても大事で、それをどうやったら守っていけるんかなってそういう色んな思いの答えを見つけるのにね、その中の一つに戦うっていう方法があるんやと思うん。
お国を背負うってとっても大変な事やねんて。
やから武人さんもほんまに大変な事なんやと思う。
「俺は武人さんちがうから戦えやんけど、でも武人さんができへん事が出来るよ。」
「武人には出来ねェ事…?」
「うい。」
ほら。
お国が違ったら敵同士ってゆう感じやん?武人さんって。
そうやないところもあるかもしれへんけど、多分敵同士!ってゆうところが多いと思うん。
でもね、俺は武人さん違うからこうやって他のお国の人とお話したり仲よくしたりできるんやで。
友達になれたりするんやで。
大事な大事な人を見つけられたりするねんで。
「俺のおうちは奥州やけど、明智の光秀さんもあにきも大好きよ!」
もちろん甲斐のゆっきーやさっちゃん、おやかた様。
北条のじいちゃん。
越後のかすがちゃんも大好きよ!
あ、むさしくんや島津のじっちゃんもね!
「そうしたら俺、皆にお話する事ができるやん?」
政宗様はあにきの事全然知らんけど、俺があにきの事知ってるから政宗様にあにきの事お話できるやん?
そうしたらもしかしらた戦う事があったかもしれやん政宗様とあにきが、もう戦わんで良い事になるかもしれやんやんか。
とっても仲良しになって友達にもなれるかもしれやんやんか。
それもぬん、簡単な事や無いなってゆうのは分かるけど、そういう方法もあってもいいと思うん。
俺、やから戦う人の事は全然こわくない。
政宗様も明智の光秀さんもこわくない。
あにきもゆっきーやさっちゃんもおやかた様もこわくない。
おシゲちゃんは怒ったらこわいけどでもやっぱりこわくない。
鬼さんもこわくない。
伝説のお忍びさんなこーちゃんとこじゅさんは出会った時血だらけやったけど今とっても元気やで。
全然こわくない。
蘭丸君も、蘭丸君のお母さんも蘭丸君のお父さんも。
お話できる機会があったらお話したいなって思ってる。
やあでもこれは皆にないしょね。
ゆうたら絶対おこられるから!
「は…」
何て事ァ無く笑って見せる真樹緒に、どれほど俺が救われたか当の真樹緒は知るよしもねぇだろう。
目の奥が熱く胸の奥から何かがせり上がって来る様だ。
そうか。
そうだったのか。
そうすればよかったのか。
ぐるぐると頭の中で真樹緒の声が巡る。
「あにき?」
「はは…」
簡単な事だった。
複雑にしていたのは己だった。
ああだがそれも長曾我部を背負うと四国を背負うと武人になると心決めた故か。
まだ整理がつかないというのにどうしてだか清々しい。
ぼろぼろと錆が落ちる様に。
何て強くでけェ信念を持ってやがるんだ。
「真樹緒。」
「ぬん?」
「俺が、武人である俺が戦の無い世を願うのはおかしい事だと思うか。」
「へ?なんで?」
とってもいいことやと思うよ。
なんで?
俺が思ってるよりもすっごいいいことやと思うよ。
いっこもおかしくないし、俺うれしいよ。
あにき優しいもんね!
そう言って笑う真樹緒が眩しい。
眩しくて眩しくて、そして愛しい。
真正面から許されて胸が締め付けられる。
「強ェな、真樹緒は。」
「ぬ?おれ?」
「…俺は、お前ぐれェの時分戦が怖くて怖くてそりゃァしかたがなかった。」
姫若子なんぞと呼ばれてなァ。
「ひめわこ?」
「親も家臣も顔を覆う程の軟弱ぶりよ。」
日がな部屋に籠り本を読み、武術の鍛錬をする訳でもなく陰では女の様だと言われ。
それでも俺はそんな悪言を言われるだけで済むならそれでもいいと行いを改める事はなかった。
戦が無くなれば、皆が争わない日々平穏な世が来れば、そんな事ばかりを考えて己の血から逃げていた。
「何もしなけりゃ、何も変わるはずねェのになァ。」
過去の自分と信念は今の俺の中に確かにある。
大丈夫だ。
俺には俺の方法があって。
お前にはお前の考える知る辺があって。
繋いだ手に力を込めた。
離したくは無かった。
「…ぬん、あにき。」
「、どうした。」
ずいぶんと下にある小さな頭が揺れている。
強く握りすぎたかと僅か手を緩めれば逆にぎゅうと握り締められて。
俺を呼ぶ声は少し思いつめていて何か真樹緒の気にかかる事でも言ってしまったかと顔を覗きこんだ。
「あのね、あにき!」
「真樹緒?」
「ほんならあにきは姫ちかちゃんやね!」
……
………
「あン?」
「俺ね、考えてたんいま。」
あのね。
ほら、俺あにきの事あにきって呼ぶんとっても好きなんやけど、かっこういいと思うんやけど、でもやっぱりお名前で呼びたいっていうんもあったんな?
やってあにきってあにきのお名前分かれへんから呼んだっていう何だか俺にしてはふほんいなスタートやし。
それであにきを何て呼ぼうか最近ずっとかんがえてたりしたんやけどぴん!ってくるんが今までなくってー。
でも今ひらめいたん。
ちょうひらめいたん。
ひめわこってとっても可愛い響きやん?
そこからひと文字もらってね、姫ちかちゃん。
もちろんちかちゃんでも可愛いかなって思うんやけど、やっぱり姫ってゆう響きはすてがたいしー。
「姫ちかちゃん。」
……
………
「姫ちかちゃん。」
「楽しそうな顔だなオイ。」
何思いつめてんのかと思ったじゃねェか。
何だその笑顔は可愛いなオイ。
つーかおめェ俺が結構いい話してんのに何考えてやがったんだ。
何でもいいけどよお前ェがそう呼びてぇなら。
「あのね、ちかちゃんって呼ぶ時もあるけど姫ちかちゃんも呼ぶん。」
「おーおー、真樹緒の好きにしな。」
「ぬん!」
ありがと!
満面の笑みを寄越しながら真樹緒はまた何事も無かったかのように歌を歌いだした。
「おばけのーともーだち、つれてあーるいーたら。」
そこらじゅーのひーとがびっくりするーだろー。
だけどちょっとだけどちょっとぼーくだってこわいな。
耳をくすぐるそれは心地よく俺も鼻歌で混ざってみる。
三回ほど繰り返されたそれはどれも同じ節で耳に馴染んでしまった。
それに気付いた真樹緒が俺を見上げ笑う。
それに俺も笑って応え。
「おばけなんてなーいさ!おばけなんてうーそさ!」
得体の知れない不気味な隠し通路を進んでいるというのに、俺と真樹緒の二人の周りはやけに明るい雰囲気に包まれている。
優しく優しく繋がれた手は、未だ離す事は出来ない。
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姫ちかちゃん(笑)
あにきのぐるぐる編でした。
というか後書き途中で切れてしまっていて昨日の私何をあとがいたのかよく覚えておりませんまじで…!
ニルのあにきは武将さんにしては甘い考えをもっていて、それを別に恥じる事は無いけれど気にはしていたんだよーという事をお伝えしたかったのだとおもいます。
うーんしりきれとんぼ…!
次回はキネマ主サイドからまだまだあにきといちゃいいちゃか、隠し扉を出るか。
おかみと落ち合って
「暫く見ない間に随分可愛らしくなったものですね、姫ちかちゃん。」
「いィーんだよこいつが呼びてーならそれで。」
とかなんとかいうやりとりをやらかしたいです。
それでは!
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