「おばけなんてないさー。」
おばけなんてうーそさー!
前も後ろもよく分からない薄気味悪い通路を真樹緒と共に歩く。
そこはただただ真っ直ぐに前へと続き、終わりは全く見えない。
まるで闇に誘われている様だ。
辺りの気配を探ってみるが、特に危険がある様にも敵兵が忍んでいる様子もみられない。
それでも出口はどこかにあるのか、時折生温かい風が気紛れに通り過ぎて行く。
「ねーぼけーたひーとが、みまちがーえたーのさ!」
結局あれから扉が再び開く事は無かった。
強い衝撃を当てれば爆破すると言われてまさか試してみる事も出来ず、そのまま俺と真樹緒、明智と坊主そして真樹緒の忍とに分かれて胡散臭ェ城の中を進行している。
最後まで明智は渋ったが他に方法が無いのと、真樹緒の無事を約束する事で首を縦に振らせた。
今頃は坊主と真樹緒の忍びと共に元来の道を進んでいるはずだ。
折り合いの悪いあの二人の世話に、腹を痛めてなけりゃァいいが。
思わず笑い出しそうになるのを堪える。
だがあの死神が餓鬼のお守ねェ、と込み上げて来たものに耐える事が出来ず口元を覆った。
そうなると日頃からそりゃァ仲のいいあいつらと別れた当の真樹緒だが。
さぞ心細い思いでもしているのかと思えば。
「だけどちょっとだけどちょっとぼーくだってこわいな!」
おばけなんてなーいさ。
おばけなんてうーそさ!
……
………
「そうでもねェみてェだな。」
「ぬ?」
なに?
どうしたんあにき。
そんな真面目な顔しちゃって。
何か気になる事でもあった?
「いいや何でもねェよ。」
「そお?」
やあもしかして俺のうたってた歌が気になったんかなって。
やあこれねえ、おばけなんてないさってゆうん。
ここ何やちょっと暗いやんか?
真っ暗やんか?
そんでもってたまに吹いてくる生あったかい風もちょっと気持ち悪い感じやん?
お化けとか出そうやん?
俺的にはお化けとかそんな信じてへんねんけどー、こうふんいきてきにここはお化けの歌かなって!
これ五番まであるからもうちょっとお付き合いしてくれると嬉しいんやけど。
「なげェな。」
「ねー、感動きょへんよね!」
そう言いながら真樹緒はまた歌を繰り返す。
「ほんとにーおーばーけがーでてきたーらどうしよ!」
機嫌良く笑いながらずんずんと。
余り俺から離れるなと声をかければ「ぬん!」と手を振って。
心なしか近づいた小さな背中を頼もしいもんだと眺めた。
「…、」
本当に、不思議な子供だと思う。
ただのどこにでもいそうな子供なのに。
けれど伝説の忍を携え、あの明智光秀の庇護を受け、独眼竜の寵児だという。
「真樹緒。」
「ぬ?はい?」
名を呼ぶと歌うのを止めて振り返りどうしたんあにきと首を傾げた。
それに何もねぇと手を振れば変なあにき!とまた前を向いて歌い出す。
「は…」
愛嬌はある。
笑った顔と懐っこい仕草、人見知りもせず無垢に。
だがやはり分からねぇ。
何故怯えない。
何故恐れない。
何故笑えるのだろう。
何故そこまで誰かを思えるのだろう。
人を思って動けるのだろう。
真樹緒と毛利に面識は無い。
俺と安芸からの使者の話を聞いただけで、どうしてここまで来たのだろう。
分からない事ばかりだ。
小さな小さな子供は、遥か昔の自分を思い起こさせる。
理想と夢物語の中で現実から目を背けていた自分を思い起こさせる。
戦を嫌い外に出る事を疎み、どうして世の中の武将達は皆武器を持ち戦う事しか出来ないのか、どうして共に手を取り合って力を合わせる事が出来ないのかと暗い暗い部屋で膝を抱えた頃を思い出させる。
今、その過去の上にある自分は夢や理想を捨てた訳ではない。
戦国の世にあってそれが無駄な事などと思った事も無い。
けれどそれがどんなに困難であるか知っている。
自分一人の力では到底叶う事の無い絵空事であるか知っている。
なのにどうだ。
この、現状は。
良い噂なぞ終ぞ聞いた事の無い明智光秀と共に、敵である毛利を救うべく船を出して。
「ははは…」
真樹緒と言葉を交わす度に体の澱みが洗われていくようだ。
あの頃の自分に戻れるようだ。
もう、俺の腕は細くも無い。
日影を好む事も無い。
戦が嫌いだと恐ろしいと泣く事も無い。
だがこの戦国の世の平穏安寧を夢見る事を止めた訳でも無い。
誰もが朋友であればいいと望んでいる。
真樹緒を見ているとそれが馬鹿話でも夢物語でも無い様な気がしてならない。
お前を無事に伊達政宗の元へ戻そうと躍起になっている明智光秀は、伊達政宗に浅井軍をけし掛けた張本人だ。
そんな事が本当にあるなんて。
「真樹緒。」
「ぬ?なあに?」
「お前、怖ェもんはねぇのか。」
恐らく三番目に差しかかっていた真樹緒の歌を止めて聞いて見る。
「こえーもん?」
ぬん?
こわいもん?
ぬーん、こわいもん。
やあそりゃあ俺かってこわいもんぐらいいっぱいあるよーもちろん!
えーっとね、ぬーんとね、うーんとね、例えばね。
「……………しいたけ?」
ほら、しいたけ。
あのきのこの中でも結構な存在感で俺に立ちふさがるしいたけ。
どのお料理に入ってても何かとその味で主張してくるしいたけ。
においをかいだら顔ぎゅってなるしー、思い切って口の中に入れたらぶにゅぶにゅで飲み込むのもひと苦労やしー。
やっと飲み込んら飲み込んだであとあじちょうしいたけやしー。
この大抵のものはもぐもぐおいしく頂いちゃうおれをしょんぼりさせてくれるお野菜なん。
「しいたけ。」
「そりゃァ嫌いな食いモンだろうがよ。」
「ぬん?」
首を傾げた真樹緒の頭をぐしゃぐしゃとまぜる。
ああ全くよゥ、お前は。
話の奥底を分かってんだかいねーんだか。
含みを込めたつもりはなかったが、もう少しで捕まえられそうだったのにするりと逃げられた気分だ。
くっくっくと笑いながらそうじゃなくてなと肩の力を抜いた。
ああ、それだけでもお前が十分分かった様な気がするが。
俺が知りたいのはお前の本質。
じっと真樹緒を見る。
そうして頬に触れて。
明智に言わせると餅だというそれはその通り柔い。
なァ、真樹緒。
一体何がお前をそうさせているのかを俺は知りたい。
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