「ぬん…!明智の光秀さん怒ってる…!」
「何故私が怒っているのかご存知で?」
「ぬ…?」
分からないようならあなたのこの餅の様な頬をこのまま握りつぶしますよ。
何故私が怒っているのかご存知で?
「俺が勝手に走って行ったからですごめんなさい…!」
ぬーんごめんなさい!
泣きそうな顔で坊やから降りた真樹緒が腕を伸ばしてくる。
もうせえへんから。
ちゃんと言う事きくから。
それについと素知らぬふりをしそんな言葉は聞き飽きましたと言ってやれば真樹緒の顔が面白い位に歪む。
「あ、あけちのみつひでさん…」
「…」
泣いてしまうだろうか。
不意にそんな事を思い、手を真樹緒の頬から離しひと撫で。
柔らかいそこに触れてため息を一つ。
「明智の光秀さん…?」
どうしたん?
まだおこってる?
ぬん…、心配かけてごめんなさい。
俺ね、あのね、
眉をへの字に曲げて見上げて来る真樹緒の頭を撫でた。
私はこんなに甘かっただろうか。
こんな風に人に触れた事があっただろうかと、考えても仕様が無い事を思う。
「おーおー、派手にやりやがったなァ明智よう。」
「あにき!」
「…鬼。」
「(しゅた)」
「こーちゃんも!」
ぬんぬんこーちゃん大丈夫やった?
さっきのロボットに追いかけられてたやろう?
俺、お助けに行きたかったんやけどこっちもちょっと追いかけられちゃってね。
逃げ切れやんくってね。
ごめんね。
怖かったんちがう?
「(ふるふる)」
「怪我ない?」
「(こくん)」
「よかった!」
ぬん!
こーちゃん無事でよかった!
俺とむさし君も明智の光秀さんに助けてもらったから無事やで!
「あにきがこーちゃん助けてくれたん?」
「あん?」
俺は何もしてねェぜ。
自分で明智がお前等んとこに行ったのに気付いたんだろ。
その後ァ、見事な忍びの所業よ。
「目にもとまらぬってやつだ。」
「こーちゃん凄い!」
真樹緒が忍の元へ飛び込んで行く。
私の手をするりと抜けて。
僅かな物足りなさを感じた気がしてその手を見たけれど、何の変哲もない私の手はただそこにあるだけで。
ぐ、と力を入れてみた。
それでも足りない何かは埋まらない。
「おいおかみ。」
「…何です。」
「おめーのせいで真樹緒をおしのびにとられちまっただろー。」
どーしてくれんだ。
隣でぼそりと、ふてくされた坊やが言った。
あいつけっこーてごわいんだかんな。
真樹緒にいっつもくっついてやがるしよー。
このみやもとむさしさまをびびらねーしつれーなやつだ。
「おや…取られてはいけませんか。」
「あー?」
真樹緒はおれさまがまもってやるってやくそくした。
やくそくはまもるのがさいきょうのおとこだろ。
「それによー。」
「何です。」
「おれさまがいやだ。」
……
………
「…嫌ですか。」
「おう、いやだ。」
おしのびと真樹緒がいっしょにいんのはいやだ。
おにといんのもきにくわねー。
おんなじぐれーいやだ。
あ、おかみはおかみだからべつにきにしねー。
あいつはおれさまといっしょにいればいーんだ。
おれさまがまもるからおしのびやおにといなくてもいーんだ。
「…おや、まあ。」
何とも意外な物言いに思わず驚いてしまった。
この私が声を上げて。
まっすぐに真樹緒と忍を見つめる坊やの目は何の曇りも無い。
いっそ清々しく。
ふてくされている癖に一心なそれに何の言葉も出なかった。
ゆっくりとその視線を追えば楽しげに忍と鬼と戯れる真樹緒がいる。
それを見てああそういう事かと。
物足りなさはこれかと。
「まさか坊やに教わるとは。」
「あん?」
「行きますよ坊や。」
「おいおかみ、おめーいまなんかいいかけただろ。」
「さあ何の事やら。」
「おいおかみ!」
まておめー!
はぐらかしてんじゃねー!
「ああ煩い煩い、静かにしてくれませんか。」
「おい、何してんだてめェら。」
坊やがきいきいと喚いている後ろから鬼が歩いてくる。
槍を肩に担ぎ、反対の手に真樹緒を絡ませてそれは仲睦まじく。
まるで恋仲かくやとでもいう程に。
ちらりと坊やを見ればほんの今まで私に噛みついていた事などすっかり忘れて鬼を睨んでいた。
何とまあ、可愛らしい。
「明智の光秀さん早くいこうー。」
むさし君も!
ぬん。
もう俺、急に走りだしたりせえへんから。
ちゃんと皆と一緒に行くから。
こーちゃんともね、離れたりせえんから。
俺お約束するから!
「そのお約束をいつまで覚えて頂けているやら。」
「全くだ。」
「やあやあ二人ともそんなにため息はかないでー。」
あにきも明智の光秀さんも呆れた顔しないでー。
俺なんか自信なくすやん。
これからがんばろう!ってゆう時になんかやっぱりあかんかなって思ってしまうやん。
でばなをくじかれてしまうやん。
「出鼻を挫かれたのは私ですよ。」
挫かれるどころか鼻っ柱を折られた気分です。
あなたは何度言っても人の話を聞かないで。
「ぬーん…やぶへび!」
「くっくっくっ!」
ちげェねえな。
鬼と手を繋いだままひょっこりとその背に隠れてしまった真樹緒に目をやり、やはり溜息を一つ。
さあ行きますよと踵を返した時だった。
今まで静かに鬼を睨んでいた坊やがすたすたと歩き出し。
「真樹緒!おめーはおれさまとだ!」
「むさし君!?」
鬼が繋いでいる方とは別の方の真樹緒の手を引いた。
その後はもう一瞬の出来事で。
「こォら坊主!あぶねーだろうがよ!」
体勢を崩した真樹緒を支えようと鬼が更にあれの手を引いて。
思った以上の勢いがついた真樹緒の体は鬼の胸へ飛び込み今度は鬼が体勢を崩した。
そしてあ、という声も出せない間に。
「あン?」
「ぬ?」
鬼の背がついた壁がくるりと回転し二人の姿はどこにも間見えなくなった。
つい今思い切り回転した壁は僅かの境目も見えずもはやどこが扉なのか分からない。
……
………
「っ真樹緒!?」
「おい真樹緒!おめーどこいった!」
「(どんどんどんどんどん…!)」
忍が壁を叩けども扉が再び回転する様子は無い。
そこに本当にあったのかと言う程にびくともしない。
一体何が起こったのか。
扉の向こうにいるはずの真樹緒を呼んだ。
「真樹緒!」
「ぬんぬん俺は大丈夫!」
あにきもだいじょうぶ!
なんかとっても暗いけど二人揃って転んだだけで、何ともないよ!
「…無事ですか。」
「全然へいき!」
「ああ、だが扉がうんともすんともいわねェんだよ。」
扉が回った時は手応えすら無かったんだがよ。
押そうが叩こうが蹴ろうがどうにもならねぇ。
こりゃあ、もう一回ここを開こうとするのは無理かもな。
決して薄くは無い扉の向こうから鬼の声が聞こえて来る。
無事ならばそれで構わない。
けれどその姿が見る事ができずもどかしい。
いっそこの壁を鎌で薙ぎいてやりましょうかと手に力が入れば。
「しかたねーなー。」
……
………
「は、」
「ぬ?むさし君?」
「おーおれさまだ。」
いいかよーっくきけよ。
「ぬ?」
「おれさまはおかみとおしのびとこのまますすむからよー。」
おめーはおにとそのまますすんででぐちをみつけろな。
そーいうあなはぜってーどっかにつながってっからあんしんしろ。
あ、でもあぶねーことはするんじゃねーぞ。
おれさまがついててやれねーんだかんな。
いざとなったらおにをたてにしてにげろ!
坊やがまた余計な事を言い出す始末で。
……
………
「とんでもねぇ事言うんじゃねぇよ。」
「勝手に決めないで頂けますか。」
真樹緒、離れていなさい。
扉を破壊します。
そろそろ堪忍袋の緒も限界ですひと思いに壊して差し上げましょう。
私の今持ちうるすべての鬱憤を込めて。
そう言って鎌を振りかぶる。
「鬼、真樹緒を壁から離して下さい。」
そして将に切っ先が壁にという時によもや。
「そんなコトしチャダメねー。」
それトクベツな隠しトビラ。
強ィーしょうゲキ与えると爆発するヨー。
その部屋ゴトー、ドッカーンねー。
とってモーたいヘーン。
……
………
「ぬ?だれ?」
「ワタシがザビーヨー!」
ようコソみなサーン、新しい入信シャはだいかんゲーイ。
「え、どっから?」
「うフフー、ザビーはここデあなたタチ待ってるネー。」
ハヤク見つけてチョーダーイ。
「……ぬん、」
やあ明智の光秀さん。
ザビーさんやって。
ほら、あの噂のザビーさん。
元就様を連れて行ったってゆうザビーさん。
こんなお茶目な人やったんやねザビーさん俺とっても意外でびっくりしてもうたんやけど…!
元就様を見つける前にザビーさんに見つかってもうたね声だけやけど!
この声もどっから聞こえてるんかよう分からん感じやけど!
明智の光秀さん!
あにき!
こーちゃん!
むさし君!
ほらほらザビーさんやって!
「…なんかよわそーだな。」
「(…こくり)」
「中々辛辣だなてめェらはよ。」
「……」
「明智の光秀さん?」
どうしたん?
黙ってしまって。
声きこえへんけど。
ザビーさんやで。
「何故、」
「ぬ?」
「何故ここは私を苛々とさせる事しか起こらないのでしょう。」
ザビーだか何だか知りませんが相手をするのも洒落臭い。
さっさと毛利を見つけ出し、こんな所は失礼させていただきます分かりましたね真樹緒二度は言いませんよ。
「っはい…!」
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なんかもうどうでもいいから早く帰りたい明智の光秀さんで一つ。
まだ来たばっかりなのに色んな事が起こりすぎて死神なくせに意外と現実主義なニルの明智の光秀さんの許容量がいっぱいいっぱいです。
むさし君は無自覚独占欲です。
おかみはおかみで別にいいけれど、他の男は何かとってもキネマ主のそばにいると嫌な感じ。
その気持ちが何なのか本人全然気づいていないのですけれど。
最近みんなに愛されてキネマ主は幸せものですぬん。
次回はあにきとキネマ主サイドから。
特に何に襲われることも無く二人で色んな話が出来たらいいなと思うのです。
おかみとむさし君、おかみと小太郎さんは特に諍いありませんが、明智の光秀さんが小太郎さんとむさし君の諍いに板挟まれるのでおかみの苦労は未だ絶えません。
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