鉄を打つ規則正しい音を聞きながら空を見上げた。
雲たなびく空は快晴で、時折小鳥が飛んで行くのが見える。
少し温かくなり始めた風が頬を撫で、そこに混じる仄かな潮の香りに薩摩の恵みを知る。
目をつむれば遠く町の喧騒が聞こえた。
手の中にある未だ熱い茶を傾けて一息。
「…平和ですねえ。」
すこぶる平和です。
穏やかな昼下がり、静かなひと時。
僅かな煩いも無いこのひと時。
なんと平和な事か。
およそ己らしからぬ事を思いながらも、口をついて出た言葉を噛み締め小さく息を吐く。
真樹緒が町へ向かってもう二刻程は経っただろうか。
美味しい物を食べるのだとやけに張り切っていたようですが。
忍の手を取り坊やを誘い。
かしましくしていたところまでは知っている。
今頃は何をしているのやら。
「…」
もう一度茶を傾けて息を吐いた。
そろそろ己の武器も完成する。
刃が出来てしまえば後は柄のみで、明日受け取ればすぐにでも四国へ戻る事ができるだろう。
目を開き手の中の湯呑を遊ばせて思うのは。
「明智の光秀さーん!!」
「…おや。」
丁度考えていた子の声が聞こえて思わず口元が緩んだ。
思っていたよりも早い帰りに、町は十分満喫できたのかと顔を上げ声が聞こえた方を見る。
「てめーおしのび!」
それよこせ!
おれさまがもってやるっていってんだろ!
「(…)」
だ ま れ
あ る じ の
だ い じ
ふ れ る な ど
ゆ る さ な い
「あんだとー!!」
「にょー!むさし君!それ割れ物やから!」
ちょっとの衝撃でもわれるから!
気をつけて!
ちょう気をつけてほしいん皆へのお土産なん…!
とびかかっていかんで…!
……
………
「私の平和が。」
平穏で静かな私の平和が。
穏やかなひとときが。
面白い位に易々と壊されてひくりと口元が震えた。
ここからでも確かに見えた三人は真樹緒を真ん中に何やら騒ぎながらこちらへやって来る。
真樹緒はいいんですよあの子は。
偶に何を考えているのかよく分からない事もありますが取るに足りない範疇です可愛いものです。
忍もいいんですよ。
少々やり過ぎる事もありますがあれは真樹緒の望むままに事を起こしているだけの事。
諸々の問題は坊やですあの子はどうして毎度毎度真樹緒と忍を巻き込むのか。
「明智の光秀さんただいま!」
「お早いお帰りで。」
忍と坊やの間でおろおろとしていた真樹緒が息を切らせて私の方に走って来る。
町はどうでしたかと聞けば楽しかった!と満面の笑みで。
「お土産買ったん。」
「…鬼へですか?」
「あにきにもあるけど、甲斐におるみんなに。」
奥州におる鬼さんへのお土産もあるけど!
「きりこって知ってる?」
「薩摩切子ですか。」
「ぬん!」
恐らく真樹緒の後ろで坊やと忍二人が奪い合っているのがそれなのでしょう。
なぜ奪い合っているのかは皆目見当もつきませんが。
「良い物を選びましたね。」
「色がとっても綺麗やったん。」
薩摩切子といえばその細やかな細工と色被せで名を馳せている。
物によれば驚くほどの高値で取引されている程で、ここ薩摩の名産であり資源。
私が持たせた小遣い銭で足るとは思いませんので恐らく鬼が又甘やかしたのでしょう。
小さく息を吐けば真樹緒が首を傾げて私を覗きこんだ。
その頭を撫で何も無いと告げれば途端にいつも通りの笑みを見せて。
私はその笑顔に安堵する。
「真樹緒。」
「ぬ?はい?」
「町で変わった事はありませんでしたか。」
「変わった事?」
私の考え過ぎならばいい。
ただの懸念であればいい。
けれど、この子にもしも何かがあればとそればかり考える。
「気にならなければそれでいいのですが。」
「うーん。」
やあ別になかったと思うけどー。
とっても楽しかったけどー。
初めこそこーちゃんとむさし君がおらんくて俺ひとりやったけど、お買いものしてたしー。
ほら、きりこ。
あれ買った時一人やったし。
その後はお芋のかりんとう食べてね、お豆腐でんがく食べてね、ちょっと買い忘れてたきりこもう一回買いに行ってね。
その時はもう三人やったし。
「あ、お芋のかりんとう明智の光秀さんの分もあるよ。」
甘くてとってもおいしいから食べてみて!
「おや、」
差し出されたのはまだ仄かに温もりが残る包み。
甘い香りが漂ってくる。
真樹緒を見ればまたにこりと笑って。
食べてと無言の内に催促されてしまう。
「はい、明智の光秀さんもあーん。」
「…、あ?」
「あーん。」
ほらほら。
お口あけて明智の光秀さん。
まだあったかいからとってもおいしいと思うで。
私の隣に座り、かりんとうとやらをひとつ掴み(やたらと甘い匂いが漂った)そして「あーん」とそれを顔の前で振る真樹緒は楽しげで。
面喰っている私が動かずにいれば、きょとんとした後構わず膝の上に乗り上げて来る。
文句を言う前に落ち着いてしまった小さな体はやはりまだ笑ったままで、二の句を継げない私を覗き込む。
「明智の光秀さん、あーん。」
はい、あーん。
かりんとうどうぞー。
たべて。
俺とこーちゃんとむさし君は先に頂いたから。
「…甘いものは余り、」
「ぬん、」
でも、でも。
このかりんとうお芋で。
あんまり甘すぎやんから明智の光秀さんも大丈夫やと思うん。
あとあじすっきりなん。
俺食べてとってもおいしかったから明智の光秀さんにも食べてもらいたいなって。
ぬん。
思ったんやけど。
「…思ったんやけど、」
先程のはしゃぎぶりが嘘の様にしおれてしまった真樹緒がかりんとうを持ったまま俯いてしまう。
かりんとうをじっと睨み、それこそ親の敵かと言う程に睨み、ちらりと私を見上げる。
何度かそれを繰り返しているのを静かに眺め、尚、何も言わないでいると真樹緒の頬が膨らんだ。
眉と眉の間に似合いもしない皺を刻んでうらめしそうにまた私を見上げる。
「ふ、」
私はそれが可笑しくて。
それはもう声を上げて笑いたい程に可笑しくて。
「明智の光秀さん?」
「真樹緒。」
「ぬ?はい?」
「一口だけなら。」
私はそれほど甘味を好んで食べません。
そういうものはあなたの方がよく似合う。
「ぬん!」
まじで!
明智の光秀さん食べてくれるんまじで!
やあやあどうぞ。
ではではどうぞ。
はいはいどうぞ。
「あーん。」
「…、」
しおれていた顔が途端に綻んだ。
花が咲く様に弾けた。
目を見張る私の事などお構い無しに小さな子供は笑う。
満足げな真樹緒が「おいしいで!」と笑う。
眩しい、と思わず目を細め口を開いた。
甘い甘いかりんとうはほろほろと口の中でとろけていく。
温かさとどうしてだか苦しさを孕んで私の中へ入っていく。
「なあなあ、おいしいやろう?」
「悪くは、ありませんね。」
「ぬん!」
そのままくるりと膝の上で向きを変え袋の中のかりんとうをもぐもぐと。
本格的に落ち着いてしまった真樹緒に、さてどうしたものかと息を吐いた。
上機嫌なこの子をこのまま甘やかすのはやぶさかではありませんが。
「…、真樹緒。」
「ぬん。」
一体いつまで膝に乗っているつもりですか。
やって俺ちょっとお疲れなんやもん。
町を満喫してきたのでしょう。
町はとっても楽しかったけど、こーちゃんとむさし君がまたひと暴れしたんやもん。
やから明智の光秀さんのお膝で癒されるんやもん。
膝から動くつもりはないのか浮いた足をぷらぷらと。
そして甘える様に私を見る真樹緒にまんまと絆され小さく息が漏れた。
ああ私はどうも。
この子にかかると調子が狂っていけない。
「…、そう言えば何故あの二人は先程から風呂敷包みを取り合ってるので。」
「やあやあそれがー。」
ぬん。
聞いてくれる?
あのね。
俺、二人とはぐれててさっきやっと会えたんやけどー。
何か感動の再会してからちょっぴりあの二人の雰囲気が険悪ってゆうか―。
ただならぬ空気ってゆうかー。
俺が間に入りこめやんのよねー。
ほんでね、明智の光秀さんのところに帰るってゆう時にこーちゃんが荷物持ってくれるってゆうたん。
俺いいよってお断りしたんやけど、こーちゃんほら優しいから持ってくれて。
それ見たむさし君が「おしのびがもつぐれーならおれさまがもつ!」ってやる気満々になっちゃって。
さっきからきりこ入った箱の取りあいしてるん。
大事なもんやから気をつけてってお願いしたんやけどー。
でも俺やっぱりちょっとしんぱい。
「なるほど、」
背中を預けて来る真樹緒の頭を撫で、それは難儀でしたねえと目の前で繰り広げられている壮絶な争奪戦を見ながら呟いた。
忍がこれの大事なものを割ったりする訳は無いでしょうがそれでも。
「あなたが止めれば止まるのでは。」
「さっきから止めてってゆうてるけどお話きいてくれへんの。」
やから二人の優しさがとっても俺をドキドキさせてるん。
もし落ちたら、って思ったら気が気やないん。
見上げて来た真樹緒の眉は少し下がっていた。
大丈夫ですよと告げてみても目の前の二人がああでは。
「てめー!おしのびいいかげんにわたしやがれ!!」
「(しゅっしゅっしゅ!!)」
「はん!みやもとむさしにおなじわざはきかねー!」
しのびどーぐそっくりそのままおめーにかえしてやらー!
「(…)」
すっ
「あん?」
「(ひょーい)」
「あ?」
ドッカーン!!!
「なにしやがるおしのびてめー!!」
……
………
「明智の光秀さんなんかばくはつした…!!」
「そんな顔をしなくともあれ位では坊やはどうもありませんよ。」
「でも!!」
はいはい落ち着きなさい。
余りに度が過ぎれば止めて差し上げますから少し落ち着きなさい。
体を固めた真樹緒の頭をぽんぽんと撫でて忍と坊やを見る。
程々になさいよとは忍びへ。
いい加減にしなさいよとは坊やへ。
「あ、おめーおかみ!」
……
………
「は?」
「…ぬん。」
「おめーおかみじゃねーか!ちょっとおめーもおしのびになんとかいってくれよ!」
おかみは真樹緒とおしのびのおかみだろ!
こいついうこときかねーの。
おれさまが真樹緒をまもってやるっつーのにいうこときかねーの。
いまだって真樹緒のだいじなもんおれさまによこさねーんだぜ。
真樹緒のだいじなもんは真樹緒とまとめておれさまがまもってやるっていってんのによー!
………
…………
「真樹緒。」
「俺ちゃんと明智の光秀さんの事は明智の光秀さんやでって紹介したもん…!」
でも。
でも…!
どうしてだかむさし君の中で明智の光秀さんよりも近江のお母さんよりもおかみのイメージが強くって何回ゆうてもおかみってゆうんやもん俺わるくない…!
撫でていた頭をがしりと掴んでやれば真樹緒の体が震えた。
びくりと大きく一つ震えて私を見上げて来る。
それをじとりと見下ろしてやれば漸くごめんなさいと小さい声が。
「おいおかみ!きいてんのか!」
「誰が女将ですか。」
私は忍の女将にも真樹緒の女将にもなった覚えはありませんよ。
「そうやでむさし君!」
明智の光秀さんは近江のお母さんなんやで!
みつあみしてるからって実はおかみとちがうんやで!
いくら明智の光秀さんが美人でおかみみたいでも、そこは俺ゆずれやんわ!
「どの口が言いますか。」
ぺちん!
「ぬんっ!」
散々、女将女将言っていたのはどこのどなたやら。
自信満々に叫んだ真樹緒の額をひっぱたきため息を吐けばそれを目ざとく見つけた坊やが息巻いて飛んで来た。
「てめーおかみ!真樹緒にあにしやがる!」
「ああ丁度良いそのままこちらに来なさい坊や。」
あなたのその額も思い切りひっぱたいてあげましょう。
丁度私の鎌もそろそろ出来上がります。
久方ぶりに腕が疼きそうですよ。
「仏の顔も三度までとはよく言ったものです。」
私は死神ですけれどね。
その分容赦はいたしませんよ。
「明智の光秀さん三度どころか一度でも見逃してくれへんくせに…!」
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明智の光秀さんといちゃいちゃ。
以前アンケで明智の光秀さんのおひざに乗せて下さいと頂いたので乗せてみたり。
今の明智の光秀さんなら大丈夫ちゃんと乗せてくれまする。
次回は四国に帰ります。
でもあにきはむさし君に、出会い頭に喧嘩売られるよ。
明智の光秀さんとこーちゃんとキネマ主は慣れっこだからつっこまないよ。
そしてやっとこザビー教…!
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