「もう一度繰り返しますよ。」
「うい。」
「勝手に走り回ったりしてはいけません。」
「うい。」
「一人になってもいけません。」
「うい。」
「忍とはぐれないように。」
「うい。」
「日暮れ前にはこの鍛冶場に戻って来なさい。」
約束できますか。
「うい!」
「返事は、」
「は い !」
明智の光秀さんが人差し指を立てて、俺が大きく頷いて。
賑やかな町の外れ、カンカンキンキン鉄を打つ音が響く鍛冶場の前で今から三人だけで遊びに行くためのお約束かくにん三回目。
お耳にたこができるんちがうかなっていうぐらいお約束をかくにんしても明智の光秀さんの難しい顔はそのまんまで。
でも俺は早くあの楽しそうな町の中に入って行きたくてそわそわ。
お約束かくにん二回目まではしっかり聞いてたんやけど三回目になってからは俺の気もそぞろ。
やって向こうから楽しそうな音とか、声とか、おいしそうな匂いとかが俺を誘ってるんやもんちょっと背中がむずむずしてる真樹緒ですこんにちは!
ぬうう。
はやく。
はやくあっちに行きたい。
ちょう楽しそうな町を満喫したい。
「明智の光秀さんもう行ってもいい?」
俺お約束守るから。
ちゃんと守るから。
夕暮れ前には戻って来るから。
俺もう我慢できやんのやけど!!
「忍。」
「(…)」
「坊やはどうなっても構いませんがくれぐれも真樹緒から目を離さない様に。」
何か無茶を仕出かしそうになったなら有無を言わさず引っ張って来なさい。
坊やは放っておいて構いません。
邪魔をするなら少しぐらい痛い目に会わせてやりなさい。
「(こくり)」
「任せましたよ。」
最近ずっと美人おかみやった明智の光秀さんが今日は近江のお母さんでこーちゃんとアイコンタクト。
何だかとっても真剣な顔でアイコンタクト。
こーちゃんが小さく頷いて明智の光秀さんがそれに同じように頷いて。
ぬん。
なんのお話やろう。
俺は首をかしげたんやけど明智の光秀さんがいってらっしゃいなって見送ってくれたからこーちゃんの手を取ったん。
ぬん…明智の光秀さんにすっごく行かせたくなさそーな顔されたんはちょっぴり気になるけど。
おっきいため息はかれたんはとっても気になるけど。
俺はこーちゃんと手を繋いでむさし君が待ってる町の入り口まで走ったん。
やあ明智の光秀さんも一緒に行きたかったんやろうか。
町さんさく。
でも明智の光秀さんはここでカマつくらなあかんらしいし。
細かい注文とかあるから離れられやんらしいし。
ぬーん。
ざんねん!
「むさし君むさし君いこう!」
お待たせしてごめんねー。
ちょっとお母さんとのお約束かくにんに時間がかかっちゃって!
ほら近江のお母さんとっても心配症やから。
安心してもらうのに時間かかっちゃって!
「なー真樹緒。」
「ぬ?」
俺とこーちゃんがやってきた時、むさし君は町の入り口になってる広い所の石の上でしゃがんでたん。
しゃがんで腕を頭の後ろで組んでゆらゆら横に揺れてるん。
何か考え込んでるみたいやけど。
なに。
どうしたんむさし君。
俺とっても出発する気まんまんやで。
やっと近江のお母さんからお許し貰ったんやから。
ほらほら。
むさし君もそんなとこヤンキーみたいに座ってやんと俺と一緒に町へ繰り出そう。
端っこから端っこまで出店みてまわろう!
「でみせよりよー。」
「ぬ?」
「はやくつえーやつのとこにいきてーよおれさま。」
ざ?なんたらってやつのとこいかねーのか?
せっかくおれさまがしょうぶしてやるっつってんのによー。
まちなんかあるいたってつえーやつにはあえねーんだぞ!
「えー。」
俺が呼んでるのにむさし君はみけんにシワよせたまんましゃがんで立ちあがってくれへんの。
ぶうぶうぶうぶうほっぺた膨らませてそっぽ向くん。
強いやつがおらんとおもしろくないって面倒くさそうに言うん。
ええー。
むさしくーん。
これからやのに!
これから楽しい町探検やのに!
そんなつれない事いわないでー。
一緒に町たのしもうや!
今日ばっかりは強い人の事忘れて楽しもうや!
「明智の光秀さんのカマとこーちゃんの刀が出来るまではまだ薩摩のお国におらなあかんよ?」
こーちゃんもね。
やっぱり刀作ってもらう事にしたんやって。
ほら、今の刀海水でぬれてもうたから。
新しいのが欲しいんやって。
やから明智の光秀さんと一緒に刀鍛冶さんにお願いしてたん。
前の刀のパワーアップバージョンなんやで。
凄いでな!
こーちゃんの刀も明智の光秀さんが出来あがるまで見ててくれるみたい。
近江のお母さん優しい!
「つまーんねー!」
「ぬんぬんやからほら町へ行こう!」
もうちょっとしたらザビー教へ行くから。
今日は町へ遊びに行こう!
こーちゃんと繋いでる手とは反対の手でむさし君の手を引っ張った。
なあなあむさし君!
ほらはやく!
「真樹緒とおしのびふたりでいってこいよー。」
「えー。」
手を引っ張ってもうんともすんとも動いてくれへんむさし君がまだそんな事ゆうから今度は俺がほっぺたぷう。
「おれさまここでひるねでもしてらー。」
なんて面倒臭そうにしゃがんだまんまやから俺の唇もとんがって。
黙ったまんまむさし君の手をもっと強くひっぱった。
それからじっとむさし君を見て。
「俺、むさし君もいっしょがいい。」
「あ?」
「いっしょがいいもん。」
こーちゃんと二人でも楽しいと思うけど。
町を満喫する自信あるけど。
でも俺むさし君もいっしょがいいもん。
「ぬん…」
せっかく。
せっかく三人一緒に遊べるかなって思ったのに。
せっかくこれから町へ繰り出す予定やったのに俺はちょびっとかなしくなって、思わず出た声もふてくされた声になってしまう。
やって、むさし君がそんな事ゆうから。
俺が誘ってるのに、そんな事ゆうから。
こーちゃんの手を握ってる方に力入れて、むさし君の手を握ってる方を揺らしてみる。
じってむさし君を見たら同じようにむさし君がじっと俺を見てた。
「真樹緒。」
「……なに、」
「おめーはおれさまといきてーの?」
「うい、」
やってその方が絶対楽しいやんか。
三人でおる方がきっと楽しいもん。
俺、むさし君と出店回ったりおいしいもん食べたりお土産みたりしたい。
「そうか。」
「ぬ?」
「真樹緒はおれさまといたらたのしーのか。」
「ぬ?うん、」
「ならはじめっからそういえよな!」
……
………
「ぬ?」
「ほらいくぞー真樹緒!」
「え?」
「まちへいくんだろはやくこい!」
「えええええ…!?」
むさし君。
ちょっとむさし君。
待ってむさし君…!
俺けっこうはじめっからむさし君と町へ行きたいふんいき出してたと思うんやけど!
お誘いしてたと思うんやけど!
けどむさし君が乗り気やないっぽかったから!
行きたくない感じやったから!
やから俺しょんぼりしてたんやけど!
俺の手をひっぱってずんずん進んでいくむさし君はちょうご機嫌で賑やかな町の中へ向かってる。
さっき俺とこーちゃんで町へ行って来いって言ってた時とは全然全く違った感じで足取りがこころなしか軽い。
えええどういったしんきょうのへんか…!
むさし君の中で何がそんなにむさし君をうごかしたんまじで!
俺むさし君がまだよう分からんのやけど…!
ぬーん!!
「(……)」
「、こーちゃん?」
バシッ!!!
「いってー!!」
「こーちゃーん!?」
「あにすんだおしのび!」
いちどならずにどまでもこのおれさまをなぐりやがったなー!
なんだってんだ!
「(つーん)」
「こっちむけおしのび!」
そのしょうぶうけてやらあ!
かかってこいおしのび!
「(ぷい)」
「うわあ、こーちゃん!?」
まって!
やあやあ、まってまって!
そんな引っ張ったら俺ころげてしまうよ!
俺足がもつれてしまうよ!
「こらまておしのび!」
真樹緒はおいていきやがれ!
真樹緒はおれさまとまちにいくんだからな!
「(いらっ)」
「こーちゃんクナイしまって…!」
ほら。
今こーちゃんお忍びさんスタイルちがうし。
普通の町人さんスタイルやからクナイ持ってたらおかしいよしまって…!
やああのね。
こーちゃんがむさし君のおでこをおもいっきりチョップしたん。
島津のじっちゃんのお屋敷でやったのと同じところにチョップしたん。
そんでもってやっぱりちょっと怒ってる感じで。
でもね、今日こーちゃん俺と一緒に町に行くつもりやったからいつものお忍びさんの格好やなくて町人さんスタイルなん。
着流しでね、男前なんやで。
そんなこーちゃんがクナイ持ってたらやっぱりあかんやん?
町の人にびっくりされてしまうやん?
やからストップストップって止めたんやけど。
こーちゃんはおでこを押さえてるむさし君を放り出して歩き出してしまうし。
俺はこーちゃんと手つないでるから引っ張られてしまうし。
「真樹緒!おめーはおれさまといくんだろこっちこい!」
「ぬーん!でもこーちゃんとも行きたいんやけど三人で一緒にいこうやあ!」
おれ、おれ。
俺みんなで仲良く遊びに行きたいんやけど!
「おしのび、やっぱりおめーとはいちどけっちゃくつけねーといけねーみたいだな。」
真樹緒はおれさまといくのがたのしーつってんだ。
ひとりでつれてくんじゃねー!
「(しゃきーん!)」
だ ま れ
「えええやから二人とも俺のお話聞いて!」
町の中であばれたりしたら俺おこるよ!
そんでもって明智の光秀さんにも怒られてしまうんやからね!
叫んでもこーちゃんとむさし君は町の方へ走って行ってしまう。
今、むさし君今こっちこいって言うてくれたとこやのに。
こーちゃんも俺の手つないでくれてたのに。
もう忘れてしまったん二人ともどこ行くん…!!
「ぬん…」
どうしよう明智の光秀さん。
どうしよう近江のお母さん。
おれ、おれ、町の入り口ふきんで早くもちょっとくじけそう!
三人で楽しく町の出店めぐり計画が始まらんうちに俺ほんまにくじけそう…!
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まだ町へ入っていないとかそんなまさか…!
小太郎さんがチョップしたのは武蔵君がキネマ主を困らせたからです。
我慢していましたがキネマ主のお話を一つも聞いていない武蔵くんにイラっとしたのです。
武蔵くんは野性的な何かは持っている子ですが、言葉以上の事は考えないので言葉にしないと伝わりません。
でも伝えた言葉は大事に受け止めてくれるので本気で悪気は無いのですよ!
今回何だかとってもおろおろさせられているキネマ主ですが、次回は暫く一人で町散策。
小太郎さんや武蔵くんのうらみごとを呟きながら食べるものは食べるよ。
お土産も買わなければなので。
そして変な人にナンパされるよ。
二人戦っていてもキネマ主のピンチを察知してくれるお忍びさんとむさし君がすぐにかけつけてくれるのですが!
あ、ナンパは明らかにモブですすみませ…!
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