「最近すっかり音沙汰ねえじゃねえか。」
毛利の野郎が大人しいなんざ珍しい事もあるもんだ。
この間までは目の前の海を横切っただけでてめェの水軍けしかけてきやがったってのによ。
「…、それが元就様が。」
あにきのお客さんが何だか苦しそうに話し始めた。
ぬんぬん。
あにきのお屋敷探検してたらなんとじょうちょ溢れる庵を見つけて。
あの中どうなってるんやろうって抜き足差し足忍び足で近づいたら中にはなんとあにきとお客様がいました。
やあ扉ごしやからちゃんと見た訳やないんやけどー。
でもきっと中にはあにきとお客さんがおる感じ。
真樹緒ですこんにちは。
こっそり小さい声でこんにちは!
「元就様やってー。」
聞こえて来たお話に耳を澄ます。
誰やろう元就様。
初めて聞くお名前やで。
元就様やって。
ぬん。
毛利、元就様?
ぬーん聞いた事ないねえ。
元就様。
あにきの様子やったらあにきは知ってる人みたいやけど。
「元就様は此の度、こちら長曾我部殿と平和協定を結ぶため四国に訪れる心積もりでした。」
「はァ!?」
そんな話は聞いてねェぜ!
「私は、…そのための使者にございます。」
「…俄かには信じられねぇな…」
うちと毛利は長年諍いが絶えねえ。
あんたんとこの大将と俺とはどうも相容れねぇ間柄ってやつだ。
俺は毛利のやり方が気に入らねえし、あいつだって俺を甘いと言う。
今回お前らが静かなのはとうとう毛利の奴が中国地方の統一に乗り出したからだってェ噂も聞いた。
周りの掃除が終わったら次は俺達目障りな海賊だろう。
使者がやって来たってんで正式な戦の申し出かと思った程だ。
なのに、だ。
「平和協定だァ?」
「っ元就様は安芸の安寧を一番に考えておいでです。」
その為に必要だと思われた選択をされたまで。
いくら長曾我部殿と言えど疑心は…無礼ではありませんか。
「は、ならその張本人はどうした。」
俺と協定を結びてェって言う毛利はよ。
本人がどこにもいねえってのに話は進められねえぞ。
それこそただの駄弁でしかねえ。
……
………
「ごもっともー。」
俺もそう思うー。
あにきが真剣な声でお話ししてるのを扉ごしで聞ききながら俺も考える。
ぬんぬん頷いて考える。
そうやんねえ。
仲良くしようってゆうのはとってもええ事やと思うけど、やっぱり言いだしっぺがこやなあかんよねえ。
てゆうか来て直接お話ししたいよねえ。
ぬーん。
元就様は元就様ってゆうぐらいやから偉くて忙しい人なんかもしれやんけどやっぱり大事なお話は顔を見ながらせんとあかんよね。
俺も携帯とかでお話するん好きやけど会って顔見てお話するんが一番好きやもん。
もー、元就様あかんやんー。
自分でこやなあかんやんー。
もしかして元就様は照れ屋さんなんやろうか。
恥ずかしがり屋さんなんやろうか。
人見知りさんとか?
ぬー、それやったらもうちょっと考えやなあかんけどー。
「長曾我部殿は…その、ザビー教という宗教団体を御存知でしょうか。」
「ザビー教だァ?」
知らねえなあ。
「俺もきいたことないー。」
ザビ―教。
初みみー。
「この程安芸に攻め入らんとした奴らにございます。」
「交戦したのか。」
「交戦など!あれは一方的な侵略…!」
「…毛利はどうした。」
あいつの事だ、迎え撃ったんだろう。
「はい。」
元就様は最前に立たれて見事敵を蹴散らし奴らは退きました。
安芸の地は踏み荒らされてしまいましたが、幸いな事に兵、民、諸共負傷者のみで死者はおりません。
しかし。
「その後元就様の姿がどこにもまみえず。」
兵の幾人かの所在も不明です。
「は…」
「…そこで長曾我部殿へお力添えを希求に参りました。」
安芸の兵や民は此度の戦の再興で余地無く。
元就様がご不在の事実は一部の者しか知りません。
皆に知られる前に何とか元就様の帰還をと。
「厚かましく手前勝手な物言いとは存じておりますが何とぞ。」
へー…
元就様行方不明なんやー。
いくさあってからゆくえふめいなんやー。
ぬーん。
それは心配やねえ。
扉にもたれてうんうん頷いた。
ちょっと何のお話か俺にも分かってきたで!
何やあにきと元就様仲が悪かったらしくって喧嘩とかしてたみたいなん。
でもね、最近いつも喧嘩してた元就様が静かやなーって思ってたらどうやら元就様が戦してたみたいでな。
ザビー教ってとこと。
でもザビー教をえいやー!って追い返したはいいけどかんじんの元就様の姿がないねんて。
心配よねー。
ちょう心配よねー。
やからあにきとこに助けを求めてきたんやって。
でもあにき、ちょっと考えてるみたいなん。
「…ぬん、」
お部屋な、急にしーんとしてお話聞こえやんの。
とっても静かになっちゃって。
ぬん。
どうするんやろう。
何か、仲悪かったみたいやけど。
でも、でも、仲良くしようねっていうお話もあるみたいやし。
あれ?
でも仲良くしようねってゆうお話の前に元就様おらんようになってもうたんやっけ?
やあそうなったら、ちょっと難しいんかなあ。
「真樹緒。」
でもあにきはとっても優しいし。
ほら、困った人をほっとけやん感じやし。
俺らもそうやって助けてもらったし。
「真樹緒。」
こうやってお願いにきてる人を追い返したりはせえへんと思うん。
そんな事はせえへん人やと思うん。
やってあにきやし!
あにき優しいし!
「真樹緒。」
「ぬ?」
「…立ち聞きはいけませんよ。」
「明智の光秀さん!」
何や名前呼ばれたなーって気がして顔を上げたらそこには明智の光秀さんが。
さっきまでお部屋でおったはずの明智の光秀さんが!
ぬん!
「あれ?お部屋におるんやなかったん?」
俺まだ迷子になってへんよ?
何でここにおるん?
やあまだみつあみしてくれてるんやね俺うれしい。
やっぱり美人おかみみたいやで!
「お黙りなさい。」
あなたが今日一日このままでいろと言ったのでしょう。
怒りますよ。
「にょおおおほっぺたいたい…!」
えええ何で俺おこられやなあかんの明智の光秀さんのやさしさが痛い…!
おれほんまの事いうただけやのに。
喜んだだけやのに。
ほっぺたみょーんと伸ばされて、結構な勢いで伸ばされて、俺のこころのダメージがはんぱやないんやけど!
ほっぺたもこころもちょう痛い…!
「はいはい、」
「ぬー…そんなに簡単に流さないでー。」
もー。
解放されたほっぺたさすりながら明智の光秀さんを見上げた。
そんなに柔じゃないでしょうってい言う明智の光秀さんを見上げた。
そうやけど。
平気やけど。
お母さんの愛やって分かってるけど!
膨れたほっぺたを戻して、なんでえ明智の光秀さんここにおるん?って聞きながら俺も立ち上がる。
やってな、俺が座り込んでぬんぬん聞いたお話整理してたら急に目の前に明智の光秀さんがおったんやもん。
お部屋出て来た時のみつあみのまんまで俺のすぐそばに。
びっくりするやん!
「あなたが余計な事に首を突っ込んでいないか居ても立ってもいられず。」
遅かったみたいですが。
「ぬ?」
「真樹緒、あなた私が言った事をお忘れですか。」
鬼の居る部屋には近づくなと言ったはずですよ。
「で、でも俺も知らんかったんやもん。」
じろ、って睨んでくる明智の光秀さんにちょびっと肩をすくめてちっちゃく呟いてみた。
俯いて足のゆび見ながらちょっとそわそわ。
あ、爪のびてるなんて余計な事考えながらそわそわ。
俺、別に、お約束は破るつもり無かったんやけど。
たまたま探検してたところにあにきがおったってゆうか。
これはふかこうりょくってゆうか。
俺のせいやないもんって思うってゆうか。
「くくく…その割には初めっから終わりまで話聞いてたよなァ真樹緒よう。」
「!!」
「鬼、」
「あにき!」
突然背中にあった扉が開いたん。
がらって開いて出て来たのはあにき。
笑いながら髪の毛かきあげて俺と明智の光秀さんを見てるん。
俺はびっくりして飛び上がってもうて思わず明智の光秀さんの背中にかくれてもうたん。
やって!
ほんまに急にやったから!
あにきに俺がおるん知ってたん?って聞いたら「あれだけ堂々と聞き耳立てられてりゃぁなって」頭をこつん、ってされる。
ぬん。
どうやら初めっからあにきにこっそりお話聞いてたんばれてたみたいです!
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