目の前のお忍び君がうなだれた。
俺を見た後ひくりと頬を引きつらせて静かにうなだれた。
見えるつむじが少し可愛くて彼の肩に置いた腕の力を緩める。
少しやりすぎたかなぁなんて思いながら仮面の様に貼りつけていた笑顔を止めて小さく息を吐いた。
それからぽんぽんとお忍び君の頭を撫でた。


……
………


え?
「何、」


何か文句あるの。
何故だか体を強張らせたお忍び君がゆっくり顔を上げて俺を見る。
目を見開いているのは驚いたからだろうけれど、額に見えてる汗は一体何の汗なのかなあ。
失礼しちゃうね全く。


「いや、だって、これ…」


目をうろうろさせるお忍び君を呆れたように見て笑う。
何を動揺しているのと笑う。

俺だってねえ、何も怒ってばっかりいる訳じゃないよ。
感謝している。
真樹緒の為に奔走してくれた君に。
真樹緒を大事に思ってくれている君に。
それに、本当は分かっているんだ。
真樹緒を連れ帰れなくて一番悔やんでいるのはお忍び君だって事も。


「ありがとう、」


だからありがとう。
真樹緒の所に行ってくれてありがとう。
見つけてくれてありがとう。
最後まで見守ってくれてありがとう。
真樹緒を連れて来られなくて、泣きそうな顔をしてくれてありがとう。


もう驚いているお忍び君なんて気にせずに頭を撫でた。
少し火薬の臭いがする頭を思い切り。


「ちょっと!伊達さん!何なのこれ!」
「ありがとうって言ってるじゃない。」


感謝してるって言ってるじゃない。


「……怒ってたんじゃなかったの奥州のお母さん。」
「怒ってるけど感謝もしてるんだよ。」


素直に受け入れなさいよ。
顔が赤い癖に頑固なお忍び君だね全く。
不貞腐れるのもいいけれど少しは俺の話も聞いたらどう。
最後にくしゃりと大きくその頭を混ぜて立ち上がる。
信玄公に一礼を、何故だかこちらの方を見て感慨深げに拳を握り締めている真田殿にも頭を下げて、まだ戸惑いが隠せないお忍び君を他所に梵と小十郎の傍に並んだ。


「随分な飴と鞭だな。」
「何、俺が優しいと可笑しい?」


お忍び君は今回一番頑張ってくれたんだよ。
お礼を言うのが筋でしょう。
笑いを噛み殺している梵に肩をすくめて笑い返す。


「三傑よ。」
「はい、」
「今後の事は何とする。」


事の成り行きを微笑ましげに見守っていた静かに信玄公が言った。
優しく、優しく、まるで子供にでも問いかける様に。
その声色にくすぐったかったのは俺だけでは無いはずだ。
とても大きな存在に見守られている気がして少し居心地の悪さを感じてしまう。
要はまあ、照れ臭かっただけなんだけれど。


「真樹緒の捜索は西へ広げるとして、」


近江近くには無人島が沢山ある。
流れも緩やかで激しい海流は流れていない。
風魔が一緒に落ちたのなら真樹緒は無事だ。
あの子はきっと真樹緒を守っているんだから。
それに小十郎が言った通り西へは商船が行き来している。
運が良ければ見つけてもらえるだろう。
うちの忍が今近江に向かっている。
襲撃された近江の検分も同時にやってもらうつもりだ。

それとは別に気がかりなことがある。


「一つ嫌な動きが。」
「Ah?何だ。」
「豊臣が東へ向かってる。」
「何だと!?」
「まだその目的は分からないけれど。」


もしかしたら今回の戦で疲労しているうちの軍を狙っているかもしれない。
明智軍は事実上壊滅、浅井には魔王が背後についているからまだ手を出さないだろう。
そうなったら今、最も狙われやすいのはうちと、


「…徳川か。」
「お館様、」
「ああ、成程。」


徳川さえ落とせば魔王に見つからずに東へ攻め入る道が開けますからね。
お忍び君の顔をしたお忍び君が頷いて俺もそれに倣った。


そうだ。
実力も軍力もある豊臣が今まで身を潜めていたのもおかしな話で。
今回の戦で明智浅井と伊達が一戦を交えるのも気づいていたのだろう。
向こうには頭の切れる軍師がいると聞く。
徳川がもし落ちるような事があればその足で奥州まで進軍してくるに違いない。


「政宗様。」
「ああ、洒落臭い話だ。」


梵の眉間に皺が寄った。
目を瞑って暫く、忌々しそうに舌打ちして俺を睨む。


「梵、気持ちは分かるけど。」


きっと真樹緒は甲斐へ戻ってくると思う
あの子は時に思いもよらない事をするけれど馬鹿じゃないよ。
無事だったら甲斐を目指すはずだ。
うちの忍が見つけたならすぐに梵の元へ届けさせる。
何も心配する事無いから。
だから今は奥州へ。
兵を立て直さなければ。


「っ糞が!」


梵が忌々しそうに畳を打った。
隣にいる小十郎の顔も難しい。
俺は静かに静かに梵の怒号を受け止めた。


気持ちは、痛いほど分かる。
ここで真樹緒を待ちたいって事は痛いほど。
本当なら自分で探しにだって行きたいんだろう。



でも。



「梵。」
「shut up!分かってる!」


梵は奥州の筆頭で。
国主で。
民の兵の寄る辺。
苛立つ梵をじっと見て、辛抱強くじっと見ていたら、梵がさっきよりも大きな舌打ちをした。
そうして正面を向いて。


「…武田のおっさん。」
「うむ。」
「真田幸村、」
「はい。」
「猿。」
「なあに、」



「………真樹緒を頼む。」



梵が両膝に手をつき頭を垂れた。
不本意なんて事はその声色だけで。
もどかしさや焦り、怒りが伝わってくる。
今見えない顔はきっと苦渋の色に染まっているんだ。
けれど上げればいつも通りなんだろう。
変な所で梵はぽーかーふぇいすだ。


それが、俺には少し辛い。


「お任せ下さいませ政宗殿!」


この幸村、この身に代えましても真樹緒殿をお守り申す!


「うちの忍隊だって結構やるのよ。」


そっちとは別の方から真樹緒を探ってる。
何か分かったらすぐに奥州へ忍を飛ばすよ。


「うむ、」


案ずるな伊達のよ。
真樹緒は必ずお主の手の中へ戻って来る。
信じて待て。



「…Ha、その科白に責任持ちやがれよ。」



顔を上げた梵はやっぱりいつもの梵で。
言いながら皮肉交じりに口元を上げる。
俺と小十郎は小さく息を吐いてやれやれと。
出立へ向けての準備は今日から初めれば明日の夜には甲斐を発てる。
ああその前に鬼庭殿に書を書いて。
兵と馬の状態を調べて。
やる事は沢山、山ほどある。


そろそろ部屋を失礼しようと小十郎と梵を促しそっと腰を浮かせて。
見送ってくれる目に揃って礼をした。
丁寧にそれを返してくれる公や真田殿、お忍び君に口元が緩む。
本当にいい方達に出会ったねえ真樹緒も梵も。
思いながら障子を閉めようとしてふと。



「あ、そうだお忍び君。」
「え俺?」



何?
どうしたの伊達さん。
不思議そうに腰を伸ばしたお忍び君に、一番初めに見せた笑みを貼りつけて。


次はちゃんと出来るよね?


……
………


え?


何をとは言わせない。
ここへ来るのは真樹緒と風魔と、そして明智光秀だ。
分かってるよね。
次間違えたら俺、本気で怒るからね?



……
………



…っまじかよ…!


肩を揺らしたお忍び君に満足して障子を閉じた。
背後から信玄公の笑い声と真田殿の激励の声が聞こえて来る。


うんうん、本当にいい反応をしてくれるよね。
甲斐のお母さんはちょっと真樹緒に反応似てるよね。
俺なんだか楽しくってしょうがないよ。



「…程々にしてやれよ。」
「うん?だって可愛いじゃない。」
「他所の忍で遊ぶな。」
「最近あの子真樹緒に似て来たよね。」
「余所の忍を気に入るな。」



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おシゲちゃんは佐助さんよりも年上です。
すっごく若く見えるけれどもしかしたら小十郎さんよりも年上かもしれません。
ちょっと前までは何だか気に入らなかったけれどからかってみたら面白い反応が返ってきたのでちょっと楽しくなっちゃった。
でもキネマ主のお母さんは譲るつもりは無いので、お母さん同士の時はちょっぴり風当たりが強いかもしれないさっちゃんに対しての。

今回は初め怒っていたけどちゃんと感謝もしているよというおシゲちゃんフォローの回でした。
これにて間章は終わりです。
次は四章瀬戸内四国編。
暫くまた政宗様達が出てきませんがどうぞお付き合い下さると幸いです。

  

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