「…無事だったか。」


この度はご迷惑をおかけしましたと。
餓鬼を腰に巻きつけたまま膝を折った小十郎に傷はあれど確かに生きていた。
腹にある傷は大きい。
相手はあの風魔、致命傷になっておかしくはない傷だ。
それを、聞けばそれをあの餓鬼が手当てしたという。


「餓鬼ちがうもんね真樹緒やもんね。」


俺ちゃんと名前あるんやから!


「Ah―?」
「真樹緒、」
「!俺お馬のとこいってくる!」


小十郎の腰に未だへばり付いていた餓鬼は、俺が振り返ると飛び上がって洞窟の外に走って行った。

Han、見れば見るほどただの餓鬼だ。
そこらの村にいそうな餓鬼だ。
小十郎が言うにはこことは違うどこかからやって来た迷子という事だが。
それもaboutで掴めねぇ奇妙な話で。


「政宗様?」


確かになりは見たことのない格好で、訛りもこの辺りでは聞いたことがないものだ。
逃げたのは後ろめたい事があるというより、初見があれだったからだろう。
俺を前に気後れも無い。


「迷子ねぇ。」


「奥州筆頭」と俺の事は小十郎から聞かされているらしいが、特にそれを気に留めていない様子には肩すかしをくらった気分だ。
幼い言動はおよそどこぞの間者にも見えず。
ああ、全く奇妙な子供だ。


何故小十郎に懐いているのかは分からないが。


「小十郎、」
「は。」
「あれは何者だ。」
「あれとは…」


真樹緒、ですか。


俺と小十郎の馬のもとで髪をもっさもっさと食まれている真樹緒をちらりと見てすぐに小十郎に目を戻す。
目を戻せば小十郎も真樹緒を見ていて、その何とも言えない面に思わず膝に立てていた肘が俺の顎ごとずるりと滑った。



小十郎…



おい、お前。
お前小十郎。
何だその顔は。
何だその今にも溶けちまいそうな顔は。
鬼の小十郎の名が泣くぞ。


「大変、子供らしい子供かと。」
「Ah…?」


小さく頼りなく危なっかしいところがございます。
そして人懐っこく明るくめげず逞しい。
柔らかい声はこちらの肩の力まで抜いていき、そしていつの間にか絆されてしまう始末です。
それが面映くやるせないながらもこの小十郎、悪い気は致しません。
そう言う小十郎の顔は今までに見せた事が無い程穏やかで。


そうか。
お前がまんまと絆された口か。


あの子供がねぇと目を伏せて真樹緒を見れば、未だ馬のところで何やらがさごそと変な包みを漁っていた。
そして中から小さな包みを取り出しては満面の笑みで馬に見せびらかしている。
ひらひらと手を振り俺の馬の鼻の前でそれを振って。


「あんなー、これなー、最後のいっこなんやで。」
「ひひん」
「ぶどうな、一番おいしいと思うん俺。」
「ひひん。」

「お馬もそう思うかーって、にょーー!俺のあめちゃーーん!!



まんまと馬にそれを食われやがった。



「ちょ、何するんー!!」


これ最後の一個ってゆうたやーん!
最後ってゆうんは終わりってゆう意味やねんで…!
空気読んでーな!!
しかもまだ袋剥いてへんよそれ!
お腹壊すよ!


「あめちゃん…」


ううう…
ぶどうのあめちゃん…
俺のぶどう…!


さっきまで俺の髪の毛食べてたやん。
涎ででろんでろんにしてたやん。
草ちがうからお腹は膨れやんやろうけど…!


「もー…」
「ぶるる」


そんなもさもさ食べないでー。
一口で食べないでー。
食べるんやったらもっとこう、味わって食べて欲しかったわ俺…!


「ぬん…」


もさもさ動いてたお馬の口がしばらくして止まってごくんって音がした。
お馬が袋ごとあめちゃんを飲み込んでしまったん。
ぬー…
絶対体に悪いよ。
お腹痛くなるかもしれやんよ。
もう俺知らんからね。
そんな事を言いながらあーあってしょんぼり俯いてたら片倉さんの美人さんが顔を擦り付けてきてくれた。


「ぬ?」
「ぶるる、」


慰めてくれてるん?
やあやあ、おおきに。
ありがと。
ってでも、がさごそ何で俺の鞄漁てるん?


「うん?どないしたん?」


美人さんもあめちゃん食べたいん?
でもお馬ってあめちゃん食べても大丈夫なんやろうか。
政宗様のお馬は袋ごと食べてもうたけど。
もしょもしょためらいもなく食べてもたけど!
ぬーん…!


「ぶるる」
「うん?これがええの?」


もしょ、って俺の前に差し出したんは紫色の袋で。
これは。
これは…!!


ぶどうのあめちゃんー!!


ちがうかった!
さっきの最後ちがうかった!
美人さんすごい!
さすが片倉さんの美人さんや!!


は!


「もしかして美人さんこれ俺のために…」


探してくれたん…?

感動した。
感動したで俺。
もう片倉さんのお馬に一生ついていく。
手綱とかよぅとらんけど俺がんばる。
乗りこなしてみせる…!

めっさ感動して美人さんからあめちゃんを受け取ろうと思うたんやけど。
思ったんやけど…


ぶるる
って食べるんー!?


うせやん美人さぁぁぁん!!
こんだけ俺を期待させといて何プレイー!
俺今本気で感動したのに…!
やからせめて袋むいてからにしようや…!




「…いかがで。」
…くく…
「政宗様?」
「Ah――…可愛い、可愛い。」

So cute!
何も反論は無い。
些かも無い。
子供よりも子供らしく、ほとほとcuteで結構だ。

喉を鳴らしながら、馬に飴を食われ大袈裟に打ちひしがれている真樹緒を見た。
馬も嫌がらせをしたかったという訳ではないのだろう。
口を忙しなく動かしながら未だ真樹緒になついている。
あれは一々可愛らしい反応を返してくる真樹緒が見たいだけじゃねぇのか。
俺に馬の気持ちは分かりゃあしねぇが。


「ぐすぐす…あめちゃん食べられてもうた…」


二つとも。
俺、すごく嬉しかったのにさっき。

頭をぼさぼさにして更にしょんぼりと体を小さくした真樹緒が洞窟に戻ってきた。
涙を溜めてぷぅと膨らんだ頬は少し赤い。
そんなに飴が食いたかったのか。
情けない顔は俺が追いかけた時と大して変わりはしないが、確かに小十郎が言うように絆されてしまいそうだ。



嗚呼、確かに悪くねぇ。


「よーし、よし、来い真樹緒。慰めてやる。」


口角を上げて手を伸ばした。
いまだ着たままの小十郎の上着を引っ張ってやれば。


…かたくらさーん…
おいこらてめぇ。


じ、っと俺を見た後それをするりと脱いで小十郎に抱きついた。
こらてめぇ真樹緒。
このやるせねぇ右手をどうしてくれる。


  

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