「少し長くなるんだけどさ、」


そう前置きして一呼吸。
俺はやっぱり菩薩の様な顔で俺を見据えている伊達さんと顔を合わせた。

さっきまでうなだれていた旦那や気まずそうに舌を鳴らしていた独眼竜も静かに俺を見ている。
右目の旦那は真摯に目を閉じて。
一度大将に視線を流せば大きく頷いてくれた。
それを合図に俺は口を開く。


「真樹緒は近江で見つけたよ。」


俺と風魔が向かった明智光秀の屋敷に真樹緒はいて。
そこで真樹緒は無事だった。
五体満足な体は相変わらず小さくて華奢だったけれど温かかった。
安心して。


「元気だった。」


ちゃんとお仕置きだってやってきたよ。
俺達がどんなに心配して真樹緒を待っているか、伊達さんが甲斐にやって来ているかを伝えて、明智光秀が屋敷を離れている機に共に逃げるはずだった。


「っ…!」
「おお…!」


もう傷も塞がっているみたいだし体も不自由なさそうだった。
口を開けばいつもの真樹緒でこちらの心配も他所にとため息を吐いたぐらいだよ。
言えば独眼竜の手に力が籠って旦那が小さく声を漏らした。
それを見て俺も少し口元が緩む。
二人の安堵が伝わって来て嬉しかった。


「それから?」


聞いたのは伊達さんだ。
薄く目を開いて静かに続きを促すその顔から何を思っているのかは酌み取れないけれど、「じゃあどうしてここに真樹緒がいないの」そんな言葉が聞こえる様で少し耳が痛い。
緩んだ口元を元に戻して頷いた。


「近江を発とうと思った矢先、織田軍の森蘭丸と濃姫が屋敷を襲撃。」
「What’s!?」
「何と…!」
「どうやら明智光秀を討ち取りに来たらしいけれど、」


屋敷には明智光秀どころか真樹緒とかすがしかいなかった。
ちらりとかすがを見れば「ああ」と目で返事をくれる。
その意図は俺様にもよく分からない。
追手を見越していたのかもしれないけれど、


「見越していたのだろう。」
「かすが。」
「明智光秀は私を一度捕えた。」


だが殺さなかった。
かすがが言う。


「己の留守中に屋敷を狙われるのを見越して私を生かしたんだ。」



真樹緒を守るために。



「Ah!?」
「何を…!」
「あいつは!明智光秀は真樹緒を斬りやがった男だぞ!そんな馬鹿な話があるか!」


旦那と独眼竜が目を剥いた。
かすがに掴みかからん勢いで。


「政宗様。」
「幸村。」
「今はどうか冷静に。」
「忍の話を聞くのが先よ。」


それを右目の旦那と大将に制されて唇を噛みながら二人が膝を折る。
まだ何か言いたげな旦那と独眼竜を他所に大将がかすがに続きを促した。
躊躇いがちにかすがが視線を膝に落として。


俺はというと、隣でかすがの言う事を一言だって聞き洩らさない様耳を立てながらもどこか心ここにあらずだった。
真樹緒と明智光秀。
独眼竜の怒りは尤もで、俺様だってそんな話は信じられない。
真樹緒が明智光秀の遊ばせた鎌で腹を斬られて倒れるのをこの目で見たんだ。
けれど近江で真樹緒が屋敷を離れないとごねた事や、真樹緒の腹の傷が手厚く治療されてあった事、何より真樹緒がどうしてだか明智光秀を「明智の光秀さん」といって懐いていた事がそんな俺様の確信を揺るがせる。

許せない。
明智光秀だけは許さない。
例えあの男が真樹緒を屋敷に連れて行った後どれ程懇意だったとしても。


「真樹緒と明智光秀の間に何があったかは私にも分からない。」


だが。


意を決したようにかすがが俺を見た。
それに引っ張られる様に俺の顔も上がって、今度は俺が小さく頷いた。


「真樹緒は風魔と、そして明智光秀と共に海へ飛び下りたよ。」


俺様とかすがが森蘭丸を撒いたのと同刻、魔王の奥方に追い詰められた三人は手を取り合ってその断崖から海へ。
その後の行方は分からない。


「っ何だって!?」
「佐助!それはどういう…!」


独眼竜に旦那、今度は右目の旦那も大将も腰を上げて俺とかすがを見た。


「何と…」
「何故明智光秀と真樹緒が…」
「そんなの俺様達だって知りたいよ!」


じり、と指先が疼くのはきっと後悔なんて柄にもない事をしているからだ。
そんなものをしたって仕様が無いのに。
俺とかすががあのまま凧で降りた所で間に合わなかった。
凧を撃ち落とされて最悪共倒れだ。

あれが。
あれがきっと最善の選択だった。
魔王の奥方から逃げる為の。
分かってる。
けれど海に飛び込まなければならなかったそれまでに何かもっと俺が出来る事があったんじゃないか。
そんな事ばかり考える。


「潮の流れは緩やかで、近くには小さな無人島がいくつもあるからそれのどれかに流れ着いてくれていると思う。」


風魔も傍にいる。
凧で辺りを巡ってみたけれど空からは様子も分からず、先に知らせをと甲斐へ戻ってきた。
俺様が知っているのはこれだけ。
部屋を包むのは静けさとその重さ。
居心地が悪いぐらいの空気の中かすが、お前からはと隣を覗いた。



……
………



覗いたら。


「かすが?」
「っっっ…!」
「何、どうした」


かすがが、目を見開いたまま俺を指差していた。


何。
どうしたの。
俺様ちょっといや結構真剣な話してたのに何なのその顔。
折角の美人が台無し、って。



お忍び君。



……
………



え?



あれ?
何で伊達さんの声がこんなに近くで聞こえるの?
伊達さん大将の近くにいたんじゃなかったっけ?
あれ?
何で俺様頭が痛いの?


お忍び君。


俺、君の事呼んでるんだけど。
返事はどうしたのかなァお忍び君。



痛い痛い痛い痛い痛い…!


何!
何なの!
ちょっと忍の俺様が分かんないぐらい気配消すってどういう事頭離してよ痛い…!


お返事は?
…はい。


俺の全く気付かないうちに目の前にやってきていた伊達さんは、武将にしては細い腕で更にはその腕のどこから出るのか思いもよらない力で俺の頭を鷲掴んでいた。
明らかに。
明らかに殺意が籠ってるよね頭割れるんじゃないの俺様…!
ちょっと誰でもいいから成実殿止めてくれない…!
掴まれてる頭を首の力を振り絞って上げて隣を見る。


「なあ…!」


かすがには思い切り目を逸らされた。
その奥の旦那には何故か力強く拳を握って頷かれ。
(ああ多分「耐えよ!」って言ったんだろうなぁあの顔すげー清々しい)



「近江沖つったら本気で無人島だらけじゃねぇか。」
「いえ、政宗様。」


あの付近の海流は西へ向かっております、そちらには商船も通りましょう。
真樹緒も何処かの商船に拾われておらんとも限りません。


ちょ、あんたら…


独眼竜とその右目の旦那に至っちゃこちらを見もしていない。
あ、俺様ちょっと泣きそう。
あんたらの所のお母さんでしょ何とかしてよ…!


「…」
「…」



こうなった成実には何を言ってもuselessだ。
唯でさえ真樹緒の事になると殊更感情的な野郎だ。
なァ、小十郎。
は。
政宗様の事を申せぬ程激しい男です。
ああしかしこの有様、近年稀に見る成実ですな。


っ使えねぇ!!


ああもうどいつもこいつも…!
何なの。
奥州のお人は人の話を聞かないの?
奥州にはまともなお人はいないの?
だから真樹緒はあんな風に育ったの?


こうなったら、


「っ大将!」
「三傑よ、手柔らかに頼むぞ。」


佐助は甲斐の大事な忍故。
余り無体はしてくれるな。


大将ォォォ!!!
あははお約束出来るかなぁ。


ねえお忍び君。


伊達さんが俺の頭を掴んでいた手を離す。
目の前にしゃがんで視線を合わせて俺を見て。


……
………


動けねえ!


「っっ…!」
で、お忍び君はその明智光秀にご自慢の大手裏剣をお見舞いしてくれたのかな?


分かってる?
真樹緒がね、明智光秀と共にいたとかそういうのは大きな問題じゃないんだよ実は。
あの子なら死神の一人や二人懐柔してたっておかしくないと俺は思ってる。
真樹緒は普通の子供だ。
けれどあの子はいつだって一生懸命に生きている。
そして少し俺達とは違った考えを持っている。
それは俺達には思いもよらないものだったりするけれど、とても綺麗で温かいものだ。
明智光秀が真樹緒に感化されてもそれはそれでいいと思う。
だから俺が言ってるのはそう言う事じゃなくて。


うちの大事な子に鎌を薙ぎいたあの死神さんにそれなりの報復を受けてもらわなきゃ俺気が済まないんだよ。


それこそ同じように腹かっ捌いてやるぐらいの勢いで俺の腸はもう煮え繰り返って限界なの分かる?
もしかしたら明智光秀は真樹緒を助けようとしたのかもしれない。
それはそれでとても有難い事だ。
でも。
真樹緒を傷つけた事とそれは別の話なんだよね。



「甲斐のお母さん。」



伊達さんがやっぱり菩薩の様な顔で俺の肩をたたく。
そして頭を掴まれた時と同じぐらいの力でその肩を掴まれた。
指がめり込むんじゃないかってぐらいの力で掴まれた。
ああうんすっごい痛い肩の骨折れるんじゃないの。


…何ですか奥州のおかーさん…
もちろん明智光秀に挨拶はしたんだよね?


お母さんとして。
甲斐の、真樹緒のお母さんとして。
まさか梵やお忍び君の御主人の様に何もせずのこのことここに戻ってきたりしてないよね?
ちゃんと痛い目見せてきたよね?




「…っ…!」



僅か開いた伊達さんの目。
少しも笑って無くて背中が冷えた。
ぞっと肌が粟立って冷や汗が頬を伝う。
ひくりと歪む俺の唇。
隣を見ればかすがの姿は無くて。
っあいつ逃げたな…!!



お忍び君。



あ、駄目だ。
旦那さえ独眼竜でさえ、そして時に真樹緒でさえ勝てない奥州のお母さんに。
俺様が勝つなんてきっと百年ぐらい早い。




…………ごめんなさい…



言った直後、両肩がありえないぐらいの痛みに襲われたのは言うまでも無い。


----------------

かすがちゃんは謙信様の所へご報告にゆきました。
自分の知ってる事はしゃべったのでもう甲斐にいなくても大丈夫だと思ったのです。
きっと越後に戻って報告した後、またキネマ主の事探してくれると思うのですけれどかすがちゃんは一端帰省。

あともう一回おシゲちゃんノンストップ続きます。
佐助さんが怒られてばっかりで気の毒なので…!
奥州のお母さんはちゃんとフォローもしてくれるよ。
おシゲちゃんはちょっと皆さんと一歩引いた所から色んなものを見ているので、キネマ主が明智さんと仲良くなっていてもそれはそれでいいと思っています。
けれどキネマ主が受けた分の苦痛はやりかえしてやらなきゃなと思っています。
そしてきっと明智さんの事すごく嫌いなんだと思うのです。

次回で間章は終わり。
そして本格的に四章へ。
瀬戸内編私も楽しみです!

  

book top
キネマ目次
top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -