俺とかすがが甲斐へ戻ったのは日も高く上った牛の刻だった。
屋敷は俺達が発った時のままの雪景色で。
庭には屋根から落ちただろう雪の山が日にあたって光っている。
真っ白だ。
真樹緒がいたら、あの真っ白な雪の中を目いっぱい走り回ったりするんだろうか。
じっと広がる銀世界を虚ろに眺めて一呼吸。
小さな白い息が消えていった。


「寒いなあ。」


ああ凄く寒い。


けれど真樹緒はこんな中でもきっと風魔と一緒に走り回るんだ。
真っ白な雪に真樹緒の足跡。
走って転んでそれでも笑って。
その内旦那が混ざって、大将がそれを見てちょっと感慨深げに笑うんだ。
俺は体の冷えた手のかかるあの三人に温かい、そうだなあ小豆があるから善哉でも作って。
食べた後は奥州のお方達が加わってきっと大騒ぎなんだろう。
そんな事が繰り広げられるはずだった(まあ、半分ぐらいは俺様の願望だったりするんだけどさ)庭は今はしんと静まり返っている。


「佐助。」
「…え、」
「何を、立ち止まっている。」


信玄公の元へ行くのだろう。
早くしろ。
私は謙信様へも報告に向かわなければならない。


「あー…、」


ごめん。

暫く、ぼうっと庭を眺めていたら後ろでそんな俺に痺れを切らしたのかかすが俺を呼んだ。
その声に我に返って頭をかく。
そうだ、そうだ。
こんな湿っぽい事を考えている場合じゃない。
真樹緒は見つかったんだ。
生きていたし俺の腕の中にも抱いた。
声だって聞いてちゃんとお説教だってしてきた。
その後また手を、あの小さな手を離してしまったのだけれど。


「佐助。」
「分かってるって。」


咎める様な声はまた遠い目をしそうになった俺の背中を叩く。
呆れているのかため息まで聞こえてきて。
分かってる分かってる。
嫌な事ばっかり考えてるって事ぐらい。
小さく笑って大丈夫だって手を振った。


それからすぐだ。
独眼竜や旦那が戻って来たのは。
しんみりとした雰囲気は彼方へと飛び去り瞬く間に騒がしく。
揃って大将の部屋へ向かう途中、何故か伊達さんが大将の部屋にいるっていう事を聞いた。
少し背筋が寒くなったりしたのは秘密だ。
もしかして大将に殴り込み?
いやいやまさかまさか。
いくら真樹緒の事で鬼にも般若にも夜叉にもなれる人だって言ってもさ。
首を振ってみても背筋が冷えるのは治らない。
内心心臓を震わせながら目の前、大将の部屋の扉を開けば。
「お帰り」と出迎えてくれたのは鬼でも般若でも夜叉でも無く。
菩薩の様な笑顔を携えた伊達さんだった。


え、ちょ、逆に怖い。


それこそ見るからに怒ってくれていた方がまだ俺様覚悟決めれるって言うかさ。
ほらこういうの困るよね。
こう何も言い返せない雰囲気だったらもう初めから勝負あったみたいな感じになるじゃない。
勝負する前から俺の負けが決まった感じになるじゃない。

いや、もう勝てる気はしないんだけどさ。


「俺も話を聞かせてもらうから。」


ああ本当待ちくたびれたよ。
居住まいを正して俺達の方を見ている伊達さんはそれはもう素敵な笑顔を振り撒いている。
そしてその背後にある、素敵な笑顔なのに何故かこちらが一言も言葉を発せられない程の威圧といったら。


「梵。」
「っ…!」


……
………


そりゃあ独眼竜だって目を逸らすはずだ。
俺様だって正面から顔見れないよ。



ちらりと大将を伺えば可笑しそうに笑って肩をすくめる始末で。
どうやらこの状況を収拾してくれるつもりはないらしい。
それどころか楽しんでいる大将にいよいよ俺の気分も急降下だ。
落ちきる所まで落ちてはぁーと長い溜息を誰にも聞こえない様に吐いた。


「Ah―…、俺が本能寺に着いた時には明智と魔王のおっさんが対峙してる所だったぜ。」


なァ、真田幸村。


「た、確かに!」


本能寺を守る兵を薙ぎ払い進んだその先には織田信長と明智光秀が刃を交えておりました。
しかし我らの姿を見た途端何故かその刃を引き、明智光秀に至るはそのまま姿を眩ませ何とも解せぬ形勢にござりました。


「…織田信長は?」
「Ha!明智が消えたと同時に奴も引きやがった。」


おっさんがどこまで本気だったか知らねえが、明智が消えやがった所でとっくにあちらさんの気は削げていたんだろうよ。
チ、明智と言い魔王と言い舐めた真似をしてくれるぜ。


独眼竜が忌々しそうに吐き捨てた。
眉間に皺を寄せて不機嫌を露わにする独眼竜に一体何があったのかは分からないけれど、その話を静かに聞いていた伊達さんの眉がひくりと動いたのを俺を見逃していない。


で、梵。
「Ah?」
そんな舐めた真似をしてくれた明智光秀にきちんとご挨拶はしてきたんだよね?


……
………


Ah?
「まさかのこのこと明智光秀を引かせた訳じゃないよね?」


分かってるよねえ、梵。
明智光秀はうちの子を傷者にしたんだよ。
大鎌で真樹緒の柔らかい肌を引き裂いたんだよ。
血だって沢山出ただろう。
今迄に感じた事も無い痛みに襲われただろう可哀そうに。


そんな不届き者を五体満足で引かせたなんて梵がするはずないよね?


そう言って伊達さんは独眼竜を睨め付けた。
…、菩薩の様な笑顔で。
独眼竜はひくりと頬を引きつり反論もできず。


「っShit…!」


……
………


だからそれ本当逆に怖い。


「真田殿。」
「っ!!!!」
「真田殿のお話も聞かせてもらえますか。」


甲斐の若虎と名高い真田殿。
それはそれは勇ましく明智光秀に挑んでいかれたかと。
信玄公と日々交わされる拳には誰ぞも真似出来ぬ熱き闘魂を持っていると聞き及んでおります。
その意気でこの度もあの忌々しい明智光秀に目にものを見せてやってくれたと俺は思っているのですが。
真樹緒の為、駆けて下さった貴方です。


「っそ、某…!」
まさかおめおめと逃げ失せる明智光秀を見送っただなんて。


そんな馬鹿な話がある訳ありませんよねえ。


め、め、面目次第もござらぬぅぅぅぅ!!


……
………


駄目だ。
独眼竜が勝てないのに旦那が勝てるはずない。



「…こっわ、」



旦那に向かった伊達さんの矛先は遠慮なんてもの僅かも無く旦那をぐさぐさと突いた。
ぐうの音も出ずうなだれている旦那を気の毒とは思えどもここで俺が反論なんて出来るはずもなく、さっきとはまた違った気分で遠い目をする。
下を向いたままもごもごと「ふ、不甲斐無うござる!」と拳を震わせている旦那を横目にかすがを見れば、目を見開いたまま伊達さんの方を向いて固まっていた。


ああ、うん。
気持ちは分かるよ。
でもほら。
真樹緒の保護者殿だしね。
真樹緒が奥州のお母さんって言う程の方だからね。
って言うか次は俺らの番だからね。


「ふうん。」


結局明智光秀は無傷で逃走、織田信長も行方分からず。
旦那と独眼竜を一瞥して成実殿がため息を吐いた。
うなだれる旦那。
ばつが悪そうに歯を噛み締める独眼竜。
目は相変わらず笑っているのに何だろうこの寒々とした空気。
本当にいたたまれない。


お忍び君。


伊達さんが笑っていた目を薄ら開いて俺を見た。
今までとは比べ物にならない程ひんやりとした空気が流れて俺の背筋も伸びる。
来た来た来た来た。
首元をぞわぞわと襲う寒気に息が詰まりそうになりながら伊達さんの視線を受け止めて。


「やっと俺の出番?」


待ちくたびれたよ。
旦那達は頼りにならないんだからー、なんて。
軽くふざけて見ても、さっさと菩薩の笑顔に戻ってしまった伊達さんに少しも痛手を与えられず俺はいよいよ覚悟を決めた。
覚悟を決めた所で俺様が勝てる可能性なんて爪の先程も無いんだけどさ。
もう本当真樹緒、奥州のお母さんちょう怖い。



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とりあえずお話は聞いてくれるお母さんです(笑)
でも怒ってるよ。
政宗様と旦那は勝てないよ。
次は奥州のお母さんと甲斐のお母さん。
でも今回甲斐のお母さんも結構頑張った上にキネマ主崖ジャンプのダメージが大きいので政宗様達程辛辣な言葉は言われないかもしれません(笑)

  

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