「かーいぞーくさーん!!」
明智光秀のもとから俺へ向かって一直線に駆けてくるのはさっきまで砂浜で気を失っていた餓鬼だった。
明智光秀と、そして忍と、俺が対峙していたのを見ていなかった訳が無いのに満面の笑顔で、まるで旧知だとでも言う様に。
今まさに飛び込んで来ようとする餓鬼にらしくも無く少しうろたえて、思わず後ろに誰かあの餓鬼の見知った奴でもいるんじゃねぇかと振り返ってみたぐらいだ。
だが振り返ってみてもあるのは野郎共が乗っている船ぐらいで、目を戻せば正面には何が面白いのかやけに楽しげな餓鬼、そしてその更に奥には明智光秀と忍が血相を変えて俺を睨んでいる。
何だ。
俺か。
俺が悪いってェのか。
今まで散々放ったらかされてたのは俺の方だろうがよ。
「とお!!」
「っおいテメ…!」
言葉通り飛び込んできやがった餓鬼に思わず腕を広げて受け止めてしまったのはただの勢いで。
槍が手から落ちた。
砂浜に突き刺さる。
「ぬん!初めましてかいぞくさん!」
そうして抱き上げた餓鬼があんまりにも嬉しそうに笑いやがるから、腕はそのままに餓鬼の顔を覗き込んで見る。
小さな小さな餓鬼だった。
物怖じもせずに懐にやってきて「かいぞくさん」と舌ったらずに俺を呼ぶ。
どれ程の餓鬼かと構えていた俺は拍子抜けも良いところだ。
「…おめー、」
「ぬ?」
「おめーは一体何モンだァ?」
「?俺?」
やぁやぁ俺は真樹緒。
さっき自己紹介せえへんかったっけ?
あれ?
聞こえへんかった?
俺ねえ真樹緒ってゆうん。
ちょっと訳ありで明智の光秀さんとこーちゃんと崖の上から海へ飛び込んだんやけどー。
なんとか三人無事にこの陸?島?に辿り着いたん。
俺泳げやんねんけどやあ、明智の光秀さんとこーちゃんがしっかり手を握っててくれててね。
おぼれやんとここについたんやんで!
すごいやろ!
「すごいやろ?」
やからほらはい、今度は海賊さんの番やで自己紹介。
お名前教えてくださいなー。
俺、かいぞくさん見るんはじめてやからちょっとどきどき…!
「…、」
その目に少しうろたえた。
俺を見上げる目は大きく何故かきらきらと輝いている。
輝いている、ように見える。
前から聞こえる明智光秀の声も耳に入っているだろうに構わず。
俺を海賊だと、西海の鬼だと知って尚、笑いながら。
顔を上げれば苦虫を噛み潰したような顔の明智光秀と目が合った。
餓鬼を返せと、どこか甘ったるい殺気を飛ばされる。
「真樹緒。」
「ぬ?」
なに?
どうしたん明智の光秀さん。
俺ちょっといまだいじなとこなんやけど!
かいぞくさんとお近づきになれるチャンスなんやけど!
じこしょうかいが終わるまで待っててくれると嬉しいんやけど!
「私がそちらに迎えに行ってその可愛らしい額に六度目のお仕置きをされるのとあなたが自分で戻って来て私にお説教された後お仕置きされるのとではどちらがよろしいですか。」
「なにそのきゅうきょくのせんたく…!」
どっちもおしおきやん…!
俺のおでこが痛い事になるだけやん!
明智の光秀さん近江のお母さんになった途端ようしゃないんやもん!
お、俺まだかいぞくさんのお名前も教えてもらってへんし!
明智の光秀さんとこにはまだ…ぬん、まだ戻らんの!
「なー、かいぞくさん!」
俺らまだまだこれからお話あるもんな!
「…西海の鬼、」
身を斬り裂きそうだった視線は今、やけに恨めしげで。
「は…」
途端、笑いがこみあげて来た。
腹の底からじわじわじわじわと。
堪えようと餓鬼を抱いている方とは反対の手で頭を掻き毟る。
だが口元が緩むのはどうやったって抑えきれず。
「はは…」
「かいぞくさん?」
「ははは…」
「ぬ?どう、」
「はーっはっはっは!!」
「ぬん!?」
ついには大声を張り上げて。
そう、腹の底から思い切り。
笑ってやった。
気が済むまで笑ってやった。
ああ、大笑いだ!
明智光秀も、この餓鬼も、俺に手を出す素振りも見せないあの忍も。
一体何だってんだ可笑しくてしょうがねぇぜ!
「よゥ、餓鬼。」
「ぬ?」
おれ?
俺、真樹緒。
さっきじこしょうかいしたで!かいぞくさん。
「おお、そうだなァ真樹緒よう。」
「はい。」
「俺の名ァは長曾我部元親、西海の鬼長曾我部元親よ!」
よォーっく覚えとけよォ。
目を見開く餓鬼の、真樹緒の、頭を捕まえてまぜた。
「ぬー!かみのけ!ぐちゃぐちゃになるやんー!」
もう!
やめて!
かみのけ!
俺、くせついたら中々とれへんねんから!
もー!
ちょ、ちょ、ちょ…
「ちょ…べち?がち?」
「…長曾我部元親な、」
おら、言ってみろ。
「ちょ、ちょうべ…?」
ぬん…
聞き取れやん事は無いんやけど、その。
早すぎるってゆうか。
名前長すぎるってゆうか。
俺、ちょってゆうんは分かったんやけど、ぬん…
……
………
「明智の光秀さん、」
「…何です。」
「俺の友達に鉄平君っておるんやけど、」
その鉄平君に、ちょ、ちょ…ぬん、ちょさんがそっくりなんやんか。
顔とか、雰囲気とか、しゃべり方も。
やからその。
あのちょ、さんをね。
「鉄平君って呼んでもいい?」
「……」
「……」
「(……)」
……
………
「あなたのお好きな様に。」
西海の鬼がその鉄平君とやらだろうが、誰だろうが私には露程も関係がありません。
興味もありません。
どうぞあなたのお好きな様に呼んで差し上げたらいかがですか。
「おいこらてめェ。」
そこは訂正しとけや明智光秀。
誰だよ鉄平君って奴ァよ。
俺ァ長曾我部元親だって言ってんだろうが。
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アニキがちょっとしゃべったよ!
次回はやっとこアニキの船に乗せていただけるかもしれない。
その前にひと悶着あるんだけれど、そのひと悶着は飛ばしてもなんら影響ないのでもしかしたら書かないかもしれないです(こっそり)
アニキの船に乗せてもらって四国へ出発。
アニキは海賊遠征から四国へ帰る途中でしたじつは。
毛利さん情報が入っていたのですアニキのところへ。
その諸々は次回で。
キネマ主もアニキ呼びに落ち着きまする。
では!
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