降り立った浜は砂と岩が混じったような砂礫で、歩けばざくざくと音が鳴った。
強くなって来た風に足を止め、浜に倒れるそれを見る。
肩に担いだ槍を揺らし暫くじっと眺めてみた。
倒れているのは野郎が二人、そして浜から少し離れた森と言っては物足りない木々が集まるそこからじわじわと体に絡まる様な殺気を飛ばしてくる奴が一人。


三人の関係は分からないが浜に倒れている男の内の片方は、最近織田に謀反した明智光秀だ。
噂は四国まで届いている。
織田の忠臣であった明智光秀が本能寺で織田信長と対峙したと。
下剋上なんざこの戦国の世じゃよくある話だ。
謀反を企てる野郎も馬鹿な野郎だが、企てられる主も馬鹿なのだと、聞いた時には豪快に笑い飛ばしてやったが。


「…」


目の前にはその明智光秀と小さな餓鬼。
小姓ででもあったのか、手を取り合って。


「はん…」


その姿をはっきりと認める事が出来る所まで近づいても目を覚ましもしない二人に何があったのかは分からない。
こんな無人島に流れ着く程切羽詰まった事でもあったのか。
織田の兵に追い詰められ覚悟を決め身投げでもしたか。

…いや、明智光秀だ。
あの明智光秀だ。
死神と名高い。
そんな野郎が追い詰められた所で見投げなどするはずがない。
ならばやはり何故。


「おい。」


声をかけてみる。
別にこのまま放っておいても何という事は無いが、明智光秀に。


「おい、」


そして明智光秀の隣で転がっている餓鬼に。
反応は少しも無く、今度は森に向かって。


「おい。」


森にいる野郎はこちらを窺っていると言うのにそこから一向に動く気配は無い。
忍か。
明智光秀か餓鬼かどちらかの。


小さく息を吐いて僅か殺気を放つ。
明智光秀と餓鬼、そして森の奴に向けて。
武将なら、忍なら、何か動きを見せるかと思ったが期待は見事に裏切られ浜には静かに波の打ち寄せる音が響くだけだ。


生きているだろうに。


「……」


とんだスカか。
じっと、じっと倒れているそれを眺めやはり反応が無く小さく息を吐いた。
興味が逸れて踵を返す。


面白いもんが見れるかと思ってたのに期待はずれもいい所だ。
魔王が飼い犬に手を噛まれ、その飼い犬がこんな無人島に、見るからにただの餓鬼と共に打ちあげられているのを見つけて。
深い事情でもあるのかと好奇心が疼いたのは事実だがこうもつまらないとは。
小さな舌打ちが浜に響く。



「んう…」



だがその時。



「あ?」



舌打ちを吐き捨てたその時。



「ん、ん…」



船へ向かっていた歩みを止めた。
ゆっくりと視線だけを後ろに流す。
小さく小さく聞こえた声は恐らく餓鬼の方で、見える細い足がもぞもぞと動いている。
やはり生きていた。
僅か目を見開いて引き返した浜を戻った。
ざく、ざく、と大きな音を立てて。
その小さな餓鬼が気付く様に。
足元まで戻ってすぐにでも目を開きそうな餓鬼を見下ろした。


「…おい。」
「ぬ…、んー…」
「おい、」


見れば見るほど唯の餓鬼だ。
どこにでもいそうな、それこそそこらの村で走り回っていそうな。
どれ程の人間かは分からないがこいつは件の明智光秀と寄り添っている餓鬼で、もしかすると相当の手練かもしれない。
侮るつもりは無いがそれにしても。


「おい。」


何者だと、その顔を拝んでやろうと槍を下ろしその切っ先に餓鬼の腕を引っかけた時だった。




「これに触らないで頂けますか。」
「(…)」




背と喉、今まで僅かたりとも動かなかった野郎共が片や小刀、片や苦無を俺に突きつけこれ程かと言う殺気を放って来たのは。


「は…」


背がざわざわと奮い立つ。
手が雷でも走った様に戦慄いた。
騒ぐ野郎共の声が船から聞こえて。


「喉を裂かれたくなければ離れて下さいませんか。」


後ろの忍は私ほど優しくはありませんよ。
主の為ならここであなたの臓腑に苦無を突きさす事等爪の先ほども厭わない子です。
猶予などありません。
さぁ早く。


目の前の明智光秀は笑っているというのに殺気を身に纏い今にも俺の喉に刀を突きたてようとしている。
余裕げな表情とは逆にどこか急いている様な。


「くく…」


餓鬼に。
この餓鬼に少し触れただけだというのにあの明智光秀が。
死神と謳われる明智光秀が!


「くっくっくっ!!」


手の戦慄きが緩む。
背のざわつきなどどこかに飛んで行ってしまった。
未だ殺気は辺りを漂うというのに、何だこの腹の底からせりあがる可笑しさは!
戦前の命を削る様な興奮とはまた違った激昂が体を駆け抜けて行く。



「はーっはっは!!」



そうかそうか、そうか。
守ろうってのか。
この明智光秀と忍はあの餓鬼を。


「十飛!!」
「(!)」
「っ…、!」


獲物を担ぎ二人の間を飛び上がる。
餓鬼から一定の距離を取って改めて眺めた二人は明智光秀とやはり忍で。
その奥に見える餓鬼を庇うように守るように。

面白ぇ。
ああ、やはり面白ぇ。


「そうら、離れてやったぜお二人さん。」


さぁどうする。
俺はまだ自分の獲物を下ろす気は無い。
さっきとはまた違った意味で奮えて来やがったからなぁ、腕が、背が、胸が。
面白い野郎じゃねぇかてめぇら。
この長曾我部元親そういう野郎は嫌いじゃねぇぜ。


「…このまま船へ戻って頂けるとこの上なく嬉しいのですけれど。」
「つれねぇこと言うなよ死神さんよ。」


言った瞬間小刀が飛んできた。
俺の頭、眉間を狙って。
それを弾けば今度は苦無が。
益々あの餓鬼に興味が湧いて笑い飛ばす。


どうやらどちらも手負い、本気で相手をするつもりはねぇが少しぐらい俺が楽しんだっていいじゃねぇか、なぁ。
初っ端に出端を挫かれたのは俺だぜ。
槍を浜に突き刺し不敵に口角を上げて見せた。


さぁ、来い。
早く来い。
思わず槍が炎を帯びる。
このまままず軽く一撃をくれてやるのもいい。
存分に俺が楽しんだら話ぐらいは聞いてやろうじゃねぇか。


「(…)」
「貴方はもっと話の通じる方かと思っておりましたよ西海の鬼。」
「俺は面白ェ事に目が無くてなァ。」


まずは挨拶代わりの手合わせと行こうや。


「なァ、死神。」
「…ああ面倒くさ、」



ぶふぇっくしょぉん!!



……
………


「…」
「(…)」

…あ?


「ぬー…」


なんか、さむい。
なんで。
ぬん、…
くしゃみが。


……、あれ?


「…ぬ?」
「…真樹緒…」



あれ?明智の光秀さん?こーちゃん?
ぬん、それから。



「だれ?」



俺らたすかった?
?ここどこ?

あれ?
だれ?


「……」


明智光秀と対峙する場で。
さぁ遣り合おうかと構えた場で。
その場の緊張感なんぞをものともせず、盛大なくしゃみをぶっ放したのは最後まで気を失っていた餓鬼だった。
明智光秀と忍に守られていた餓鬼が豪快にくしゃみをぶっ放し、起き上りきょろきょろと。


「おい、おま」
ふ、ふ、ふぇっぐしょん!


ぬー。
くしゃみが。
ちょっとくしゃみが。
ぬん、やっぱり海の水って冷たかったから。
おれもっとあったかいかと思っててんけど。
予想よりはるかにつめたかったってゆうか。


「ぬー…はなみずでた。」


たいへん。
垂れてしまうどうしよう。


「(ちょんちょん)」
「あ、こーちゃん。」


う?
てぬぐいもってるん?
それかりてええのん?


「(ちーん)」
「ちーん!」


ぬー。
すっきり。
ありがとこーちゃん。
さすが俺のおよめさんねー。
ありがとー。
いたれりつくせりー。
お鼻もすっきりー。


「(ふるふる)」
で、あれ誰?
いやいやいやいや。
「ぬん?」
もっとお前、あるだろうがよ。


この状況を見て何も思わねぇのか。
呑気に鼻水拭き取って貰ってる場合じゃねえだろう。
ほら辺りを見やがれ。
明智光秀と俺が一触即発って状態だったろう。


なぁ、おい明智光秀。
てめぇも餓鬼に何か言ってやれよ。
そう奴を振り返れば。


……明智光秀、おい?
少々お待ち下さい西海の鬼。
「あ?」


私とても大事な用がありましてね。
あの子が目覚めたらまずやらなければならない事が一つあるんです。
先にそちらをよろしいですか?
いえ、そんなにお待たせいたしません。
と申しましてもあれが目覚めた時点でもうあなたにご用は無いと申しますか、あるとすれば貴方が乗っていらっしゃる船なのですが今はそんな事を言っている場合ではありません。



「おい、あけ」
真樹緒。
「ぬ?」


あれ、やぁ。
明智の光秀さん。
明智の光秀さんも無事やったんやねぇ!
よかったー。
こーちゃんも無事みたいやし、皆でたすかってよかったねえ。
俺もおぼれへんかったし!

ぬん!


お黙りなさい。



ガッ!



「にょおおお…いたい!」


おでこいたい!
あ、あ、あ、明智の光秀さん何でそんなに手ぇ固いんびっくりする俺…!
おでこ直撃したでいま!
しかもな、何でおれおでこがっってやられやなあかんの寝起きにちょうびっくりやで…!


胸に手を当てて考えてごらんなさい。


ガッ!!


ぬーん!!


よくも真樹緒あなた海に飛び込もうなどと言えたものですね。
泳げもしないくせに何を考えているんでしょうああ、嫌だ嫌だ。
私と忍があなたを支えていられない程の傷を負っていたら一体どうするつもりだったのか。
考えるだけで恐ろしい。
いいですか。
あなたのあれは追い詰められての覚悟ではなく無鉄砲です。
いい加減にしないと怒りますよ。
どれだけ人を懸念させたら気が済むのですか。



「ぬ?」
「なんです。」
「…、明智の光秀さん心配してくれたん?」
「…いけませんか。」
「ううん、うれしい!」


ありがと!


……
………


………


ガッ!!


「いたい!」


さんかいめ!
おでこいたい…!


へらへらへらへら笑うんじゃありません。


怒りますよ。


りふじん!


もう怒ってるやん!
いたい!
おでこ同じとこたたかんとってやいたいやんかもう!


「誰の所為です。」
「えー?おれ?」


…なんで?


「…」


ガッ!!!


「ふぉぉぉぉ!!」


よんかいめ!
しんきろく…!



……
………



「……」
「(……)」
「……」
「(……)」


「あー…何だ、おい。」



止めなくていいのかあれ。


(…)


俺と忍が見ているその目の前で、明智光秀と餓鬼とのやりとりはまだ続いている。


何だ。
何なんだあいつらは。
主とその小姓じゃねぇのか。
ちっせぇのの額がそろそろ限界みてぇだぞ。



「(…、)」


いいですか。
今度馬鹿な事を考えたらこんな物じゃ済みませんよ。


ガッ!!!


ぬー!


「…五回目か?」
「(!!??)」


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あにきと出会いました!
間章のあにきはちょっぴり意地悪です。
別にキネマ主達をやっつける気なんて無いのですよ。
ちょっと面白いもん見つけたなーな雰囲気なのですよ。

はじめ、実は明智の光秀さんは気が付いていました。
キネマ主に何もしないでアニキが立ち去ったらそのままやり過ごそうと思っていたのですがちょっかい出してきたのでお目覚め。
小太郎さんが明智の光秀さんを止めなかったのは自分もちょっぴり怒っていたからです危ない事するキネマ主に。
だから怒ってくれる近江のお母さんをスルーしていました。

次回はキネマ主も起きた事ですし、船に乗せてもらえたらいいなあにきの。
乗せてもらえたら四国にいけるのです。

  

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