「かすが、そろそろ撒こうぜ。」
「ああ、ここまで引きつければ心配無いだろう。」
「そうだと良いんだけど!」


背後から降る無数の矢を叩き落としながら一際高く森を飛んだ。
青く澄んだ空がやけに眩い。
何だか目の前が真っ白だ。
目を細めて大凧を空に放つ。
風を受けて靡いたそれに乗れば隣をかすがが同じように凧に乗りながら辺りを伺っていた。


真樹緒は、無事に逃げ切れただろうか。


明智光秀の屋敷にやってきたのは織田の臣下、森蘭丸だった。
何を思ってやってきたのは定かじゃないけれど、かすがの言うように明智光秀が織田と袂を分かったんだろう。
無邪気な顔のちびっ子は無邪気に俺たちに矢を放ち、けらけらと笑いながら後を追って来た。


「まーったく嫌になっちゃうよねーお子様のお相手は。」


本当に疲れるったら。
その分単純で扱い易いんだけど。


森を見下ろせばきょろきょろと辺りを見渡しているちびっ子が見える。
辺りを見渡し首を傾げ、少し考えた風の後空を見上げてきた。
こちらに気づき何やらぎゃあぎゃあと叫び出したちびっ子に手を振ってやれば、矢を放って来たけれどここまで届くはずも無く、更に風を受けて高くに凧を飛ばす。


「佐助。」
「ああ、真樹緒達を追おう。」


右目の旦那や伊達さんが甲斐にいる事は風魔が知っている。
独眼竜や旦那もじきに屋敷へ戻ってくるだろう。
風魔と真樹緒だってきっと甲斐へ向かうはずだ。
そうでなくても、近江から出ていてくれさえすればそれでいい。
ここは危険だ。
何だか胸騒ぎもする。
風魔がいるから無用な心配だと思うけれど、それでもあいつの傷は未だ完全に癒えてはいないんだから。


凧は風を受けて空を流れた。
一通り森を探して気配が無ければ甲斐へ向かおう。


「佐助。」
「うん、かすがにも聞きたい事があるから甲斐に寄ってくれない?」


俺や風魔が来る前の真樹緒の事。
あの明智光秀と何か言葉を交わしたのならそれも聞いておきたい。
あの死神は一体何を企んでいたのか。
この近江で一体何があったのか。
真樹緒はあの調子で、独眼竜の敵だって言うのに何だか懐いていたみたいだし。


「……、」


でも相手は死神だ。
いくら織田と袂を分かったとしても相手はあの明智光秀で。
敵で。


「全く…」


本当にあの子は俺達の知らない所で思いもよらない事をしでかしてくれるから敵わない。
今回だって敵に襲われて屋敷に連れて行かれたって言うのにあの調子で。


「佐助。」
「ねえかすがもそう思わない?」
「違う、佐助。」
「ん?」


何、さっきから。
どうしたの。
熱烈に俺様の名前を呼んで。
ちゃんとお返事してるでショー。


「あれを見ろ。」


馬鹿が、ってかすがが正面を指差した。
あんなに名前を呼んでいた癖に俺様の方なんて全然見ないでかすがは正面を見据えている。
どこか様子がおかしいけれどその意味が分からず首を傾げ。
馬鹿ってひでー!そうおどけて俺も同じ方を見た。


「あれ?どれ。」


そこには岸壁が見えるばかりで特にこれと言って特徴的な物は無い。
大きな森の向こうは海で、ああそういや屋敷の裏が断崖で森なんて結構いい立地だったなあなんて事を思い出したぐらいだ。
何、あそこがどうしたの。
ちらりとかすがを見るけれどやっぱりまだ視線は正面のまま。
「良く見ろ」と言って振り返りもしない。


肩を竦めて凧を動かした。
よくあの崖が見える所まで少し降りて。


降りて。
降りて。



…………うん?



……
………




うん?



え?かすが、ちょっとあれ何。


そう崖。
崖なんだよあそこ。
明智光秀の屋敷を囲む森を北に抜けたら崖なんだようん。


結構高いよ。
絶壁だよ。
波だって打ち寄せてるよ。




何で真樹緒と風魔があんなところに追い詰められてんの。
私に聞くな…
「しかもあそこにいるのって明智光秀じゃ…」


何あれ一体どういう状況なの。
三人揃って崖にいるってどういう状況なの。



「それに佐助。」
「何、」
「真樹緒達の正面を見ろ。」
「正面…?」
「あれは魔王の奥方だ。」
「…森蘭丸だけじゃなかったのか…」


明智光秀を追って来たのは。
俺達を狙っていたのは。


「ああもう…最悪。」


俺様とした事が気配に気がつかなかったなんて。
追手が一人じゃないなんて予想できたはずなのに。
唇を噛むけれど今更そんな事を言っても後の祭りで。
ここからじゃ助けようにも近づくだけであの奥方に気付かれてしまう。


「私達が囮になるか。」
「どうかな。」


俺達を狙うより目の前の真樹緒達を狙うと思うよあの奥方は。
ちびっ子が言うには明智光秀を追って来た様だからさ。


「くっ…」


かすがの声は焦っていた。
俺だって気が逸る。


どうする。
どうする。


まずは森に降りて奥方の背後から。
気を逸らす事が出来れば後は風魔が何とかできる。
いや、間に合わない。
じゃあどうすれば!
色んな事が頭を駆け巡り、思わず舌打ちが出そうな時だった。


「おい、佐助…」
「え?」
「あいつ…真樹緒が、」
「何、今度は何を…」


かすがの消える様な声が聞こえた。
少し震えていたように思う。
真樹緒が何だって。
追い詰められている崖を見れば。



…………え?



高い、高い絶壁から海へ落ちる真樹緒で。
空を飛ぶように体を横たえた真樹緒で。
違う真樹緒だけじゃない。
何を思ったのか明智光秀と風魔と三人が。


手を、
その手を繋いで真っ逆さまに海に落ちて行った。



……
………



はぁーー!!??


ちょ、真樹緒あの馬鹿!
何やってんの…!!
何やってんの…!!
信じられないあの馬鹿何やってんの落ちたよ見たかすが!!


…自分達から飛び込んだように見えたのは私の気の所為だろうか…
生憎俺様も同じように見えたよ。


仲良くお手手繋いで三人飛び下りた様に見えたよ。
攻撃もされてないのに飛び下りた様に見えたよ。
誰の仕業かなんて明らかだよね風魔があんな危険な事する訳無いし明智光秀はお呼びじゃないし、あの子に決まってるじゃない俺様本当伊達さんに何て言ったらいいのか…!



……
………



佐助…!
そんな目で見るなって俺様だって泣きたいよ…!



とにかく。
とにかく甲斐へ戻ろう。

落ち着け。
大丈夫だ。
真樹緒には風魔がついてる。
海に落ちたなら潮に乗ってどこかの島にだって辿り着ける。
俺は甲斐に戻ってこの事を報告しなければ。
もしかしたらもう旦那や独眼竜達も着いているかもしれない。


そしたらどうしてここに明智光秀がいるのかを聞いて。
真樹緒がどうなったかを説明して。
説明して…



……
………



…かすが。
…何だ。
俺様今度こそ伊達さんに殺されるかもしれない。


言っとくけどかすがだって俺様と一緒にいたんだから同罪なんだぜ一人だけ逃げんなよ?


っ凧を寄せるな落ちるだろう馬鹿者…!


私とて真樹緒から目を離した事は悔いている!
だからそんな目で私を見るな…!


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奥州のお母さんにどうやって説明したらいいのか全然全く考えもつかない佐助さんで一つ。
本当はさっちゃん何も悪くないんだけど、以前もらったおシゲちゃんからの手紙がトラウマっぽくなっています。
かすがちゃんもちょっと泣きそうです(笑)

次はさらっと甲斐へ帰還。
か、「アニキも見た」(笑)
アニキに拾われるか、甲斐へ戻って政宗様達と合流かどちらかかと思います。

  

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